211.~220.
211.
巳年、おしまいか。年越し蕎麦をたぐりながら、大晦日のスペシャル番組を眺める。年が変わったら友達と近所の氏神様へお参りする予定なんだが…メンバーに例の苦手な彼がいて、既に皆とこの家に居る。眼鏡の奥に瞳を細めながら蕎麦をたぐる唇の端から二股の舌。「来年もよろしく」
212.
辛くても諦めてはいけないという意味で、明けない夜はないと言う。確かにそうだ。地球が滅びない限り陽はのぼる。けれど人類は地球が滅ぶ前に滅ぶし、私も夜明け前に力尽きるだろう。蛇の脱皮のように全身の皮が剥がれ、もぞもぞ床を這っていく。窓から見える空は初日の出には程遠い。
213.
これは夢だ。夢であれ。激痛に目眩がする。右膝から下は食い千切られ、冗談のように血が流れ出る。それでも必死で這う先に夢っぽいぐにゃぐにゃした穴。転がりこむともふんとしたものの上に落ちた。「よく頑張ったね」熊のような象のような生き物が、追ってきた化け物を一飲みにした。
214.
うちには立派な杵と臼があった。父が腰を痛めるまでは毎年年末や正月に餅をついていた。息子を連れて実家に戻った俺はふと思いつき、探索開始。見つけた臼には餅がのっていた。餅、だと思う。真っ白で湯気立つそれは、杵を振り上げ自らに振り下ろす。餅だ。餅の筈だ。
215.
今、わたしの部屋に雪雲がいる。猫ぐらいの大きさで、胸の高さをふよふよ移動する。雪雲だけに雪を降らせる。部屋がびしょ濡れになって困ったので叱ったら、桶やボウルの上で降らせるようになった。夜は枕元に寄ってきて可愛いが、寝ぼけて吹雪を起こされて今冬何度も死にかけている。
216.
頬に落ちてくる水滴で目が覚めた。雨漏り?顎を滴る水を拭いながら起き上がる。見上げてみるが天井にそれらしきものはない。困惑していると更にびしゃびしゃ水が降る。上には何もない。わけがわからずびしょ濡れになるがままでいると、緑色の子ども用の傘が、ひょいと肩に乗ってきた。
217.
鼻がむずむずする。塵か虫でも飛び込んだのだろうか。ティッシュでこよりを作ってみるが上手く取れない。短気を起こして指を突っ込む。爪に何か引っ掛かったので慎重に引き出す。ちょっと心地好い。出てきたのは小さな蛇。「最後の一匹!」突然現れた馬が僕の手ごと蛇を食い千切った。
218.
吐く息が白い。マフラーに顔を半分埋めて足早に歩く。すると夜道に煌々と輝く自動販売機と買おうとする人。私もホットの飲み物を買おうと近寄る。すると缶を取ったその人が「しまった」と呟き、消えた。道路に落ちた缶が私のつま先に当たる。缶が内側からボコボコ変形し始めた。
219.
凍えるような灰色の空に、真っ白な入道雲が浮いていた。抜けるような青空と蝉の大音声にこそ似合う、あのもくもくとした入道雲が。学生時代部活に汗を流した私の肌に耳に、あの灼熱の夏が甦る。と、一瞬で入道雲が頭に被さり、気付いた時には夏の輝いた記憶は全てなくなっていた。
220.
天井からだらりと逆さぶら下がっているのは、扇情的に着物を着崩した女。大胆にはだけた襟元から覗く乳房は女の私から見ても綺麗で羨ましいとさえ感じた。浮き上がる鎖骨、細い首の先には鳥籠。鳥籠の中には逆さの止まり木に鸚鵡が一羽。「アソボ」嫌といっても逃がす気ないんでしょ。




