金次第でやってやるよ。
空間から脱出を果たしたエステルが、瞳を開ければ、こちらに注目していた王族や神殿の神官たちが一気に騒ぎたてる。
ふと、自分が何かを握っている事に気付き、エステルが右手を見れば、あの初代勇者の魂の宿っている聖者の剣を自分は握ったままだった。
うわ、気持ち悪。と正直に思わず思ってしまったエステルは、その聖者の剣をまるで捨てるかのように放り投げる。
カラランという音を立てて、その広間の床に転がる、聖者の剣。
聖者の剣が投げ捨てられた音に、見物していた面々がエステルの方を一斉に見て、そうして、聖者の剣を彼が投げたのだと自覚すると同時に一気に彼らは、エステルに近づいてきた。
そして、聖者の剣を恐る恐る拾うと一気に巻くしあげてくる。
「き、君! 幾ら盟約を交わしたからといって、女神様が不機嫌になったらどうする気だ!」
「これは、エステル・ユーファミア。君にとっても女神様が力を下さったのだから、得する事だろう。女神様に無礼を働くなんて」
「あ? 女神?」
女神とは誰だ。俺が出会ったのはババアで気色悪い初代勇者だけだ、なんて心の中で毒を吐きながら駆けよってきて、聖剣を大事そうに抱える神官や王族たちを見る。
ちなみにエステル達を遠目に見て、顔を青ざめさせている貴族や神官はエステルに現在脅され真っ最中な方々である。彼らからすればエステルには近づきもしたくないらしい。
『静まりなさい。皆様。私は怒ってなどおりませんわ。(ふふふ、ちょっと無礼を働いたぐらいで怒るなんて慈愛の女神としてはありえないことですもの。ふふふ、そうよ、私は怒っていませんわ。ええ、怒っていませんとも。ババアと言われても、気色悪いと言われても、ええ、怒っていません)』
メア・ルーファトの作った空間に案内され、その空間を無理やり破った影響なのか、メア・ルーファトの心の声がエステルにしっかりと聞こえてきた。
半透明の姿で現れ、慈愛深い笑みを作って微笑むメア・ルーファト。確かに外見の良さも十分活用されており、心の声さえ聞こえてこなければ確かに聖母のように見えるかもしれないが、副声音ただ漏れのエステルからしてみると慈愛の女神って誰だよ、そして女神ってお前かよババア、である。
そもそも、明らかにババアと気色悪いと言われた事を根に持ってますと心で告げてる癖に、演技力半端ないな、こいつ。なんて思いながらエステルはメア・ルーファトを見る。
「おお、女神様」
「なんと慈愛深い事でしょう。盟約者だからと無礼を許すなど」
「お前ら、騙されてるだろ。そして、俺は血の盟約はこいつとしていない」
メア・ルーファトに向かって、尊敬の視線を向ける周りの連中と、勝手な勘違いの言葉に思わず口を挟むエステル。
そもそも、メア・ルーファトは女神なんていう大層なものではなく、ただのこの国の初代勇者である。何を自分から慈愛の女神だといっているんだ。そもそも演技しすぎて気持ち悪いなという目でエステルはメア・ルーファトに視線を向けた。
メア・ルーファトの目はバチバチと怒りをあらわにし、エステルを睨みつけるかのように見つめていた。
「え、盟約を交わして居ないだと? 『黒剣のエステル』―――、エステル・ユーファミアよ、そなたは慈愛の女神に呼びだされたのであろう?」
呼び出される=盟約を交わすというのは同意義をさす。というのも、基本的に魔剣か聖剣に宿る魂の望むがままに盟約をしなければ空間から出してもらえないものだからである。
中には魂の存在と喧嘩をし、自力で出てくるものもいるが、そのものは戦闘をした後が見るからにわかるというのだから、無傷であり、穢れ一つない姿のエステルを見て盟約を交わしたと思うのは無理もない話である。
とはいってもエステルは普通ではない。聖魔法と暗黒魔法を同時に使う事によって、空間を切り裂くという事を可能にしてしまったのだ。
「していない」
相手が国王だというのにいつも通り答えるエステルは明らかに不敬罪で訴えられてもおかしくはないが、一番初めに国王とエステルが対面した際に、『俺を欲しがる国は幾らでも居るからな。不敬不敬何て言うなら国から出て行くさ』と言い放ったために黙認されている。
というのも、エステルは一種の爆弾だ。『黒剣のエステル』の力は未知数であり、国境での隣国との争いをギルド加入わずか半年にしておさめたのも有名な話である。要するにエステルがいるからこそ、戦争をしかけてこないという理由となり果てているのだ。
それに加えてエステルは異常に情報収集能力にたけている。国家機密でさえ、エステルには筒抜けだ。
そんなエステルを野放しにして、他国に渉るなどという事があったら大変なことになってしまう。
「どういう事ですか、本当なのですか、女神様」
『そうなのです、どうしてかわかりませんが、今代の勇者様である彼は私をお気に召さなかったようなのです。私などと盟約を交わしたくないなどと……。この国の勇者様は聖剣と盟約を交わして、魔王と戦うのが決まりだと言いますのに。私も力を授けようと思っていますのに』
影響がなくなったのか、心の声は聞こえてこないが、エステルは断言できる。確実にこいつはこんな慎ましい事は思っていないと。
「おい、ババア。嘘吐いてんじゃねぇよ。お前初代勇者なだけで、女神とかんな大層なもんじゃねぇだろ。そもそも俺勇者やるなんて一言もいってねぇし」
『な、バ、ババアですって。こ、この私に!!』
「おい、化けの皮剥がれてるぞ。ババア」
『はっ、わ、私にババアなどとひどいですわ』
「今更取り繕っても無駄だろ、ババア。見苦しいぞ」
『くっ、あなたがババア、ババアとこの初代勇者様である、メア・ルーファトに向かって言うからでしょう!! そもそもこの私の何処がババアだというのです。私の何処を見てババアなどと、そのような言葉を受けるような見た目はしていませんわ!』
「あ? 外見じゃなくて、実際年齢をいってんだっつーの。初代勇者なんて遥か昔の偉人レベルだろ。確実にババアじゃねぇか」
これが、聖者の剣の持ち主である今代の勇者と聖者の剣に宿りし初代勇者の会話なのだから周りは卒倒ものである。メア・ルーファトを女神を信じ切り、拝んでいた面々はというと、幻想が崩れてしまったというばかりに崩れ落ちている。
『だから、私はババアじゃ、って、ちょっと待ちなさい。さっき、勇者やるなんて言ってないっていった!?』
「ようやくそこに反応するかよ。反応速度もおせぇな、流石ババア」
『くっ――!! こ、この餓鬼ぃぃ!! ちょっと顔がいいからって言っていい事と悪いことが――』
「あ? 顔は関係ねぇし。何? さっきも赤くなってたし俺の顔好みなわけ? 残念、俺はババアみたいな奴好みじゃねぇ」
『なっ、何よ、その私が振られたみたいな言い方は!? 私はメア・ルーファトなのよ。百戦錬磨の負けなしのメア・ルーファトなのよ。狙った男は逃がさないって有名だったのよ! もちろん、あんたみたいなのちょっと顔がよくても狙わないけど』
「なんだ、ただのアバズレだったのか。悪かった。ババア。今度からアバズレって呼ぶわ」
『くっ!! って話がずれてますわ!! 勇者をやらないつもりなのですか。あなたは、聖者の剣を抜いたというのに! 世界を守りたいという誇りを持って、勇者は聖者の剣を抜くものなのですよ!!』
「あ? んなもんねぇよ。俺は暇つぶしに抜いただけで、アバズレ何かと盟約を結ぶ気もなければ、勇者なんてクソめんどくせぇし金にもならねぇことする気ねぇよ」
メアの言葉にさらりとそんな言葉を返す、エステル。
周りはもう、唖然としている。勇者とは、望んでするものである。勇者になり、成功する事は栄光を手にすることも同じである。歴史に残る英雄として名を残すことを求め、今までの勇者だって、誇りを持って聖者の剣を抜いたのだ。
だというのに、
『暇つぶしに抜いたですって!? そんなので、聖者の剣に選ばれるなんて!! そもそも、クソ面倒とはなんですの!! もっとこう、世界のために、とかないんですの! 魔王が現れているのですよ!』
「あ? あるわけねぇだろ。そうだな、俺に勇者してほしいってなら、金だせ、金」
金を欲求するその表情は明らかに悪人顔をしている。
勇者してほしいなら、金出せ、などと言い張る勇者など前代未聞である。メアも含めた周りの面々は唖然としている。
『か、金って。あなたは、英雄として歴史に刻まれたいと思わないんですの!! そもそも勇者とは、勇敢なる者、勇気のある者という意味なのです。魔王に世界のために立ち向かいし、勇敢な者。魔王に人々のために立ち向かいし、勇気のある者。それが勇者なのです! それなのに、そんな勇者であるあなたが金を欲求するですって。そんなの前代未聞ですわよ!!』
「うせぇ、アバズレ。あ? つか、それって何も見返りなしに、国のために命がけで戦ってこいっていってるようなもんじゃねぇか。歴代の勇者はバカか。第一英雄として刻まれようが、未来より今のが俺は大事だっつーの。
どうでもいいから、金、幾ら出せるわけ? 金次第で勇者なんてバカなもの、やってやってもいいけど」
そうして、エステルは、自称慈愛の女神な初代勇者・メア・ルーファトが隣で煩い中で、その場にいる国王をじっと見据えて、そんな言葉を言い放つのであった。
自称慈愛の女神(笑)な初代勇者とエステルの会話が異様に書いてて楽しいです。
最強設定かな。というより、主人公に敬語使わせたくなかったんです。キャラ的に。やっぱりおかしいならどうにか書きなおします。
とりあえず、冒頭部分のみ、四話分試しに公開してみました。
次回はいつになるか不明の完全不定期。ただ気分で結構書いちゃう作者だから更新速度不明です。




