091.~100.
091.
闇の中に金色の光点が二つ、浮かんでいた。裂かれた衣服をかき寄せ、痛む体を引き摺って祠の前まで辿り着いたわたしを見つめる、それは両目だった。暴虐の限りを受けた我が身は命尽きようとしている。「クレタラ、アゲル」思いのほか可愛い舌ったらずなその声に、わたしは頷いた。
092.
やっぱり、まずいだろうか。自分で言うのもなんだが、わたしはけっこう優秀な魔術師だ。特に人類に危害を加えることをしないので平和に生きている。だが今わたしは迷っている。家のエアコンが壊れたのだ。わたしは魔導書の開いたページを睨む。書かれているのはイタクァ召喚の呪文だ。
093.
片腕を失っても相棒は平然と、逆にヘビ人間の魔術師の首を鷲掴みにし一息にへし折った。次いで私を縛る縄を解いた彼女はうんざりと囁く。「生きていて欲しい人は死ぬのに、さっさと死んでいいやつに限ってしつこく甦ってくるのよね」背後で首の折れた死体がゆらりと立ち上がった。
094.
物おじしない娘は、庭で昆虫やトカゲを捕まえてよく妻に悲鳴を上げさせている。毒蟲に咬まれたりするのは心配だが、幼いうちは生き物に素手で触れるぐらいの方が良い。今日も娘はにこにこと小さな手を差し出す。最初ミミズかトカゲの尾に見えたそれは、吸盤を持つうねくる肢だった。
095.
最初にその時計を見た時、違和感を感じた。大きなのっぽの古時計、そんなフレーズが脳裏をよぎる古く背の高い時計。すぐに奥の部屋に案内されたので何が変なのか分からなかった。そして今。西洋の拷問器具のように扉を開いた時計に引き込まれながら見上げた文字盤は左回りだった。
096.
髪がごっそりと抜け落ちた。難病の治療中でも、年齢のせいでもない。頭皮ごと剥がれたかのように半分以上の髪が、なんの感触もなく「取れて」しまったのだ。髪を握り締めて呆然とする僕を母は包丁でめった刺しにした。母は「海には渡さない」と呟きながら山中に穴を掘っている。
097.
息子が引き籠って二年になる。就活失敗が原因だが腫物に触れるような私達の扱いも良くなかった。でも食事をドアの前に置くだけの日々は今日終わる。支援団体の青年が息子の了承を得てドアを開けた。七色とも何色とも言い難い光と共に、人間大のゴキブリが青年の頭を噛み砕いた。
098.
私が疲れているのを見て、彼らなりに考えてくれたのだろう。確かに私の蔵書には、魔導書以外に漫画やラノベが多い。まあ、趣味だ。魔力や邪念収集に役立つので同人誌即売会にも行くし。けれど、メイドコスしたビヤーキーにオムライスに「いあいあはすたあ」とか書かれても萌えない。
099.
胃が張って痛い。胃がぼこりと突き出してしまっている。胃下垂だ。気をつけていたのに…と、ぐったりしているうち猛烈な吐き気。洗面所に行く間もなく、身を折って嘔吐した。ごろん、と吐き出されたのは大きな卵。胃液ではない生臭い体液を吐き続ける中、既に殻にはパキリと罅が入る。
100.
夢見るままに時を待っていた大いなる存在は、目覚めの兆しに頭を上げ―すぐに、憂鬱そうに寝返りを打つ。―どうせまた漁船に体当たりされたり、色んな人間たちに全力で阻止されるんでしょ…いいよもう―そしてうにゅりと触手を体に巻きつけ、幸せな夢の続きを見始めた。




