281.~290.
281.
突然飼い猫のしろやんが正座した。写メってSNSにUPしようとスマホに手を伸ばし、鋭い眼差しとめっちゃ渋い声に凍りついた。「主どの。お願いがあります」なんでしょう、と思わず正座。「魔法使いを倒した長靴を履いた猫殿がいずこにお住まいかご存知か」何が起ころうとしてるの。
282.
人の名前を覚えるのが苦手だ。顔や話した内容はよく覚えているので会話は困らないが、電話帳で名前だけ並んでいると誰だか分からなくなる。そんな私が名前を覚えた人がいる。××さんだ。なぜか彼は顔が変る。年や性別も変る。でも分かる。××さんも「君には負けるよ」と苦笑してる。
283.「14日はツイノベの日お題:旅立ち」
同じ小学校に行けると思っていた。筆箱はどんなの?色鉛筆は何色?同じクラスになれるかな。はしゃぐ私にあの子は悲しげに微笑んだ。入学式の朝、あの子の家へ行くと雑草蔓延る空き地になっていた。娘と一番仲の良い女の子が、あの子と同じ笑顔で私に頭を下げた。
284.
もぞもぞと机の上で蠢いていたのは、翅の歪んだ大きな蛾。大きく美しく広がる筈の翅は醜く縮れてゴミのようだ。触角を震わせ肉厚の胴から黄色い体液を漏らしながらスマホに肢をかける。画面の上で身悶えながら蛾は息絶えた。私は死骸を摘み、喰い破った皮と一緒にゴミ袋に入れた。
285.
疲れかと眼鏡を外して眉間を揉んでみたが、視界の歪みは治らなかった。いつもと同じ職場なのに壁や天井が歪んで見え、吐気がする。足元がふらつき、堪らず床に座り込むが船の上にいるように世界が揺れる。皆なぜ平気なのか。私だけ社長の葬儀で振舞われた酒を飲まなかったからなのか。
286.
食べたものも胃液もすべて吐いたが、胃袋は口から飛び出さんばかりに暴れているが、私はなんとか顔を上げた。狂ってしまった私の妻が小動物を殺しているのは知っていた。けれどまさか、こんな。流れた嬰児にピンクの臓物を縫い合わせた異形が、母乳を啜るかのように妻を食んでいた。
287.
金属製の非常階段を猛然と駆け上がる音がする。何事かと思ったが確認はしなかった。真夜中だ。下手に顔を出してトラブルにでも巻き込まれたら堪らない。暫くするとまた駆け上がる音。三度目。上は、屋上しかない。四度目。五度目…。もう何度目か分からない。どうしてか夜が明けない。
288.
ベランダの端に鳩が巣を作った。気付いた時には雛が孵っていて、烏に襲われたていた。雛はかろうじて生きていたが…正直かなりグロテスクな傷を負っていた。姿と鳴き狂う親鳥が怖くて、キャンプ用具を壁にして見ないことにした。今朝方から親鳥の声が途絶え、壁が激しく揺れ始めた。
289.
出来心というか、ただの悪ふざけだったんですよ刑事さん。主婦なら一度くらいあるはずです。邪魔だったんですよ。掃除機かけ始めたのにお菓子の滓を落としながら横になってる夫が。掃除機を当てたら、ばりばりって吸い込まれちゃったの。どうやってって、吸引力が凄いからでしょ。
290.
老人は毎日息子夫婦と孫娘の死に場所に通っていた。最初は花束や菓子が山盛りだった交差点の一隅はいまや雨で字が崩れた警察設置の看板があるのみだ。ある時から老人がにこやかにマンホールに喋りかけるようになった。老人が顔を上げ、目が合う。マンホールががたりと鳴る。バレたか。




