471.~480.
471.
カッとなって、かなり重い木彫りの熊で殴りつけたら、彼の頭は粉々に砕け散った。瓜だったのだ、彼の頭は。身体は細かく切り刻み、肉の殆どは犬が食べてくれた。骨は砕いて少しずつゴミに出した。頭…じゃなく瓜…いや頭はネット検索で見つけた調理法で料理して、食べた。
472.
あの山にだけは登らないで。登山家として自他共に認められつつある私に、母はいつも懇願した。日本で登頂していないのはそこだけだから私は軽い気持ちで山に入った。予報と真逆の猛吹雪の中、いくつもの巨大な白い影が私の仲間を引き裂きながら「誕生日おめでとう」と寿いでいる。
473.
紙パックの牛乳を開けたら、どろりと緑色に腐っていた。新品で賞味期限内だしと、購入した店に持っていくと交換してくれた。家で開けるとまた腐っていた。店へ直行し、飲料コーナーで片っ端から開ける。腐ってる。腐ってる。腐ってる。「お客様、困ります。皆見ないふりをしてるのに」
474.
雛あられの色は、白は雪、緑は木の芽、桃色は生命をあらわしているのだそうだ。うちのは緑色がないよね。それに桃色というより赤だしさ。「毎年あなたがそういうから、お父さん今年は緑を手に入れたのよ」私の前に転がされたのは、緑の瞳の美少年。わあ素敵。白は骨、緑は瞳、赤は肉。
475.
うちには歯の妖精がいる。抜けた歯を枕の下に置いて寝ると、翌朝硬貨に変わっているのだ。サンタクロースの正体を知った後も存在を信じていた。夫に殴られ抜けた歯を枕の下に置き、小さな娘を抱いて家を出る。翌朝戻ると、枕を背に乗せた夫が口いっぱいに硬貨を詰められ死んでいた。
476.
分厚い氷の軋む音がする。凍れる地獄の奥底に閉じ込められた猛々しい存在が、僅かに身動ぎしたのだ。彼らの声なき声に呼ばれて南の極地まで来てしまった私に、ここから出せと彼らは言う。だがたかが一人の人間に彼らを解放することは不可能だ。「お前本当に役立たずだな」ほんとにね。
477.
相手がどちらにしようか迷った末に諦めた方を贈り物にすると良いと誰かが言っていた。手に入れるのは大変だったけど親友のためだしね。あの時約束だからと見逃した、美味な姉妹の妹の方をかれはとっても喜んで頭からばりばりと食べている。追ってきたニンゲンはボクが食べちゃおう。
478.
空が嫌に明るいので見上げると、ピンク色の積乱雲がもくもく湧いていた。仰天して口を半開きにして見上げる人々の口めがけて落ちてきたのは雹ではなくて、氷砂糖。甘くてとても美味しい。夢中になって次々口で受ける。するとばさりと雲が裂け、お菓子を掬う用の巨大なスコップが降りてきた。
479.
眼が痒くて、思いきり擦ってしまった。でもちょっと痒みが落ちついたな、と目を開けると、顔が見えた。自分の顔だ。不思議そうな顔をしている。眼をしばたくと、手の甲が見えた。目玉がひとつ、こっちを見ている。ぽかんとしている自分の顔と、目玉のついた手の甲が見える。目が痒い。
480.
家を出ようとするとドアが開かない。ドアスコープから覗いてもよく見えない。仕方ないので窓から庭へ出て玄関へ周りこむ。ドアを覆っていたのは、人が入れそうなぐらい巨大なカマキリの卵だ。見上げると死んだ母の笑顔が張り付いたカマキリが死んでいる。めりめりと卵嚢が裂け始めた。




