151.~160.
151.
紅い、紅いくちびるが、玉虫色にてらりと光る。あの凄惨な自動車事故で、まともに残った妻の肉体はやわらかく魅惑的なくちびる周りだけだった。私は保護液に浸けて保存した。それから毎夜くちびるが艶めかしく囁く。何を言っているのか分からないが、分かった時には手遅れなのだろう。
152.
貝殻を耳に当てると海の音がする。正体は血液や筋肉の音が反響して聞こえるんだそうだ。でもあなたがくれた、このきれいな貝殻から聞こえるのは呼び声だ。あなたは聞こえないようで笑ってたけど。今はわたしの方が聞こえない。あなたの懇願も、次第に小さくなっていく悲鳴も。
153.
私の地域には亡くなった者を婚姻の衣装で葬るという因習がある。幼子も老人も未婚も既婚も関係なく。美しい兄が死んだ時も、習わし通りにして葬った。孫たちに囲まれ、私の命も尽きる。村にないはずのチャペルの鐘の音が聴こえた。孫たちの背後に純白のタキシードの兄が微笑んでいる。
154.
石畳の道が真っ赤になっていく。紅葉の季節の終わりごろ、一面に舞い落ちたもみじの葉を思いだす。最近は秋が一瞬で終わってしまって、燃えるような血のような紅葉を見ていない。私の肋骨を突き破った出てきた生き物は上半身をひねって、もみじのような六本指の手を私の首に伸ばす。
155.
事務員なのであまり派手にはできないが、丁寧に角を揃え淡い桜色に塗った手の爪が、なくなった。どこかに挟んだで剥いだとかじゃなく、朝起きたらなかったのだ。血も出ていないしそのうち生えそろうだろうと思っていたら、思った通り、生えてきた。冷たい白銀色の鋭く尖った鉤爪が。
156.
ヒトノテを取りに、ヒトリンに入った。ヒトノテはどんな季節でも瑞々しくて美味い。林立するヒトノアシの間を歩き、ヘソまで沈んだものを探す。クビまでだと安定が悪くて危ないがムネまで埋まれば2カ月後には収穫できる。土が盛り上がり、平たい爪の生えた指先が見えたらいい塩梅だ。
157.
耳たぶに開けたピアス穴から白い糸のようなものが出ていたら、引っ張ってはいけない。それは視神経で、切ると失明する―「って、都市伝説があるんだって」言いながら俺は彼女の耳にかかった髪をかきあげる。形の良い彼女の耳たぶからは白い糸が「見たわね」俺の視界が真っ暗になった。
158.
ここ数日ノロウイルスに苦しめられ、頻繁にトイレに通っている。いったいどこに詰まっているのかというほどで、もう、ほんと死にそうだ。尻から異様な音がした。ぎょっとして首を伸ばして見ると、無惨に裂けた傷口から触手が飛び出してしまっていた。ああ、新しい皮を手に入れないと。
159.
家の床下になにかが住みついたらしい。覗くときらりと光る目と湿り気を帯びた獣臭が漂う。ハクビシン?それともタヌキだろうか?だがこのあたりには山はおろか林もない。深夜ふと窓から見ると、毛むくじゃらの生き物が月明かりの下、庭を横切った。20年前消えた母の顔をしていた。
160.
いったい夫婦のどちらに似たのやら。我が子は物凄く負けず嫌いだ。運動神経も頭の出来も並みなので、勝てるものもあれば負けるものもある。根が良い子だから、苦手なもの負けたもののいくつかは努力で挽回する自慢の子だ。ただ最近、ジャンケンで鏡の中の自分に勝ったと嘘を吐く。




