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ドッキ国の勇者 2

 ドッキ国の勇者は、目の前にいる存在を見据えて怯えている。だけれども気丈にも、目の前の異端の勇者――エステル・ユーファミアを真っ直ぐに射抜くように見ている。

 美しい黄金に煌めく髪に、透き通るような青い瞳。

 見た目だけなら、エステル・ユーファミアは、さながらどこかの王子様のようである。ただただ美しい。けれども纏う雰囲気は、決してそんな生易しいものではない。

 エステル・ユーファミアという少年は、ドッキ国の勇者よりもずっと強いだろう。でもそうでなかったとしても、その纏う異様な雰囲気は異常である。

「ふぅん。俺の目をちゃんと見てるか」

「エステル様と真正面から目を合わせられるなんて~思ったよりも精神力が強いのかもですねぇ」

「でも内心は震えているわね。やっぱりエステルが一番面白いわ」

 エステルは少し楽し気だ。フローラとヴェネーノもそれぞれ声をあげている。

 勇者以外の存在は、エステルを前に怯えを示している。なんとか勇者を庇おうとして、立ち上がろうとするものもいるが、エステルに一瞥されればその気概もなくなってしまうらしい。

 エステルは、それだけ周りに恐怖される存在である。力があるだけでは此処まで恐れられない。エステル・ユーファミアが此処まで恐れられるのはその性格故と言えるだろう。周りに対する容赦が一切なく、ただただ自分の欲望のためだけに動き続ける――決して勇者だなんて思えないほどに、性格がある意味破綻している存在。

 ドッキ王国の勇者である少年は、そんな存在と対峙するのは初めてである。

「エ、エステル・ユーファミア! 貴方も勇者だろう。僕と同じ勇者であるのならば、こんな真似をするべきではない! 何の罪もない者たちを襲うなんて勇者の風上にもおけない!!」

「ははは、何言ってんだか。俺は勇者である前に俺なんだよ。俺の行動を邪魔する奴らが悪いんだよ。そもそも何の罪もないはずがないだろう。俺に先に手を出してきたのはそっちだからな」

 エステルは不敵に笑いながらそう告げる。

 勇者という肩書は確かに人によっては重要で、その勇者という肩書があれば、人はその人自身ではなく勇者という肩書だけを見るかもしれない。勇者に選ばれたからには、勇者として相応しく、勇者として周りから失望されないように――その幻想の中の勇者を目指すのかもしれない。

 けれど……エステル・ユーファミアにとってそんなものは関係がない。

 エステルは、勇者である前に、エステル・ユーファミアという少年である。勇者に選ばれておきながら勇者という肩書よりも先に「あのエステル・ユーファミア!?」と言われるエステルはそれだけ存在感のある人間である。

「……先に手を出した? 何を言って……」

「エガ宰相は、お前のために俺を殺そうとしたんだよ。俺が魔王を倒してしまう可能性があると思ってな。魔王を倒した勇者。この世界の英雄としての地位をお前によっぽどやりたかったんだろうな」

 にやりと笑って、エステルが彼にそれを告げるのは当然彼を思っての事ではない。ただその心を壊しておどしつけるためである。

「――僕の、ために?」

「そう。エガ宰相は中々思いっきりが良い宰相なんだろうな。それでいてそういう後ろ暗いことだって目的のためならやろうとするんだろう。――お前は何の罪もないなんていったが、そもそもドッキ王国の宰相が俺を勇者のために殺そうとしたのだから、ドッキ王国全体が、俺の敵に回ったってことだ。手を出した方が悪い。だから俺に殺されても仕方ないだろ。まぁ……、俺は気に食わなかったら、誰であろうとも殺すけど」

「……み、皆には手を出させない! 僕の大事な国で、好き勝手になんてさせない!! 確かに……先にそんなことをした宰相は悪かったけれども――それでもだからって、何も知らない人たちまで殺すなんて、僕は、貴方を許せない!!」

 正義感に満ちた意志の強い瞳が、エステルを真っ直ぐに見据えている。

 彼は勇者と呼ぶのの相応しい人間なのだろう。こういう場面においても、勇者としてこの国の人々を守るために立ち上がろうとしている。

 周りの怯えている者たちが、なんとか事をおさめたいと思っていることなど彼は分かっていないだろう。周りからしてみれば、勇者を殺されるわけにもいかないから、自分の命をかわりにしてでもドッキ王国の勇者にいきてほしいものだ。――それだけ勇者は特別な存在だから。

 だけれども、彼はそれを望んでいない。

「ははっ」

 エステルは馬鹿にしたように、少しだけ楽しそうに笑った。

 ドッキ王国の勇者の決死の覚悟で言い返した言葉も、エステル・ユーファミアという男には届かない。

 エステルはただ、自分のことしか考えていない。誰の言葉を聞いても心を動かされることがない強い意志がそこにはある。

「折角だから、俺と遊ぼうぜ。ドッキ王国の勇者」

 そう言って笑ったエステルに、彼は向かってきた。




 けれどドッキ王国の勇者にとっては決死の覚悟でも、エステルにとっては遊びでしかない。



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