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会いにいくとしますか。

 交渉を成立させたエステルは、城の一室を与えられ、しばらく城にとどまることになった。何でも色々と決定していかなければならないことがあるらしい。聖者の剣についても、エステルが要らないと言い張っている事が一つの問題でもあるらしい。ちなみに聖者の剣はエステルが持つ事を拒否しているために此処には持ち運んでいない。

 エステルは、与えられた部屋の真っ白なシーツのふかふかとしたベッドに身を預ける。

 腰に下げていた長剣は、ベッドのすぐ脇に置かれており、いつでも抜ける状態である。天井からつるされたシャンデリアが光る。今は夕刻の時。窓の外は少しずつ光を失っていた。

 「エステル様ぁ、エステル様ぁ。あの聖剣についてる女の子ってめんどくさそうですよねぇ」

 「私もそれは思うわ。だってレイヤの事も気がつかなかったわけだしね。ふふ、聖者の剣なんて大層な呼ばれ方しているなら、気付くべきなのにね」

 人影は一つしか存在していないというのに、確かに響く、二つの女の声。

 のびのびとしたフローラと、少し大人びたヴェネーノの声。そんな二つの声に、寝転がったままエステルはベッドの脇に置いている長剣を見た。鞘におさめられた一つの長剣。エステルの戦う際の相棒とも言えるそれを見てエステルは口元を緩めた。

 「レイヤの方が上なんだろ、色々とさ。あのババアよりレイヤの方がな」

 「それはそのとおりですぅう。寧ろレイヤさんがあの女の子に負けるなんて私にはぁ、想像できないのですぅ」

 「まぁな。つか、暇だし、どうせならリィナに会いにいくか」

 エステルは、フローラの返事に対してそう言いながら起き上がる。リィナとは、国王の隠し子である城の奥深くに住んでいるエステルの友人の名前だ。

 隠し子である彼女の存在を知っているものはそんなに居ない。開かずの塔と呼ばれる王宮の奥深くに存在する一つの塔。それが、リィナの住まい。

 リィナに会いに行くと決めたエステルは、長剣を腰に掲げて城の一室から出ると、城内を歩いていく。

 リィナに初めて会った時は王宮に忍び込んだためにこそこそと隠密行動をしなければだったのだが、今は勇者として王宮に居るのだから隠れる必要は一切ない。とはいっても、リィナの所に行くとは他には言えないけれども。

 「フローラ、リィナの所に俺が来るって知らせを出せ」

 「了解ですぅ」

 可愛らしい了解の声と共に、その場に何処からか現れるのは、一羽のアゲハ蝶。黒と黄で彩られた羽をはばたかせて、アゲハ蝶は何処かへと飛んでいく。

 「これでオッケーですぅ。リィナちゃんならわかるですぅ」

 愛らしい声が響き、それに対してエステルは何もいわずに足を進めていく。

 しばらく足を進めて、一旦中庭に出て、真っすぐに進む。そうして見えるのは一つの塔。

 塔の付近は、見られては困るからか一つの魔法が施されている。結界魔法と呼ばれる、封印などに使うような魔法だ。使用者に認められた魔力以外受け付けない、はじき返すという高度な魔法。

 使用者――要するに宮廷仕えの魔法使いが張っているものなのだが、中に居る少女――リィナはさっさと結界魔法を改良し、自身が認めた者は中に入れるようにしている。

 エステルが此処に来るのは二度目だが、ちょくちょく連絡は取り合っている。結界魔法さえ簡単に破ってしまう規格外、それがエステルだ。

 今回は二回目なので、何もせずに結界魔法を通っていけた。中に入ったエステルは、塔で働いている少数人の使用人にバレないように塔を上がっていく。

 リィナの部屋は、塔の上の方にあるのだ。

 中にリィナ以外居ないのを確認して、中へと入る。

 「あら、お久しぶり、エステル。勇者に選ばれたんですって?」

 にっこりと笑いかける黒髪、翡翠の瞳の少女――それがリィナ。顔は国王に似ている。が、明らかに人と違う部分が一か所あった。リィナの背中からは、いわゆる真っ白な鳥の翼が生えている。背中に折りたたんであるそれはもちろん、飛ぶことも可能である。

 その羽のせいで、リィナは此処から出る事が出来ない。人は人間とは異なる種族を嫌悪するものばかりである。ましてや、獣人や有翼人という亜人というわけでもない。亜人でさえ、煙たがられるこの世界の中で、リィナは魔人と呼ばれる存在と国王との間に生まれた子供だった。

 魔王が現れる度に一緒になって現れる魔王の配下である魔族ともまた違う存在であり、魔人はそんなに世間に浸透していない存在だ。

 「そうそう、笑えるだろ、この俺が勇者だってよ」

 「エステル様が勇者なのですぅ。面白いですぅ」

 「エステルが勇者とか笑えるわよね、本当」

 「そうね。エステルに勇者なんて似合わないわよね。此処から見てたけど、聖者の剣についてるあの女って自称女神だったのね」

 さらっと先ほどの事は見ていたという事を告げるリィナ。

 それに対して、エステルは、リィナの腰掛けている椅子の隣の台の上に置かれている大きな水晶玉を見た。

 「流石だな、お前の千里眼は」

 ”千里眼”とは、媒体をもとに目に見えない範囲の出来事を見る事が出来る目の事をさす。アサロン王国の王家の一族に、時たま見られる力である。その翡翠の眼には、十字が刻まれている。リィナは国を挙げての捜索などにもその力で力を貸している。知り合いであるエステルを見ることなど、リィナにはたやすいことである。

 みたいものに関する情報を持つ媒体――ようするに髪や、使用していた道具などがあれば千里眼は使用できる。エステルに関して言えば、リィナの中の記憶にあるエステルが媒体である。記憶の中で思い出されるエステルをみたいと願えばいいのだ。

 それに加えて国王に隠れてこそこそと隠密行動を人を使ってしているというのだから、リィナはいい性格をしているとエステルは思う。

 「ふふ、お母さんみたいな真似は私にはできないからね。千里眼があってよかったわ、退屈しなくて済むもの」

 リィナは、この塔から出ようと思えば簡単に出る事が出来る。それだけの力を持っている。退屈だからと沢山の魔法書や千里眼を使っての情報収集をしていた。母親から受け継いだ膨大な魔力のおかげで、魔法を使うのも楽だったのだ。

 「つか、リィナに魔人としての力まであったら最強だろ」

 「まぁ、そうかもね。ああ、そういえば聞いて。今日、セィンってば超可愛かったの」

 セィン。

 その少年が、リィナが此処を離れたがらない一つの理由だったりする。もちろん、見た目の事も原因だけれども。セィンとは、リィナの双子の弟である。リィナとは違って見た目は人間そのものであり、魔力のみが膨大だという特に問題もない少年だ。国王はセィンには姉がいる事も教え、時々会わせているのだ。

 国王は本気でリィナの母親を好きだったらしいが、その魔人の母親にとっては国王は一時の遊びであった。人間の姿に擬態していた彼女は、まさか性行為で子供が出来るとは思いもせずに遊んでいただけらしい。子供を産んでも、元々一人で行動する魔人がずっと此処にとどまるなんていう事もせず、さっさと出て行ったらしい。

 とはいっても、子供という存在が嬉しいには嬉しいらしくたまにだが、リィナとセィンに会いに来るんだと、エステルはリィナに聞いている。子供を産んでさっさと出て行った魔人は、五年後に城にやってきたときにリィナが閉じ込められているのを見て怒ったらしいが、その頃にはすっかりブラコンで、閉じ込められているというのに特に悲観もしていない娘に怒りを鎮めたんだとか。

 「リィナちゃんはブラコンですものねぇ。魔人と人間のハーフなんてぇ、本当めずらしいのですぅ」

 フローラが、リィナに向かってそんな言葉を放つ。

 「だってセィンって可愛いのよ!! お姉ちゃんって呼んでくれるのよ!! 私はセィンに悪い虫がつかないか、いつも気が気じゃないの」

 「そうか」

 「ええ、そうよ! というか、エステル、何しに来たの?」

 「ああ、ただ暇だから久しぶりに会いにきただけ」

 「そう。それにしても、あの聖者の剣と血の盟約なんて、エステルはしたくないのでしょう? レイヤ君がいるわけだし」

 「当たり前だろ? あんなババア邪魔なだけだ。俺は金稼げればそれでいい」

 きっぱりとそう言いきるエステルに、リィナは面白そうに笑った。

 「でも受け取らなきゃ、お父様達が煩いのよね?」

 「そう、本当、あんなのいらねぇよ。今までの勇者ってよくあんなのと一緒に旅する気になったよな」

 本心からそんな言葉を放ってるあたり、何か色々とひどいエステルである。

 「じゃあ、受け取った後、捨てちゃえば? 売りに出すのは問題だろうけど、人がいなそうな場所に捨てちゃってさ、後からお父様には行方不明になったっていっちゃえばいい」

 「それは名案ですわ。あんな煩い女埋めてしまえばいいと思うわよ、エステル」

 リィナが笑顔で言い放った言葉に、ヴェネーノが便乗するように言葉を放つ。捨てるだの、埋めてしまえだの、聖剣をどうするかの話でこんな結論に至るのはおそらくリィナ達ぐらいであろう。

 大抵の者は聖剣を拝み、欲しがり、選ばれた事を光栄に思うものであるのだから。

 「まぁ、そうするかな。どうせ、受け取らなきゃめんどくせぇし。ただ、あれだ……、あのババア連れて帰らなきゃ金が手にはいらねぇかもしれねぇだろ? 折角稼げるわけだし、禁書の件に関しては閲覧許可書が手に入り次第見れるからいいけどよ」

 「ああ、聖者の剣は国宝レベルだものね。無くしたなんていったら確かに少し色々面倒そうだわ」

 壁に寄り掛かったまま放たれたエステルの言葉に、リィナは頷く。

 「闇市に出すにしろ、あんなババアでも聖剣なわけだし、使えないものはそんなうれねぇだろうしな」

 魔剣にしろ、聖剣にしろ、剣が使い手を選ぶものである。認めた者以外には使えないのだ。魔剣に関してでいえば、認められた使い手以外が使おうとすると死に至るものもある。

 「まぁ、もらうだけもらっといて、その後考えたら? 煩いなら黙らせればいいだけだろうし。エステルならできるでしょう?」

 「まぁ。そうだな。ところで―――」

 そうして一旦、聖剣の話が終わると、エステルは別の話題へと切り替えた。



 しばらくの間、そうやってエステルは久しぶりに会うリィナと会話を交わすのだった。

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