001.~010.
001.
口に含んだそれを咳込みながら吐き出した。瓶の中身はコーラで、炭酸が抜けているとは思っていたが…これは海水だ。口の中が磯臭い。いや部屋中が海の匂いに満ちていた。ベッドから足を下ろすと足首まで水が来ていた。黝い水の中をのたくるぬめぬめした何かが足首を掴んだ。
002.
最近耳と鼻がかゆくて堪らない。耳鼻科では何かのアレルギー反応による炎症だろうと薬を貰った。花粉の時期は終わっているが、最近話題のPM2.5もある。だから、俺の胸の上に円盤みたいな鼻を乗せてくる気色悪い象の夢は関係ないし、耳が広がって鼻が伸び始めたのも気のせいだ。
003.
子どもが生まれてからベランダで喫煙している。本数を減らしたが禁煙は無理そうだ。何か飛んできたので手で払う。いやまだずっと遠い。とても大きいので目の前にきたように見えたのだ。翼が一枚しかなくて長い体がくるくるうねる。まるで深海魚に似たグロテスクな顔、あ、もう目の前
004.
庭の草むしりをしようと思い立ち、久々に家の裏の物置へ行くと木が生えていた。5m程の灰色の木。丸っこい指のような葉がいくつかある。鳥が種を運んだのか。これも伐ろうと歩み寄ると枝がしなり、腕を掴む。丸い歯の並んだ口が梢に現れ、私に向かってぱくぱくと近付いてくる。
005.
悪臭がするという苦情が相次ぎ下水を調べることになった。確かに苦情のあった住宅地全体に悪臭が凝っている。今まで嗅いだ事のない腐っているような生臭いような臭いは、私に絡みついて排泄孔のような口からるーぷーと鳴く紐状の生き物の口から吐き出され、私の前髪を揺らしている。
006.
天井裏をなにかが歩いている音がする。我が家のまわりではハクビシンやアライグマがよくうろついているから、何処かから侵入されたのかもしれない。ちょっとした好奇心で懐中電灯を手に天井裏を覗いてみた。毛に覆われた猫ぐらいの生き物がいた。二年前床下に埋めた父の顔をしていた。
007.
私の故郷は今はもうない雪国の小さな村だ。村の出身者で今も生きているのは自分だけだろう。TVで雪化粧した外国の山脈を見て、ふと雪と氷と闇を思いだした。TVから視線を外し、毎晩背から生えてくる触手を鉈で切り落しながら、格子越しに見たのと同じ星空を窓から眺めている。
008.
カラオケのドリンクバーで友達のぶんまで飲み物を持ったらドアが開けられなくなった。ガラスの隙間から覗くが、みな歌に盛り上がってしまって気付いてくれない。一体なんの歌だろう。ドア越しなのではっきりと歌詞が分からない。かろうじて「いあ!いあ!はすたあ!」とだけ聞こえた。
009.
最近暑いせいか、水風呂が心地好い。天然塩のバスソルトや真っ青な入浴剤を入れれば、お手軽な南国気分を味わえる。水に肌が馴染んできたのか、段々ふやけにくくなった。他にも潜って遊んでいるうちに、息止め時間が伸びた。悩みといえば額の後退と抜け毛が酷いくらいだ。
010.
夢の中で土地を買ったと彼は言う。なにかに使えるはずだと。何かもなにも、夢の中の土地をどうするというのだ。お金はどうしたの、と訊くと、ご自慢の弁舌で乗り切ったとのたまう。それ以来毎晩彼の口から桃色の煙が出るようになり、ああ、このバカは魂で買ったんだなと分かった。