結局聖剣は。
周りの人々はシーンと静まり返っている。魔人という存在の圧倒的な強さと、その容赦ない仕打ちにもはや言葉が出ないらしい。
『な、何て言う真似を! 本当にどうしてあなたが勇者なんですの!』
「知るかババア」
エステルは金さえもらえれば別に自分が勇者だろうと、違うだろうとどっちでもいいのだ。第一に金、第二に金……、第五ぐらいに自分の好奇心。自分本位の人間であり、勇者とかどうでもよく魔王を倒した際の報酬が欲しいというその欲望を持っているだけなのである。
聖剣に崇拝の感情なんてもちろん持たなければ、興味も一切ない。そもそも血の盟約というのは一生付きまとうものである。エステルはそういうものは御免だった。
魔剣だけでももう十分であるし、エステルからすれば聖剣のババアと気が合うとは全く思えないのだ。
「簡単にやられる雑魚なんざ邪魔なだけだろーが。ババアも俺はいらねーし」
『なっ。こ、この私をババアだなんて。どこまでも愚弄する気ですの!!』
大声でわめくメア・ルーファトにうんざりしたような目をエステルは向ける。
「エステル様ぁ。私頑張ったのですぅ。ほめてほしいですぅ」
めんどくさそうにメアを見るエステル、怪我人の治療を慌ててしながらざわめく周り、そしてエステルを思いっきり睨みつけているメア。
そんな中で、愛らしい声が響く。
それはエステルの傍まで近寄ってきていたフローラの声だった。背の低いフローラは、エステルを見上げるように見つめている。その場面だけ見れば愛らしい幼い少女という印象なのだろうが、先ほどの行いを見ている周りのフローラを見る目は鋭い。
「よくやったな、フローラ」
「嬉しいですぅ」
エステルは近づいてきたフローラの頭を軽く撫でる。そうすれば、フローラは何処までも幸福を告げるかのような笑みを浮かべた。
エステルは使える人間が好きだった。逆にいえば使えもせず、性格も合わない人間はいっそに居ようとなど思わない。
エステルにとって聖剣に宿る聖女は煩いだけのババアでしかなかった。メアの言葉などエステルは聞いてなどいない。
『な、こ、この私を無視するなんて、ど、どれだけ…』
「よし、フローラ、ヴェネーノ、さっさと魔王退治行くぞ」
「はいですぅ」
「ええ」
メアが声を上げるが、それを華麗にスルーして、エステルはそのままフローラとヴェネーノに声をかける。清々しいほどのメアに対するスルースキルであった。
フローラとヴェネーノもエステルの言葉に快く頷き、メアに興味の欠片もない様子であった。
それでいて、周りの人間達はエステル達に何処か脅えた様子であり中々発言が出来ない。
金髪に碧眼の美しい少年。それがエステルだが、その所業を見た後に見ると悪魔にしか見えないのだ。少なくともこの場に居る本人も含めた全員の認識が、こいつは勇者には見えないという事である。
「って、ちょ、ちょっと待ってくれ。聖女様を連れていって――」
さっさと城から出ていこうとしているエステルを慌てて捕まえたのはこの国の宰相であった。しかし、宰相の言葉であろうともエステルがそんなものを聞くはずもなく、
「あ? 離せよ」
と、睨みつけて言い放った。
エステルの両脇を歩くフローラとヴェネーノも宰相を見る目を鋭く細めている。
「……お、お金が欲しいのだろう? それならば、聖剣を連れていかなければこ、この話はなしだ!」
「あ? じゃあ勇者なんて面倒なのやらないだけだろ」
「そ、それは…」
国にとって勇者という存在は重要な存在だ。魔王を倒した勇者というだけで、それだけ有名にもなるし、他の国にも強く出れるようになる。
魔王は世界の敵であり、勇者は英雄だ。
エステルは折角生まれた勇者、決して勇者と認めたくはないが聖剣に認められた勇者である。結局そういう話し合いの末、メアは勇者の魔王討伐においてお留守番をくらう事になるのであった。
後にメアは『あれほどの屈辱はあの時がはじめてでした』と悔しそうに語るのである。