序章
序章
帝都市内 セントロイザス大聖堂
深夜の大聖堂の中の礼拝堂は静寂に包まれていた。
見渡す限りに広い空間に、息を呑むほどに高い吹き抜け。
シャンデリアの蝋燭が放つ無数の炎がステンドグラスに映え、より情緒のある色を放つ。
もう夜も更けているというのに、そこには数多くの聖職者のみならず、帝国政府や帝国軍の重鎮、貴族、果ては近隣国の国賓までもが所狭しと席を連ねていた。
誰も一切口を開かない。静寂のみが空間を支配する。
そこは現実から切り離された異空間と化していた。
それは、突然の報せだった。
本日の午前零時、神より重大な神告が下る――
その日の早朝、教皇が直々に皇帝に送った極秘文章の内容はそういうものだった。
教皇のみが受けることの出来る、神よりの神告。
それは帝国のみならず、世紀が始まって以来地上全ての人間の歴史を大きく動かしてきた、絶対無二の啓示。
この報せを受け取った皇帝は、急遽大聖堂に自国の重鎮のみならず、近隣国の要人をも呼び寄せた。
夕方にになる頃には、どこから情報が漏れたかは分からないが、山のような数の市民が大聖堂を取り囲んだ。
周囲には衛兵が配置され、一部区間が通行止めや立ち入り禁止となり、大聖堂の周囲には厳戒態勢がしかれた。
そして現在、教皇は礼拝堂の最深部の祭壇のある部屋に閉じこもったまま、神よりの神告を受けている最中である。
居合わせた全ての者が、一言も言葉を発さず、身を切る思いで神告を待ちかねていた。
その内容は、全人類に救いをもたらすものか、かたや――
世界を揺るがす瞬間が、もうすぐ来る。
しかし、定刻を過ぎてもその重い扉が開かれる気配は一向に無い。
予定時刻の零時から、一時間が過ぎようとしているが・・・
そのとき。
重々しい音を立てながら、扉が開いた。
跳ね上がる心拍数。
軋むような緊張。
しかし、誰も口を開かず。
開いた扉の向こうから現れる人物に、無数の意識が集中する。
コツコツと足音を立てながら、一つの人影が現れる。
白い髭を胸元まで生やした老人。
第18代教皇、アルマリシウス。
彼は、礼拝堂全体が見渡せる場所まで歩く。
歩みを止めた。
礼拝堂をぐるりと見渡す。
そしてまるで、壁を突き破るような、帝都全体に響き渡るような声で。
沈黙を、破った。
「この場に居合わせた者達、そして、全世界の神の子らに、これより神告を授く!」
「主は仰せになった!!――」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
大聖堂内が破裂するような声が響き渡った。
そして。
「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
神告の内容を知った大聖堂前の広場の市民達の歓声が、帝都を揺らした。
帝都市内 皇居
「皇帝陛下!」
「大臣か。聞いておるぞ。帝都市内はもの凄い騒ぎだそうだな。」
「はっ!市民達の興奮は未だ収まらず、ただ今警備兵達が騒ぎを鎮圧している状況であります。朝までには、どうにか事は収まるかと。」
「そうか。」
「はっ。・・・」
「・・・」
「・・・」
「どうした、お主らしくもない。まるで魂が抜けたようではないか。」
「はっ・・・。陛下、恐れながら・・・。」
「構わん。申せ。」
「はっ。実は不肖この私・・・誠に不法者ながら、アルマシリウス教皇の神告が、今でもにわかに信じがたくございまして・・・」
「・・・」
「このようなことが、誠にあって良いものなのかと・・・これではまさに、かの伝説と全く同じ・・・」
「・・・」
「・・・」
「私も、先ほど事の仔細を聞いたばかりのときは、夢でも見ているのかと思うた。」
「だが、今では確信している。此度の神告、従来のそれと同じくして、またも世界を揺るがす、動かぬ現実になる。そして・・・」
「人類の、一筋の希望になる、とな。」
「!!」
「願望、ではない。私の中の直感が、確かにそう告げているのだ・・・。」
「陛下・・・」
「・・・全世界の国家、もしくは集落に、神告の内容をもれなく通達せよ!!」
「大魔王ヴィルゼラードを打ち倒し、そして、生きとし生けるもの全てをその手で救済する――」
「『勇者』が遂に現れたと!!」