261.~270.
261.
「ねえ××さんから電話があったわよ」台所から母が言う。知らないと答えて2階の部屋に上る。着替えてベッドに座り、スマホで友達と話していると、ノック。「ねえ××さんから電話よ」「知らない」「本当に?」「うん」「でも、嘘吐くなって怒ってるわ。ママ、右目も取られちゃった」
262.
飛び込み自殺が必ず失敗する駅がある。どちらにしろ電車は遅延するので迷惑な話ではあるが。冷たいベンチに座って待っていると、スマホを見ながら歩いていた男が回送電車の風によろめいた。見たこともない、どこか甲虫を思わせる電車(?)から伸びた黒い紐が男に巻きつき連れ去った。
263.
無許可で大蛇を飼育していた男が逮捕された。最大のもので4m近くあるニシキヘビもいたという。巨大な蛇が道を這っているのが幾度か目撃されていたから近隣住民は騒然とはしたものの安堵感もまた広がっていた。今後の散歩は一層気をつけなければ。見られてたとは知らなかった。
264.
最近いろいろあって、急に泣きたくなってしまった。誰もいない夕方の公園のベンチでボロボロ涙を零していると、桜色の猫がしなやかに現れて小瓶に私の涙を集め始めた。「いい悪夢が釣れるわ。ありがと」それからも変らぬ毎日で、そのうちあの猫が来るんじゃないかという気がする。
265.
電話ボックスそのものが珍しくなりつつある昨今、幽霊が出るという噂を聞いた。酔った勢いで友達と見に出かけた。硬貨を入れ、噂で聞いた番号にかける。十分以上待ったが何も起らず、バカにしながら帰宅した。あれ以来視界の端に電話ボックスが見える。中には俺の後ろ姿が立っている。
266.
飲み終えた缶コーヒーを、ゴミ箱めがけて投げた。勢いが強すぎて、缶は大きな音を立てて撥ね、道に転がった。不精をするものじゃない。手を伸ばして缶を拾い上げようとしたら、走ってきたバイクの運転手の首がすぱっと切れて道に転がった。あらら、これも拾った方がいいかな。
267.
毎年届いていた友人からの葉書途絶えて二年。高校卒業後すぐに海外を巡る旅に出た彼は、水彩絵の具で現在地を描いて報せてくれていた。南国の海辺の絵が最後だった。久し振りにポストに入っていたのは濡れたような皺苦茶の葉書。どす黒く異臭を放つものがぬりたくられていた。
267.
最近仲良くなったひとは、不死身の怪物だ。まず見た目が精神的ダメージを与えるし、嘔吐感をもよおす異臭もしたんだけど、さすがは人外、普通の見た目の人間に化けてくれた。けど彼が言うには人間の方が怖いと言う。特に傷が怖い、徐々に治っていくというのが生理的に無理なんだとか。
268.
男が錯乱状態で刃物を振り回し、取り押さえられる事件が起こった。幸い転んでケガをした者が出たが、それ以上の被害は出なかった。男は警察で「確かに刺したのに、死なないんだ。何度も、何人も刺したのに、血も出ないし、死なないんだ!」と意味不明の事を喚き散らしているという。
269.
ふと耳をそばたてると雨が降っていた。雨戸を閉じているけれど、ザアアザアアという雨音が家を取り囲んでいる。明日も降るのだろうか。TVをつけてザッピング。ちょうど天気予報に当たった。明日の予報は朝からずっと、蝉。バチンバチンと雨戸に体当たりする音が増え始めた。
270.
母の胎にいたときから、自分というものを知っていた。母は日に日に狂っていき、どこかで誰かが気付いて未来の為に動きだしたのも知っていた。月満ちて、今日わたしは生まれた。狂死した母の傍ら、わたしを抱きあげて殺そうとする人に最期のお願いをする。「おめでとうと、言って」
270話はわたしの誕生日に書いたものです
今年も喜びをこめておめでとうと言って貰えました
それはとても幸せなことなのだと思います




