ドッキ国の勇者 3
ドッキ王国の勇者は、エステル・ユーファミアを見る。
その楽し気な表情は、ドッキ王国の勇者とは対称的である。命を懸けてエステルと対峙する彼に対して、エステルという男はただ遊んでいるだけである。
勇者であるが故に彼は、聖剣を手にしている。ドッキ王国の聖剣。その聖剣にもあのババァのようなものがついているのだろうかなどとエステルは考えながら、笑っている。
聖剣を持つドッキ王国の勇者に対して、エステルが手に取るのは魔剣である。
どちらが悪役かなんて遠目から見ていても一目瞭然であろう。
物語であるのならば、悪とは正義に倒されるものである。そしてハッピーエンドを向かえるのが定石であろう。しかし、そんな当たり前などというのはエステルには関係がない。世界がどう望もうとも、倒されることを望まれようとも、エステルはエステルとして生きていくだけである。
聖剣を手に襲い掛かる。
だけどそのドッキ王国の勇者の動きは、エステルにとっては遅すぎた。
「はははっ、雑魚いな。勇者なんて名ばかりか? それだけ弱くて魔王を倒す英雄になんてなれると思ってんのか?」
馬鹿にするような言葉。
エステルにとってみれば、ドッキ国の勇者との戦闘はただの遊びでしかない。必死な形相のドッキ王国の勇者もどうでもいい存在でしかない。
聖剣を手に切りかかるドッキ王国の勇者は、その年にしては洗練されている動きをしていると言えるだろう。いや、逆に洗練され過ぎている。――そんな型どおりの動きでエステルを倒せるはずなどない。エステルは我流で戦闘技術を磨いてきた勇者である。その勇者に型どおりの動きなど通じるはずがない。
「ははは、おせぇなぁ」
エステルはそういって笑い、遊びをやめる。
エステルはドッキ王国の勇者の振り回している聖剣を魔剣で吹き飛ばす。
「あ」
間抜けな姿を見せるドッキ王国の勇者を見ても、エステルは笑っているだけである。
武器を失った勇者は魔法を行使しようと、エステルに向かって詠唱をする。エステルはあえてその詠唱が終わるのを待っていた。そして形成されるのは、聖属性の魔法だ。だけどその光の弾は、エステルの行使した魔法により消滅する。
――勝敗は歴然である。
ドッキ王国の勇者は、エステル・ユーファミアには勝てない。
本人はそれを実感した。
「エ、エステル・ユーファミア!! 僕のことを殺すのは構わない。僕のことは殺してもいい!! でも他の人を殺すのはやめてくれ」
「へぇ。自分の命はどうでもいいって? 崇高な考えだな」
「僕は勇者だ!! 勇者だからこそ、民を守らなければならない。貴方が勇者であろうとも、僕と同じ考えをしていないことは十分に分かっている。でも、どうか僕の首で――」
「うるせぇなぁ。別にお前のことを殺すつもりはねぇよ」
「はい?」
「いっただろう。遊ぼうぜって。俺はドッキ王国の勇者と遊びたかっただけだ。でもまぁ、次に俺に手を出すならば、お前の命ともども奪うけどな。だからさ――、お前はせいぜい、国の連中が俺の邪魔をしないように言いくるめればいい。手を出したら俺は出してきたやつを殺すし、ドッキ王国にも報復をする。――それが嫌ならせいぜい、国の連中を掌握すればいいさ。勇者様なんだろ?」
そう言いながらエステルは面白そうに笑う。
今回の行動はあくまで手を出してきたことに対する報復である。それ以外のなんでもない。
ドッキ王国の者たちからしてみれば、急にエステルが襲い掛かってきたと、恐怖でしかないだろうか。そもそも先に手を出してきたエガ宰相が悪い。
「は、はいいいいい」
ドッキ王国の勇者は可愛そうなことにすっかり、怯え切っている。エステルという存在の力を目の当たりにすれば、こういう風に怯えてしまうのも当然と言えば当然だろう。
「よし、ならいい。あとお前、慰謝料はもらうからな」
「い、慰謝料?」
「ああ。俺の行動の邪魔をした慰謝料だ。俺のことを殺しにかかったんだ。ならば、そのくらいもらっても問題はないだろう? というか、よこさないならもっと何も知らない連中を殺す」
「やめてください! 交渉しますから! これ以上人を殺さないでください」
ドッキ王国の勇者にだって、エステルが本気で言っていることが十分にわかった。
エステルは本気な事しか言わない。此処でドッキ王国の勇者がそれを断れば、無垢の民が亡くなるだけである。そんなの彼は望んでいない。
「聞き訳がいいな。じゃあ――」
それからエステルは悪い笑みを浮かべて、値段交渉をする。
ドッキ王国はこの件で王城を破壊され、加えて多額の慰謝料をエステルに払うことになった。
――そしてドッキ王国では、その後エステル・ユーファミアに手を出さないようにという告知がなされた。エステルの報復に恐怖しきっている国民たちは、それを守ることになる。