361.~370.
361.
花吐き病なる奇病があるらしい。では僕のも、それに類する病なのだろうか。陽を浴びると満腹感を覚える。髪や睫毛、全身の体毛からは緑の芽、放っておけば青白い小さな花が咲く。裂けた皮膚から流れる血はどろりと粘つき虫が集る。咳込むたびに口から零れるのは綿の羽をもった種。
362.
黒山羊さんからお手紙がきたよ!娘が嬉しそうに一枚の紙きれを差し出す。いや紙にしては厚みがあって、手触りも知っているような知らないような。黒いような緑のようなインクはまだ乾いておらずヘドロの匂いがする。お返事書くから待ってて、と娘は嬉しげに窓の外に呼びかける。
363.
へそから芽が出た。抜こうとしたらめちゃくちゃ痛いので、仕方なくそのままにしていた。医者に行こうと思ってはいたが忙しかったのだ。日々服の下で少しずつ芽は育ち、葉が何枚も出る頃には愛着が湧いた。友人が私を見て言う。「最近痩せたね。ジャンクフード食べなくなったから?」
364.
全身がかゆくてかゆくて、手の届くところを思いっきり無心で引っ掻きまくった。掻いたところが熱くてヒリヒリするけど、奇妙な達成感と爽快感もあって、掻いちゃったもんはしょうがないしと開き直っていたら、赤い蚯蚓腫れがもろもろっと肌から鎌首をもたげて、肌に噛みつき始めた。
365.
おじいちゃんから貰った竹製の虫籠。大きなバッタを捕まえて入れたら、翌朝いなくなっていた。逃げちゃったのかな。蝶も蝉もカブトムシもタマムシも、みんな翌朝いなくなってしまった。もう見るのも嫌になってパパとママの部屋に置いてきた。翌朝、パパとママはいなくなっていた。
366.
突然子どもが泣きだした。宥めて話を聞くと、もう夏休みも終わるのに観察記録が白紙だという。休みが始まってすぐ元気なのを捕獲したのだが。子どもはお腹が空いてたのと泣きじゃくる。仕方ない。急に涼しくなって浜辺にあまり集まらなくなったが、サーファーぐらいいるだろう。
367.
突然片目に激痛。まつ毛か何かが入ってしまった感じがする。涙が滲む片目を、特に意味はないが手で押さえて洗面所に駆け込む。冷たい水をかけながら何度かまばたきしてみる。痛みは少し和らいだが異物感がある。顔を鏡にぐっと近づけて覗くと、薄い涙の膜の中を金魚が泳いでいた。
368.
とても美味しそうに食べるから、体に良くないのはよく分かっているのに次々食べさせてしまった。いまも嬉しそうにもぐもぐしている姿がたまらなく可愛い。ああ、食べ終えちゃった。おかわりをおねだりしてくるのも可愛い。でもなあ、片方は目を残しておかないと見ていられないしなぁ。
369.
大きなスイカを真っ二つに斬ったら、中に入っていた赤子も真っ二つにしてしまった。びっくりして元通りにスイカを合せて紐でぐるぐる巻きにした。どうしたらいいか分からなかったのでベランダに置いてから1カ月。切れ目から伸びた何本かの蔓の先に大きなスイカが何個か実っている。
370.
部屋の中に充満する煙草の白い煙。深酒で鈍く痺れる脳味噌で、もくもくした塊を見ていると、いろんな形に見えてきて愉快なのだ。俺を持て囃す女共、嫉妬を押し隠して頭を下げる同僚、毅然とした顔で息子の手を引き、去る妻―彼女の元婚約者で元親友がもくもくと首を絞めてくる。




