第2話
あらすじ
『遂に勇者がこの世に出現した。かの者は神より授けられしその聖なる力により、人類の新たなる危機の象徴、クランチア王国が主、大魔王ヴィルゼラードを打ち倒すであろう――』
新興国クランチアの狂気と言えるような侵略が世界を揺るがし、人々の心に再び暗雲の立ちこめていた時代。
帝都のアルマシウス教皇の神告は、世界中に一筋の希望を与えた。
しかし、勇者は現在のところ、一向に人々の前には現れないままである。
彼は果たして、今どこにいるのか。「勇者」の正体とは――
一方、エルマニア大陸にある辺境の村に住む科学者の少年キゼルは、村長より森を抜けたブリクスへ町へとあるおつかいを頼まれる。
快諾したキゼルは、すぐさま町へ行くべく森の中を進むのだが・・・
・・・よ・・・るのです・・・。
――勇者よ、目覚めるのです――
「・・・?ここは・・・」
そこは、見知らぬ場所でした。
眠りからの目覚めなどというものではなく、ふと目を開けたらまったく知らない世界にいた。
そう形容するのが妥当かもしれません。
真っ白な、何も描かれていない紙で視界を覆われたような空間のなかで、たくさんのきらきらと光る、ちいさなちいさな、無数の光。
それらはこの世のものではないと思えるほどに美しく、同時にとても儚く感じられて。
これは一体、なんなのでしょう。私はいま、どこにいるのでしょうか。
――勇者よ。よく聞いてください。新たなる危機が訪れました。このまま世界が放置されれば、再び大きな戦乱が起こり、またしてもこの世界は絶望と悲しみに包まれることでしょう――
どこからともなく響くその声に、聞き覚えはありませんでした。
しかし、なぜかそれは私に言いようも無い懐かしさを覚えさせます。
――人々のその恐怖の感情を利用し、お互いを傷つけ、命を奪い合わせることにより、最後にはこの世界そのものを滅ぼしてしまうこと。それが彼の、大魔王の目論み――
母親が幼な子をその手で、穏やかに撫で回すように、
優しく、ふわふわと包み込んでくれるような声。
――彼のその野望を打ち砕けるのは、勇者、あなたのみです――
勇者・・・
この私が、勇者?
「お待ちください!私は・・・私は勇者などでは――」
私は勇者などではありません。
ぼんやりとした白の空間に向かって、確かにそう叫んだつもりでした。
しかし、声は全く響きません。
「私は・・・私は、ただの・・・」
――いいえ、あなたはこの世界を救済するべくこの世に生を受けた、神の遣わした救世主そのもの。あなたの運命は、生まれながらにして決まっていたのです――
再びその声は、優しく私を包む。
この声の主のお方は、一体――
「あなたは一体、どなたなのでしょう?もしや、神――」
――私の名はラポロティス。あなたの天命が何たるかを告げるべく、この夢を見せています――
公聖典にも登場する「運命の女神」ラポロティス。
神と共にこの世界をお創りになったお方。
懐かしく、暖かい声だと思った理由。
あなたこそが、あの――
――もう、あまり時間がありません。勇者よ、旅立つのです。今こそ人類の唯一の剣となり、必ずや大魔王を打ち倒し、新たなる希望の道を切り開くのです――
段々と意識が薄れていくのを感じました。
この真っ白な、煌びやかな世界から切り離されていきます。
「・・・!お待ちください!女神様、私は・・・!」
――――勇者よ、私は――でも――あなた――事を――見守って――――
無数の美しい光が、どこからともなく現れた闇へと。
次々に、吸い込まれて、吸い込まれて――
「女神さまっ!!!!!」
手をめいっぱい伸ばしても、何も触れることは出来ず。
私の意識は、そこで途絶えました。
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
薄暗い森の中をひたすら歩く。
音という音は、僕が生い茂る草を踏む音か、虫達の鳴き声しか聞こえない。
僕は村長さんの手紙を届けるため、森を抜けたところにあるブリクスの町へと向かっている。
もう村を出発してから、5、6時間は経っていた。そろそろ、出口が見えてもいい頃だ。
いいかげんこの昼なのか夜なのかも分からない状況から抜け出したい。
そう思っていると。
「あ・・・」
薄暗かった森が次第に明るくなり始めた。
やっと出口が近づいてきみたいだ。
光の強くなっていく方向へ、僕は走り出す。
そして。
木々が無くなり、僕の視界が開けた。
「やっと抜けたよ・・・」
一息つきながら、僕は懐中時計で時刻を確認する。
5時をちょうどまわっているぐらいだった。
日はまだ落ちておらず、朱色になった太陽が、石で舗装された街道を照らしてる。
その先に見えるのは、目的地、ブリクスの町だった。
「久しぶりだな・・・町へ行くのも。」
遠目から見た夕暮れの町には、ちらほらと民家の明かりが灯り始めているようだ。
日が完全に落ちるまでに、町には着いておきたい。
僕は再び歩きだす。
『この先、ブリクスの町』と書かれたぼろの看板を横目に通り過ぎた。
ブリクスの町は、アルマニア大陸の西部に位置する、緑の多い小さな町だ。
特に観光名所があるわけではないが、週に何度か行商人などが集まって定期市が開かれたり、旅芸人による催し物があったりもするので、外から訪れる人は多い。
町のあらゆる建造物の全てが木造であることも特徴のひとつだ。
僕は実験の材料などを買うために、教授にこの町に時々お使いに走らされていた。
今日はちょうど定期市の日であったらしく、通りのいたるところに露店が出ており、もう暗くなってきたにもかかわらず、人はまだまだ多かった。
定期市の主役とも言える行商人たちは、この通りではなく主に、町の中心部の市場のほうでたくさん店を構えていることが多い。
もしかしたら、なにか珍しいものや掘り出し物が置いてあるかもしれなかった。
(ちょっと見ていこうかな。)
そう思った僕は、人々の間を抜け、市場の方へ向かった。
どっちにしろ目的の町長さんの家には、そこを抜けないとたどり着けないのだ。
夕暮れの市場はさっきの通りよりも沢山の人々でにぎわっていた。
世界各地からやってきた行商人達が珍しいものを売りにきているおかげだ。
沢山の、見たことも無いような果物や布製品など、様々なものが陳列されており、その周りを買い物に来たたくさんの人々が往来している。
そんなごったがえす人ごみと喧騒を掻き分けながら、僕は市場の中を進んでいく。
しばらく行くと、すごいものを見つけた。
樽の中に山のように沢山積まれた、紫色の光沢を放つ石。
オリハルコン。オリハルコンの原石の山だ。
「よう、にいちゃん。よかったら見るだけでも見ていってよ。」
樽の傍にいる頭にターバンを巻いたおじさんに話しかけられた。
どうやら、原石を売る行商人らしい。
彼の周りには他にも鉄や銅、ニッケルなどの原石が山積みになって置かれている。
しかし、僕の視線は目の前に積まれた、煌々と輝くオリハルコンの山に釘付けになった。
「ちょっと、手に取って見てもいいですか。」
ターバンのおじさんに話しかける。
興奮気味になっているのが自分でもわかった。
「ああ、いいよ。そいつは滅多に入らないものだからねぇ。じっくり見ていってよ。」
僕は山積みになった中から一つを手に取った。
鉄よりもはるかに軽く、硬い。そして美しいく淡い、紫色の輝きを放つことから、武器の材料として多く使われる、希少価値の高い鉱石。
今までに教授に粉状になったのを一度だけ見せてもらっただけなので、このような形で見るのは初めてだった。
(すごいや・・・こんな・・・)
興奮覚めやらぬ僕は、しばらくずっと紫色の輝きに目を奪われていた。
この原石に負けないくらいに、このときの僕の目は輝いていただろうと思う。
「これ一つ、いくらですか?」
おじさんに尋ねた。
オリハルコンの原石が売られていることなんて、めったに無い。
どうせなら記念に一つくらい、買っていきたい。
だが。
「500Gだよ。」
・・・。
高い。
さすがは最近、採取数が少なくなってきているだけの事はある。
今の手持ちで買えなくも無い値段だけど、それでは今晩の宿代が無くなってしまうし・・・
・・・やめた。あきらめよう。
せっかく森を抜けて町まで来たんだから、野宿なんてしたくない。
僕は残念に思いながら、仕方なく店を後にした。
オリハルコンくらい、いつかまたお目にかかる機会がくるはずだ。きっと。
そう自分に言い聞かせながら、僕は再び人ごみを掻き分けていった。
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
同時刻頃 場所不明
???「はぁあ!?これよりまだ西に行け、ですって!?」
おじいさん「ああ。ここよりまだずっと西のブリクスに居られると、わしは聞いたんじゃが。」
???「ふざけるんじゃないわよ!!エルカザヌ大陸のあちこちを探し回って、挙げ句の果てにごく少ない手がかりをもとにして、わざわざ何日もかけてこのエルマニア大陸へ渡ってきたっていうのに、その上まだ歩かせるって言うの!?」
おじいさん「わ、わしに怒鳴られてもなあ・・・。それに今話したことも、5年前くらいに聞いた話じゃし、今は本当にブリクスに居られるかどうかも確かではないんじゃ。」
???「ぬぐぐぐぐぐ・・・」
おじいさん「す、すまんのうお嬢さん、大して役に立てんで・・・とりあえず、頼むからそんなに烈火のごとく怒らんでくれ。」
???「・・・でも、足取りがつかめただけでも、やっと収穫があったわ・・・」
おじいさん「はえ?」
???「ありがとう、おじいさん。十分役に立ったわ。ごめんね、怒鳴ったりして・・・。ちょっとこのところ、色んなことがあってイライラしてたのよ。」
おじいさん「あ、ああ。そうか。それならなによりじゃが・・・」
???「ところでおじいさん。この町、馬車屋はある?」
おじいさん「馬車屋?ああ。ずっと向こうの角を曲がって進んだところにあるぞ。じゃが、もう日も暮れたし、とっくに店を閉めて親父さんは寝てるころじゃと思うが――」
???「わかったわ、ありがとう!!」
おじいさん「ああ、ちょっと待ちなさい!じゃからもう閉まったと・・・」
???「叩き起こしてでも営業再会させるわよ!今夜中に必ずブリクスに着いてやるんだから!」
おじいさん「これ、待ちなさい!・・・ああ、行ってしもうた・・・」
おじいさん「はぁ・・・しかし、あれじゃ。都会から来た魔道士さんというのは、えらく気性が激しいもんじゃのう。何だか、相手にするだけでわしゃ疲れてしもうたわい。」
おじいさん「それにしても、えーと、なんといったかな。ピッピザ教授?いや、ピザッツ教授?・・・まあよいわ。そんな訳の分からん爺さんを探してわざわざ東の大陸から渡ってくるなんて、いまどき珍しい魔道士のお嬢さんもおったもんじゃ。てっきり、かの伝説の勇者様でも探しているもんじゃと思うたが・・・わしゃ居場所知らんけど。」
・・・・・・・
・・・・・
・・・
同時刻頃 ブリクスの町 中央広場
行きかう人の合間を抜けて、ようやく僕は市場を出た。
今、僕は町の役場の前の広場にいる。
さっきの市場の喧騒と比べればかなり静かになった。
時間帯のせいか人気も少なく、広場の真ん中にある噴水(これも全部木製)の周りにちらほらと人のかたまりがある程度だ。
町長さんの家は、この広場の近くにあるらしい。
役場の左の通路をまっすぐ行った後の、右側だったっけ。
行ってみよう。
町長さんの家と思われる、大きな一軒屋を発見した。
僕は木で出来たドアの前に立ち、来客用の呼び鈴を鳴らす。
しばらくするとドアが開き、中から若い女のメイドさんが出てきた。
「こんばんは。」
僕は会釈しながら挨拶する。
「ここが町長さんのお家で間違いないですか?」
僕がそう言うと、メイドさんは僕を足元から顔にかけて一見した。
すると、挨拶にも質問にも言葉を返さず、
「どちらさまでしょうか。」
とだけ言った。
「西の森の村からの使いで、町長さんに村長さんからの手紙を届けにきました。町長さんは、今は居らっしゃいますか?」
「・・・はい。在宅しておりますが。」
ぶっきらぼうにそう答えてくれた。
どうしよう、直接町長さんに会って僕が手渡したほうがいいだろうか。
「・・・」ジロリ・・・
それともこのメイドさんに取り次いでもらい、本人に渡してもらおうか。
「・・・」ジロリ・・・
なぜか僕をじっとにらんできてるけど。
(何だか、あまり歓迎されていない気がする・・・)
ここはメイドさんに預けて本人に渡してもらうことにして、さっさと立ち去るべきかもしれない。
・・・決めた。そうすることにしよう。
「では、この手紙を町長さんに――」
その矢先。
「どうぞ」
「えっ」
急にそう言われた。
「町長の部屋までお連れします。どうぞ。」
「えっ・・・あ、はい。」
(歓迎されてない訳じゃないのか・・・?)
あっさりと僕は玄関へと招き入れられた。
そして、呆気に取られるままそのメイドさんについていった。
さすがに町長さんの立派な家というのだけはあって、内部も小奇麗な内装で、その構造もどうやら殆どが木製のようだった。
よく掃除の行き届いた広い廊下をメイドさんの後ろを付いて歩く。
「・・・」
「・・・」
「・・・あの・・・」
「・・・」チラッ
「・・・立派な、お家ですね。」
「・・・」プイッ
「・・・」
「・・・」
その間、僕を一度ちらっと見ただけで、会話には一切応じてくれなかった。
無愛想なメイドさん、といっても十分差し支えないだろう・・・。
しばらく廊下を進んだところで、僕はある1つの部屋のドアの前まで連れて来られた。
ここが町長さんの部屋なのだろうか。
「申し訳ありませんが、ここで少しの間、お待ちください。」
メイドさんはドアをノックし、「失礼します」と言った後にドアを開けて部屋へと入っていった。
少しすると、ドアの向こうから話し声が聞こえてきた。
「村からの使いがお見えになりました。村長様から手紙を預かっているそうです。」
「そうか、えらく早かったな・・・それで、どんな人物だ?」
メイドさんのほかに、男性の声も聞こえた。
「はい。若い青年・・・いえ、少年です。双剣を腰に携えています。」
「なんと!あの村にそんな若者が居たとは!・・・ふむ、これは――いや、まさかな・・・」
しばらくの沈黙。
「・・・わかった、通してくれ。」
すると、メイドさんがドアを開けて出てきて、
「どうぞ。町長がお待ちです。」
と言った。
僕は招かれるままに部屋に入っていった。
机をはさんだ向こう側の椅子に、町長さんは座っていた。
坊主頭の壮年の男性だ。年齢は見た目で50そこそこ、といったところだろうか。
「・・・」
さきほどのメイドさんと同じく、なぜか僕の顔をじっと見つめている。
強面な町長さんのその目つきは鋭く、ちょっと怖い。
さっきから僕に向けられる、この変な視線は一体なんなのだろうか・・・。
埒が明かないので、とりあえず僕は自己紹介することにした。
「あの、初めまして。僕は村からの使いで、キゼルと申します。今日は町長さんに、うちの村の村長さんからの手紙を届けに来ました。」
僕がそう言うと、町長さんははっとした様子で、
「あ、ああ、そうか。遠いところをよく来てくれた。どうぞ、掛けてくれ。」
そう言って僕を向かいの椅子に座るよう薦めた。
「失礼します。」
僕は腰の辺りにクロスして差してあった双剣を傍らに置き、椅子に腰掛けた。
そしてすぐに懐から村長さんの手紙が入った封筒を取り出し、机の上に置いた。
「これが、例の手紙です。受け取ってください。」
「うむ。ありがとう。早速読ませてもらおう。」
町長さんはまたちらりと僕の顔を見て、しかしすぐに視線を戻し、封筒を手にした。
封を切り、中から文字の書かれた紙を取り出す。
そして、何も言わずに文章に目を通し始めた。
少しの沈黙の後、さっきのメイドさんがお茶を運んできて、「どうぞ」と言いながら僕にティーカップを手渡してきた。
僕はそれを受け取るも、口をつけず机の上にそのまま置いた。
上等の類の茶葉を使っているみたいだったけど、どうもそれを飲む気にはなれない。
部屋に妙な緊張感が漂っていたし、僕も内心、早く立ち去りたいと思っていて、何だか申し訳なかったから。
そして、また沈黙が訪れる。
傍らに置いてある振り子時計に目をやると、時刻はもう午後7時半を過ぎていた。
「・・ふう。」
しばらくして、町長さんは突然ため息をついた。
どうやら全て読み終わったらしい。
手紙を二つに折りたたみ、封筒の中に再び入れなおす。
「所詮、こんなものだったか。もしかしたら、とは思ったんだがなあ・・・はっはっは・・・」
後頭部に手を当てながら、困ったように笑った。
ひたすら強面だった町長さんの張り詰めたような表情が、ようやく砕けたものになったので、僕はやっと緊張から解かれた。
「あの・・・どうしたんですか?」
僕はたずねる。すると、
「いや、すまない。つい力が抜けてしまってね・・・。キゼル、といったね?ここに来てから身構えっぱなしにさせてしまったようだね。悪かったよ。」
町長さんはそう言って、封筒を服のポケットにしまった。
「実はね、私が村の村長に宛てた手紙は、最近世界中を騒がせている、勇者に関する内容のものだったんだよ。」
町長さんはにこやかに語り始めた。
話し始めたら、割と優しそうな人に見えた。
「少し前に東のエルカザヌ大陸にある帝国が世界に向けて、例の神告を発表しただろう? それで今、世界中の人々が躍起になって、一刻も早く勇者を見つけ出すべくあらゆる場所を探し回っているのは知っているよね?」
「はい・・・村長さんから聞きました。」
「うむ。それでだ。実は、私もそのうちの1人だったというわけでね。どこか勇者にゆかりの深そうな場所は無いか、と考えていたんだ。」
町長さんはぽんぽんと手紙の入ったポケットを軽くたたく。
「そして思い当たったのが、西の森の集落、というわけさ。あの村は四方を深い森に囲まれている、まさに人里はなれた未開の地。なんというか、どことなく雰囲気のある場所でもあるし、もしかしたらと思ってね。何か勇者に関するいわれのようなものだけでも残っていないかと思って、だめもとで手紙を送ってみたんだ。」
これも、すでに村長さんから村を出る前に聞いている話だ。
「そしたら、君のような勇敢そうな若者が村から使いに来たわけだから、びっくりしてねえ。まさか、と思ったんだよ。あの村には老人ぐらいしかいないはずだし、もしやこの少年が・・・?なんてね。しかし・・・」
町長さんは封筒の入ったポケットを再び見た。
「私の早とちりだった。この手紙によると、君はどうやら勇者などではないようだ。まったく、そそっかしい私に全面的に否があるよ・・・済まなかった。君にとっては、はた迷惑な話だったよね。」
町長さんは頭を軽く下げたあと、微笑みを僕に向けた。
笑顔だけど、何だかとても残念そうだ。
村を出る前に見た、村長さんの顔と重なる。
「はあ、いえ、こちらこそ何だかすみません・・・」
さっきからのよそよそしい態度は、そういうことだったのか。
村からの使いの僕を、例のあの伝説の「勇者」ではないかと勘違いしていたわけだ。
しかし、実際僕は勇者でもなんでもない。
残念そうに笑う町長さんを見て、何だかはがゆいような、やるせない気持ちになった。
どうしようもないことではあるんだけれど・・・。
とにかく、勇者に対する人々の希望はここまで熱いものだったという事を、この時始めて思い知ったのだった。
「ところでキゼル。君は森を歩いて抜けて来たのだろう?大変だったね、さぞ疲れたことだろう。魔物には出会わなかったか?」
町長さんは僕を労わる言葉をかける。
「昼間だったからか、魔物には出会わずにすみました。それに元々森を抜けてこの町に来ることは慣れているので、苦にはなりませんでした。実験の材料を、よくここの市場に買い出しに来ていたので。」
「実験・・・?きみはもしかして、科学者か何かなのかい?」
「はい・・・そうです。」
それから僕は雑談として、あの村には五年前に来たこと、学位のこと、ザッピ博士のことなど色んなことを町長に話した。
とても興味津々な様子で聞いてくれて、修士の証であるバッジも見せてあげた。
「なんと・・・!これはおどろいた。その若さでマスターの称号を持っているとは・・・」
町長さんは目を丸くした。心の底から驚いているようだ。
「いったい君達は、あんな森の奥深くでどんな研究をしていたんだ?」
「それは・・・」
そういえば、僕はザッピ博士の講義は受けていたが、彼の「研究」そのものにかかわったことは一切無い。
『世界の存亡にかかわる、超重大な極秘の研究をしておる』なんて物騒なことを言っているのは聞いたことがあるけど、結局、その内容は最後まで教えてくれなかった。
とにかく何かすごい物の研究をしていたことは確かなんだけど、研究の資料などは一年前に教授が出て行ったときに全て持ち去られており、現在、あの研究所には彼の研究の痕跡は何も残っていない。残されていた資料は、元素銃の設計図くらいだった。
「・・・わかりません。教授は僕に、研究の内容は教えてくれませんでしたから。」
僕がそう言うと、
「そうか。まぁ、大学の教授殿の考えているぐらいのことだからな。一つや二つ、極秘事項があっても仕方がないだろう。」
そう言って、町長さんは時計を見た。
時刻はもう午後八時を回ったところだ。
「そういえば、今日は、泊まる宿はあるのか?もしよければ、うちに――」
「あ、いえ!それなら大丈夫です。宿ならもう、行くあてがあるので。」
僕は町長さんの言葉を途中さえぎりつつ言った。
本当は、宿の予約なんかはしていない。
しかし不本意ながらも町長さんに大きな期待を抱かせた後に、これだけがっかりさせてしまったんだ。
これ以上気を遣わせるわけにはいかない、と思った。
それに、いいかげんもう宿に行かないと、どこも満室になってしまうかもしれない。
今日は定期市の日だったし、宿泊客もかなり多いはずだから。
「それでは、僕はもうこの辺で。」
僕はいそいそと立ち上がり、傍らに置いてあった双剣を再び腰に装備した。
「おっと、そんなにあせらずとも、もっとゆっくりしていけばいいのに。」
そう言って引き止めてくれたが、そういうわけにもいかない。
「いいえ、これ以上長居して、ご迷惑をかけるわけにはいきません。あ、お茶、ありがとうございました。」
一口も飲んでいないけど、礼を言っておく。
「そうか・・・じゃあ、せめて見送りを出そう――ソウラ。」
「はい。」
町長さんが呼ぶと、さっきの無愛想なメイドさんが部屋に入ってきた。
ソウラさん、という名前だったらしい。
「キゼルを、家の外まで送ってあげてくれ。」
「かしこまりました。」
ソウラさんは丁寧にお辞儀をした。
「では、キゼル。手紙は確かに受け取ったと、村長に伝えてくれ。」
町長さんは言う。
「はい。」
「それと、もしまた近くに来ることがあったら、ぜひこの家に寄ってくれ。今日は時間が無くて残念だったが、お前の話をもっと聞きたくてな。」
「わかりました。また近くまで来たらお邪魔させてもらいます。ありがとうございました、町長さん。では、失礼します。」
「ああ。帰りも気をつけてな。」
そして、僕は無愛想なメイドさん――ソウラさんに連れられて部屋を後にした。
さっきと同じくやはり無言のまま、僕達は家の外まで来た。
「お茶、ごちそうさまでした。」
町長さんと同じく、ソウラさんにもお茶のお礼を言った。
何だか慌しくて、結局一口も飲めなかったけど。
「いえ。」
ソウラさんは表情を変えずに言った。
「・・・」
「・・・」
「・・・では、僕はこれで――」
特に会話も続かないだろうと思ったので、最後の挨拶を僕がしようとすると。
「あなたは――」
「・・・え?」
思いがけず、途中でさえぎられた。
「あなたは・・・」
深い青をたたえた、美しい双眸で僕の目を見つめる。
何かを、言いたそうにして。
しかし。
「・・・いえ、なんでもありません。」
また一切表情を変えずに、目をそらしてしまった。
「それでは、お気をつけて。」
そしてソウラさんは深々と頭を下げた。
(・・・?一体なんだったんだ?)
なんだか最後まで、よくわからないメイドさんだ。
僕は首をかしげたい気持ちを抑えながら、その場を後にした。
その後、旅人用の宿がたさんある通りに向かった僕は、数件の宿を回った上、ようやく何部屋か空いている宿を見つけた。そこに泊まることを決め、受付を済ませた後、僕は部屋に荷物を置き、共同の入浴場に向かい、そこで汗を洗い流した。
浴場から上がった後は食堂に向かい、夕食を取った。
食後のコーヒーを飲んで一休みした後、今日はもう早く寝ようと思って、食堂を出て自分の部屋に向かった。
その途中、談話室の前を通りかかると、そこで数人が暖炉を囲んで話をしているのが目に入った。
旅人達が情報を交換し合っていたらしく、戦士や商人など、様々な職業の人がいた。
そのまま通りすぎるつもりだったが、どうやら彼らは「勇者」についての話をしているようだったので、僕はつい立ち止まって耳を傾けた。
商人「しっかし勇者様というのは、いったいどこにおられるんだろうなぁ。あの神告があってからというもの、一向にあらわれる気配が無いじゃねぇか。一度でも良いから、ぜひお目にかかりたいもんなんだがなあ。」
女騎士「ああ。一刻も早く見つけたいものだ。私は勇者様にお仕えするために、彼を探してはるばる北からやってきたのでな。」
武道家「うぬ、拙者も勇者様の元で力をふるうべく、もういくつもの町を回ったのだが、未だに手がかりすらつかめていない状況だ。一体全体、どこにおられるのか・・・。」
旅人A「しっかしこうなってくるとあの大魔王も、勇者様の存在を放ってはおかないだろうな。多分、大魔王の臣下のクランチア王国の連中も、躍起になって勇者様を探し回ってるんじゃね?」
旅人B「なにかまた物騒なことでも起こらなきゃあいいけどな。奴ら、倫理っていうものを知らないらしいし・・・」
女魔法使い「勇者さまの仲間になって、次第に彼と惹かれあい、恋人になって・・・そして・・・キャーーー!♪♪」
踊り子「あんたってば、昔からほんと馬鹿ねぇ・・・。勇者様とあんたが恋人になれるわけ無いじゃないのよ。第一、まだ男だって決まったわけじゃないのに・・・」
女騎士「なっ!勇者様はきっと男性のはずだ!それに、と、とても男らしくて、素敵な、頼りがいのある・・・//」
女魔法使い「そうよ!そこの騎士さんの言うとおり、きっとすっごく強くて、イケメンな人なのよ!大体あんたは昔からそうやって、夢がな・さ・す・ぎ!そんなだからいつまでたっても男日照りなのよ!」
踊り子「なんですって!!じゃあもし勇者様に本当に出会えたら、あたし抜け駆けしてアピールしまくって、あんたなんて置いてけぼりにしてやるんだからね!」
商人「ま、まあまあ。嬢ちゃんたち、そう熱くならずに。まったく、これだけ女の子に人気だなんてなあ。会ったことさえないのに、何だか勇者様に妬けちまうぜ!あっはっはっはっ!」
武道家「うぬ、何たる不純な動機、これだから若い女性は・・・本当にこれからの世界の行く末のことを考えているのか?」
旅人A「まあ、なにがともあれ、早く勇者様には現れてほしいもんだな。」
旅人B「ああ。こんな時代だし、勇者様はみんなの唯一の希望だよ。」
そこまで聞いて僕は、がやがやと騒がしくなってきた談話室の前から離れ、自分の借りている部屋へと歩いていった。
ずっと立ち聞きしているのは良くないと思ったし、それに今朝から歩きっぱなしでもう足が棒のように疲れきっていたからだ。
部屋にもどったら、すぐに寝よう――
部屋に入り、ランプの炎を吹き消す。
そして、すぐにベッドに入った。
僕の頭の中を、さっきから一つの言葉が支配する。
「勇者、か・・・」
真っ暗な部屋の中で、そうつぶやいていた。
さっきの話を聞いて、改めて僕は「勇者」は人々の唯一の希望であり、力のある者は皆、彼と共に旅をすることを望んでいるのだと実感した。
ちょっとアレな動機で勇者を探している人もいたけど・・・。
彼は今、どこにいるんだろうか。それだけは気になった。
しかし、それ以上の興味が湧いてこないのもまた事実で。
ましてや、勇者様が男だとか女だとか、どうでもよくて。
ベッドの底へと、引きずられていくような感覚。
何か、夢を見るだろうか――
そういえば近頃は、頭の中がごちゃごちゃしてて、夢なんてずいぶん見てなかったな――
どんな夢、見るだろう。もしかして、勇者になった夢、と――か――
ぐるぐる、ぐるぐると、暗い渦が、頭の中で巻き始める。
僕は着実に、眠りの世界へ落ちていった。
――――――
――――
――
『はぁっ・・・はぁっ・・・』
地面に這いつくばっている僕。
体力の限界はとっくに超え、呼吸をする気力すらも失われていく。
苦しい。
立てない。動けない。
真横を見ると、さっきまで両手に握り締めていたはすだった双剣の片方が、無造作に転がっているのが視界に入る。
もう片方の左手で持ってた方は、さっき吹っ飛ばされたときに、どこかに転がっていった。
『くそっ・・・』
動け――
目の前にある双剣の片方に、右手を伸ばす。
辛うじて柄を掴み取った。
そのとき。
『何をしているの?』
氷水を頭からかぶせてくるような、感情のこもっていない、冷徹な声が耳に入る。
『そんなところで這いつくばっている暇があるの?』
息をするのも億劫で、何も声が出せない。
しかし――
『立って』
再び声の主は、冷たく言い放つ。
『んぐっ・・・ぅ・・・』
僕は力を振り絞り、剣を支えにしてどうにか体を起こし、膝をついた体勢になる。
『はぁっ・・・はぁっ・・・くっ・・・!』
双剣を握った右手から、血がどろりと滲む。
豆が裂けたらしい。
それだけでなく、体中いたるところにできた擦り傷からも出血していた。
打撲もあちこちにあるようで、痛みと熱がそこから発せられているのを感じる。
『・・・』
顔を上げて、僕は何も言わずに声の主をにらみつける。
背のすらっと高い、薄緑色の長い髪をたたえた美しい女性が目に映った。
騎士団一の精鋭であり、10歳年上の僕の双剣の師匠――イメルダだ。
『・・・』
向こうは既に、僕をにらんでいる最中だった。
胸を貫かれるような鋭くて冷たい眼差しが僕を射抜く。
しかし、僕は怯まない。
溶鉱炉のような赤い夕焼けが、僕達を包む――
しばらくして、イメルダが沈黙を破る。
『大きな武器を振るう膂力も無い。』
『人並みの魔力すらも無い。』
『今のままなら、あなたは生き残ることができない。必ず、死ぬ――』
『っ・・・』
何も言い返せない。
そうだ。僕は、無力だ。
力は弱いし、運動神経は人並み以下、大きな武器を振り回すことなんてとても出来ない。
魔法なんてもっと話にならず、初歩の回復魔法すらもまともに扱えないほど、魔道の才能が無い。
情けないとか、やるせないとか、
もはや自分の口からは出すことができないくらいに、弱い。
だから、僕は、守れなかった――
――けど。
『・・・イメルダ、僕・・・』
非力な僕が、戦闘において力を得ることの出来る、数少ない手段があった。
それがこの武器、双剣。
『僕、は・・・ぅぐっ・・・』
力を振り絞って、呻きつつ、よろけながら立ち上がる。
体中が燃えるように熱くて痛い。が、動けるには動けるみたいだ。
大丈夫だ、いける――
あともう一度くらいなら、突っかかっていけるかもしれない。
周りを見渡すと、自分のすぐ背後に双剣の片方が落ちていたのを見つけた。
振り返り、それを拾い上げて。
再び左手でぎゅっと握り締める。
『弱い・・・とてつもなく、弱い。けど――』
それでも、あきらめるわけにはいかないんだ。
強くなって。自分以外の誰かと、戦えるようになって。
そして、今度こそ、「君」を――
「君」の大事なもの全てを守りたいんだ――
向き直り、両手に持った双剣を構えた。
『・・・・・・・・』
向こうも双剣を構えなおし、戦闘態勢を取る。
一陣の、生ぬるい風――
イメルダの両耳にある、双剣のアクセサリが輝きながら揺れた。
そして。
『――あああああああああっっっっ!!』
僕は地面を勢い良く蹴って、全速力で突っ込んでいった――
――――――
――――
――
翌日 午前6時
「・・・・・」
はっきりと目が覚めた。
ベッドに横たわりながら、横に置いてあった懐中時計を手に取り、時間を確認する。
そして、すぐに置いた。
やっぱりか・・・
こんなに目覚めがいい、ということは。
「・・・久しぶりだな、イメルダにしごかれる夢見るの・・・。」
思わずため息が出た。
大体この類の夢を見た日の朝は、ちょうど6時ぴったりに目が覚める。
あの頃、騎士団にいた時の生活を、体が自然に思い出してしまうのだ。
僕がさっき見たのは、イメルダに双剣を習いはじめた頃の夢。
慣れない双剣を振り回して、達人の中の達人だったイメルダに、ズタボロになりながら何度も向かっていったものだった。
いや、もう、あの頃は、本当に・・・
・・・
・・・何だか思い出すほどに身震いがしてきたぞ。
心なしか、体の節々もあの時の痛みを思い出したのか、ズキズキしてきたような。
・・・うん、イメルダとの修行の事を思い出すのは、これ以上はもうよしておこう。
ふと思い立ち、道具袋の中からイメルダのお守り――双剣をかたどった小さなアクセサリを取り出し、手に取る。
ザッピ博士の元に預けられる前に、イメルダから貰ったものだ。
イヤリングのように両耳に一つずつつけるものだが、僕が持っているのはその片割れだけで、左耳につけるためのもの。
もう片方の右耳専用の方は、イメルダが持っているはずだ。
今、彼女が生きてさえいればの話だけど――
そういえば、あの日騎士団が四散して以来、イメルダを含む騎士団のメンバーとはもう5年間会っていない。
みんな、一体今どこで何をしているだろう。無事だろうか。リュゴス団長にフィージィ副団長、セリカ隊長、槍使いのルビス、賢者のリリア。
そして・・・。
・・・。
そのまま二度寝する気にも到底ならなかったので、僕はベッドから体を起こし、身支度を整えることにした。
身支度を終えた僕は、朝食を取ることにした。
部屋を出て、宿の1階にある食堂に行くべく、階段を降りる。
その途中のことだった。
「はあああ!?何ですってえええぇ!?」
1階のロビーの方からだろうか。
そんな怒鳴るような大声が聞こえた。
一体どうしたんだろう。何かあったのかな?
階段を下ると、ロビーの受付の前に、1人の若い女性が立っているのが見えた。
藍色と青色のグラデーションが映える独特の服装。
胸元で輝く、獣のような動物をかたどった黄金のエンブレム。
形の整った凛々しい容姿と、スレンダーな体型。
何より目を引かれたのは、そのポニーテールに纏められた燃えるように真っ赤な、長く美しい髪。
その女性は容貌が美しいだけではなく、どこか気品を漂わせるたたずまいをしている。
しかし――
その麗しい目元は、どうやらわなわなと怒りに震えているようで。
「あんたぁぁぁ、もういっぺん言ってみなさいよぉぉぉ・・・!」グイッ
次の瞬間、その女性の高貴さは一瞬にしてすっ飛んで行った・・・
受付のカウンターの向こう側に居た男性、宿屋の主人の胸倉をつかんだのだ。
「えぇ!?ひいいぃっ・・・!」
さっきまで会話を交わしてたと思われる宿屋の主人は、すっかり怯えてしまっている。
「わざわざ馬車屋のオヤジを叩き起こして夜通し草原を走らせて、途中で無理やり降ろされた挙げ句、長ーーーいこと歩かされて、野宿までして・・・」
「フラフラになりながらようやくこの町にたどり着いて、何だか知らないけど朝っぱらからごちゃごちゃしてる人ごみをどうにかして掻き分けて、ここの宿屋の主人なら何か知っているかもしれないっていう情報をやっと掴んで、いざ来てみたと思ったら・・・」
「『この町にそんな人はいない』ですってええええぇぇ・・・?」ゴゴゴゴゴゴ・・・
「ちょ、ちょっとまっとくれお嬢さん!そんなに地獄の業火みたいに怒らんでおくれ、頼むから!私はこの町で宿屋を長いことやっててずいぶん顔も広いが、そんな名前の人が居るなんてのは一度も聞いたことが無いんだ・・・本当なんだよ!」
「そおおぉぉぉれが問題なんじゃあああああい!!!」ゴアアアアアアアア!
「ぎええっ!?熱い!?熱いいいぃ!!」パチパチパチ・・・
騒がしいのを聞きつけたのか、宿泊客達が何事かとぞろぞろロビーに集まってきた。
昨日談話室で話していた人達も居る。
「一体なんだってんだよ、こんな朝早くに・・・うるさくて目が覚めちまったじゃんかよ。」
「それより見ろよ、あのねーちゃん、怒りすぎて、何かオーラみたいなのが出てるぜ。すげーなありゃ、あんなの始めてみたよ俺・・・」
「うわ、ほんとだ・・・ていうかさっきから胸倉掴まれてる宿屋の大将、何か燃えてね?あれ・・・」
「いやー、凄え!あんなぴちぴちギャルに責められながら火あぶりにされるなんて、宿屋の大将も男冥利につきたもんだ!あっはっはっはっ!」
「うぬ、美人は総じてキツイ性格、という噂は本当だったらしいな。・・・しかし、何だ。さっきから宿屋の主人が不憫でならない。ここは拙者が助けに入るべきだろうか・・・」
などと、ざわざわ騒がしくなってきた、そんな時だった。
「え?・・・えええーーーーー!?」
野次馬の中に居たうちの1人である若い女の人が、口元を手で押さえながら叫んだ。
昨夜の談話室にも居た、ちょっとアレな動機で勇者を探していた魔法使いだ。
その場がしんと静まり帰る。
「あ・・・あれ、あそこに居るの・・・!いや、ちょ、え!?うそでしょ・・・!?」
叫び声を上げたその魔法使いは、なぜかかなり動揺し始めた。
「どうしたのよ急に、あんた、あの人のこと何か知ってるの?」
その横の、踊り子と思われる女性が尋ねる。
「なんで・・・なんで、こんな所に・・・!?何で!?」
しかし、相変わらず魔法使いは目を白黒させたまま。
「だから一体誰なのよあの人は!あんたの知り合いか何か!?」
少しいらついた様子で再び踊り子がそう尋ねる。
すると。
「住んでる世界のレベルがもはや違う人と、知り合いなわけないじゃないのよ!」
青ざめた顔で魔法使いはそう言い放った。
「ど、どういうことよ・・・?」
踊り子も面食らった様子で、恐る恐る聞き返す。
「協会公認の魔道士正装、胸元で黄金に輝く家紋、そしてあの燃え盛るような真っ赤な髪・・・やっぱり間違いない!」
魔法使いの女の人は、赤い髪の女性を震えながら指差した。
「セオドア・ランズハルト・・・!魔道士協会から与えられた二つ名は『紅炎の魔道士』!超名門ランズハルト家の末裔で、若干20歳にしてエルカザヌ大陸最強の炎使い・・・!魔道に携わる人間なら例え海を跨ごうともその名を知らない者は居ない、魔道士協会きっての超カリスマ魔道士よ!」
第2話、END