381.~390.
381.
事故で頭に大怪我をしてから、ものの見え方が変わってしまった。心の美しさや清らかさがそのまま容姿に反映されるのだ。吐気をもよおすほど醜い人もいれば、綺麗な人もいる。けど一番多いのは「普通」の人だ。世の中は嫌な奴が多いかと思ってたけどそうでもないのかもしれない。
382.
事故で電車が遅れている。目の前の電車はぎゅう詰めだ。急ぐ理由はないから次を待とうと一歩下がる。時間調整のためか発車しない。スマホを取り出しメールを見る。扉が閉まる音。ぎゅう詰めの人々の隙間にいる、目玉と肉のごたまぜが私の足首に巻きつけていた腸がぶちっと千切れた。
383.
祖父は鳴く虫が好きで、竹串の虫籠で飼っていた。だから鳴く虫は聞けば殆ど分かる。最近隣の部屋から甲高い鳴き声が聞こえるが、聞いたことがない声だ。もしかしたら鳥なのかな。休日の昼にも鳴いてたし、へんな匂いも漂ってくるし。てけり・り、てけり・り。元気に鳴いてるなあ。
384.
さらさらの髪だけは唯一照れずに自慢できるんだ、と笑った彼女は可愛かった。事実彼女の髪はとてもさらさらでシャンプーのCMのように風に靡いた。彼女の体を覆う緑の葉も風に揺れる。彼女の頭が僕の膝の上でぱかりと割れた。さらさらの髪が舞い上がり、溢れた種を空へ運んでいく。
385.
何人かの乗組員が異変に気づき始めた頃、バイオハザードを報せる警報が鳴り響いた。「報告しろ!」船長の良く通る声が轟き、乗組員たちが慌ただしく操作盤を操る。程なくして実験室と通信が繋がる。激怒した調査員が吠えた。「誰だよ!脳缶に日本のなれ鮨詰めて持ちこんだ奴ぁ!」
386.
デング熱のニュース以来、母がやたらと蚊を気にするようになった。私も感染するのは嫌だけど、私が学校へ行っている間に熱帯魚を捨てたのはやり過ぎだ。「ボウフラが沸くでしょ」血走った目の母の耳の後ろに、名状しがたい色のサシガメに似た虫がへばりつき、血を啜っている。
387.
使い魔のビヤーキーが切なげな声で鳴いている。みると、窓にへばりついて大騒ぎしている。よく見れば、そこにいたのもビヤーキー。どうしたの?とうちの子に聞くと、郵政や他の宅配業者よりも有能なことを示す為、九州へ届け物しに行くというので止めていたそうだ。無茶するなあ…。
388.
台風一過、道にはたくさんの落ち葉。無造作に踏みつけながら歩いていると、ごりっとした感触。どんぐりだ。見ればあちこちに、枝ごと落ちている。拾おうとすると実が落ちた。中が空洞になっていて桃色の小さな人みたいなのが吃驚した顔でこっちを見ていたが、転がって排水溝に落ちた。
389.
目覚まし時計が鳴り響いている。手探りで時計を探すがみつからない。四方八方へ手を伸ばす。これは眼鏡。こっちは携帯電話、も鳴ってたから止める。寝る前読んでた本、3DS、紅茶が半分入ったカップ、リモコン、それぞれ手に持ったまま見回すが目覚まし時計だけがない。
390.
最近、視界の端にちらつくものがある。輪になった縄がぶらぶら揺れているのが、目の端ギリギリに見えるのだ。気のせいかと思ったが、見ないようにしながら手を伸ばすと掴めた。体重をかけてもびくともしない。手を放して見上げるが、何もない。掴んだまま見たら、どうなるのだろう。




