451.~460.
451.
脚の長い狗に似てました。けど顔が、目が違う。虫のような爬虫類のような、感情がないんじゃなくて思考回路が違い過ぎて意思の疎通ができない。でもはっきりと知性があるっていうか。怖かったです。だから僕、犬が怖くて。同じ目をしてたら怖いから、目玉を潰してただけなんです。
452.
言いたい事を言えなくて、いくつも呑み込んだ。言いたい事を言った後起こることを想像すると面倒くさくて、ハイハイと頷いていれば状況は流れていったから。でも溜め込み過ぎはよくなかった。ついに限界がきて、ぽんっと頭が割れ、仕舞っていた触手が周囲の人を次々惨殺し始めた。
453.
「食べちゃいたいぐらい可愛い!」と常々零していたご近所の若い主婦が、何がどうしてそうなったのか本当に我が子を煮てしまったらしい。喰うつもりだったかは定かじゃないけど、噂になっている。食べ物を可愛いなんて感じるのかな。主婦の夫の血抜きをながら、私はぼんやり考えた。
454.
部屋の扉の上に「非常口」という文字が浩々と輝いていた。ベッドから出てノブに手を伸ばすと、向こう側からガッチャガッチャ回り、ガンガンとノックが始まる。文字はいつのまにか「非情口」に変り、窓の上には「ダストシュート」の文字が。扉が撓む。窓を開けるか、ベッドに戻ろうか。
455.
古い本を何気なく開いたら、菫の花がぽろりと落ちた。挟まれていたのじゃない、摘んだばかりのように瑞々しい花だ。本を見ると文章から「菫」の単語が欠けている。他の頁も開く。雨蛙。万年筆。虹。開く度何かが飛び出し単語が欠ける。本を閉じた。主人公の名前がわたしと同じだから。
456.
原因は人間関係のストレスだろう。無性にけしごむが食べたくて、大量に買って食べ続けていた。病院に連れて行かれ治療も受け始めたが、隠れて食べる。そんな私を、疲れた家族が思わず罵倒した。反射的に殴ったら、すわっと家族の頭が消えた。私は喜び勇んで、外へ飛び出す。
457.
色つきの糸を吐く蚕は、比較的簡単に作れることは知っていた。油性マジックで色を塗ったり、食紅を塗った桑を食べさせたり、一番簡単なのは専用の人工飼料だ。けれど是ほど黒く染めることはできまい。絶望を沁み込ませた蚕の絹糸からは、すすり泣きが聞こえると評判が良い。
458.
おやこれは素晴らしい絹糸でございますね。炎のような赤にも、闇のような黒にも見える。へえ、灼熱の怒りで暖まった温室で育てた蚕から?こちらショールを仕立てればよろしいのですね。きっと骨まで灰に帰す、良い肩かけになりますよ。お代はご依頼者の骨のダイヤね。結構ですよ。
459.
身を清めて神域に赴く。そこは禍々しい神を封じた処。聖なるともし火を絶やしてはならない。怠れば、おぞましく猛々しい神が目覚めてしまう。戸を開け、私はその場に膝をついた。ともし火を握り潰す、なにか。どうして。ともし火は封印では。「封印って?」神の楽しげな声がした。
460.
水槽の中に金赤に煌めく鱗が散る。子どもの頃、夜店で掬った金魚が泳いでいた水槽が、無惨に濁っている。自ら産んだ稚魚よりも長く生きた大きな金魚を、生きたまま喰らう娘は子を失ったばかり。止める間もなく川へ飛び込んだ娘は未だ見つからないが、赤い大魚を見かけるようになった。




