お話しましょう。
エステルの視界がブラックアウトした後、目を開ければ真っ白な空間がその場に広がっていた。一度、こういう空間に来た事があるエステルは何となく理解してきて面倒だと息を吐く。
これはいわゆる、お呼び出しという奴なのだ。魔剣や聖剣といった類の中に存在しているという、魂からの。
だから、おそらく―――、
「はじめまして、今代の勇者君」
目の前で微笑む少女が、その聖者の剣の中に存在している魂なのだろうと、エステルは目の前の少女を見る。
白い神秘的を思わせる装束を身にまとう、銀色に輝く髪を腰まで伸ばした愛らしい少女が目の前に居る。宙に浮いているのは、きっと演出だろう。だって、アイツの時は異空間で肘ついて寝転がってたし、なんて思いながら目の前の少女は割とどうでもいいというようにエステルは記憶を巡らせた。
「あなたは聖剣に選ばれし清い魂を持っているのです」
「は? 何寝言いってんの?」
「え、寝言ではありません。あなたは真実に清い魂を持ち合わせているのです。だってこの聖者の剣に選ばれたのですから。確かに美しくも綺麗な魂をしているのでしょう。ほら、あなたの魂は―――えっ」
少女は、その手を前に広げて、手にした透明上のそれ―――要するに、エステルの魂の形を手の上に再現しているわけだが―――を見てその黄色く光る目を丸くする少女。
その手の平で揺れるのは、形は歪に歪んでいるけれども、何処までも透き通るように美しくそこにある魂だった。
少女は驚いたようにエステルと魂を交互に見る。脳内は、え、えっと、何この魂、というそんな驚愕に満ちている。
「なぁ、あんた、何?」
「な、何って、私は、そうよ、私は、あなたもご存じメア・ルーファトですわ」
再現した魂を手のひらの上にのせたまま、少女は慈愛深い笑みを浮かべる。その笑みはまさに聖母のような優しさに満ちていた。
そんな笑みを浮かべながら内心、決まったなどと思っている少女は、私の事知っているのでしょう的な目をエステルに向ける。
しかし、エステルは、少女の予想を大きく裏切った。
「は? メア・ルーファト?」
「そう、そうですわ。私こそがメア・ルーファトですわ」
「って、誰? んなもんしらねぇよ」
メアと自ら名乗った少女は、その言葉に表情を固まらせた。そして、信じられないかのようにその黄色い瞳を大きく見開いて、わなわな震える。
「わ、私を知らない。御冗談をよしてください。ほら、メア・ルーファトですよ? 聞いた事あるでしょう、一度ぐらい」
「は? 聞いたとしても覚えてねぇよ。つかお前みたいな奴しらねぇよ。聖剣に宿ってるのはわかるけど、お前誰だよ」
「な、なな―――、わ、私を知らない!? 知っているはずでしょう? ほら、有名なのは、そう、あの絵本あるでしょう? 『メア・ルーファトの奇跡』って。ほら、子供に人気の絵本でしょ?」
「あー? もしかして」
「あ、わかってくれた。そうよ、私こそがそのメア・ルーファトよ」
「で、だから何?」
「な、何って、私は初代勇者様よ。皆の憧れなのよ!」
興味がないという様子のエステルに、もはや聖女のような笑みを演技することもなく胸を張ってそういったメア・ルーファト。彼女は今度こそ、と期待した目でエステルを見るが、その瞳は明後日の方向に向いている。
それに対して、彼女はその黄色く光る目を怒りに染めらせる。
「な、何で私に興味ないのよ! 今までの勇者は食いついてきたわよ! 切磋琢磨して一緒に戦ったのよ。ゲビンなんてね、一番最初から私を―――」
「興味ねぇよ、んなもん。いいから俺を呼んだ理由を話せよ。本当うるせぇ女」
「な、な、何であなたが聖剣に選ばれ――、誤差、誤差なの!? そもそもあの魂何よ!! 聖の属性も魔の属性も持ってるなんて、普通じゃないわよ! こんなに綺麗な色してるのに、歪な形をした魂なんて見たことないわよ!!」
「あ? 知るかボケ」
聖の属性を持つ者は聖魔法という特別な魔法を使う事が出来る。そして、魔の属性を持つ者は聖魔法とは正反対である暗黒魔法という特別な魔法を使う事が出来る。それは魂が、極端に綺麗であるか、極端に濁ってるかが大きく関係している。
通常、片方を持っているだけで特別なのだ。それなのに、メア・ルーファトの目の前に立つ少年――エステルには確かに対局する二つの属性が存在していた。
普通じゃない、と喚くメア・ルーファトをエステルはめんどくさそうに見た。
内心、こんな女の相手すんのすらだりぃ、帰りてぇという思いでいっぱいである。こういう空間からは、呼びだした者がかえさない限り帰れないものである。とはいっても帰ろうと思えば帰れるが、仮にも相手が聖剣に宿りし魂だ。この空間を生み出し、この空間を支配している少女の意にそぐわぬ事はなるべくしないほうがいいだろうと、エステルは息を吐く。
そもそも、魔剣や聖剣の呼びだしというのは所有者と認めたからこそ、呼び出し血の盟約を交わし、剣が力を貸してくれるというものなのだ。
呼ばれたからには勇者として、この少女と血の盟約を交わさなければいけないのか、とエステルは思うだけでうんざりした。こんな面倒な女で盟約などといった大層なものを交わす気はない。
「と、とりあえず、不本意だけど、あなたは今期の勇者みたいだから血の盟約を交わすわ。血の盟約は――」
「知ってるから説明いらね」
「そう…。わ、私の血の盟約はキスをすることなの。く、唇に。それによって盟約が交わされるわ」
血の盟約はそれぞれの魔剣や聖剣によって方法が違う。
基本的に唾液や血液などといった体液による盟約が多い。メア・ルーファトの血の盟約方法は唇へのキスらしい。
顔を赤くしてちらりとこちらを見て、この男が勇者なんて不本意だけど、か、かっこいいじゃないなんて思っているメア・ルーファトにエステルは視線を向ける。
メア・ルーファトは、初代勇者だといった。初代勇者が生存していた時代といえば、今から何百年、いや下手したら千年以上昔である。そんな言っちゃ悪いが、ばあさんがだ……、幾ら美少女の顔をしていようが、顔を赤らめてこちらを見ている様子には、お前何歳だよと思わずエステルはつっこみたくなる。
そして、明らかに敵対意識を持っていたのに、顔をちらりと見て顔を赤く染める姿にエステルの中でのメア・ルーファトの株は急降下中である。
「は、速くしなさいよ」
そういって、自分より背の高いエステルを見上げるメア・ルーファト。そんなメア・ルーファトにエステルが放った言葉といえば、
「ババアが顔を赤くして気持ち悪いぞ。後俺は、お前なんか要らないし」
という、まぎれもない拒絶だった。
「え?」
メア・ルーファトは何を言われたかわからないといったようなポカンとした表情を浮かべる。
ババア? 気持ち悪い? それはメア・ルーファトにとっては無縁な言葉だった。初代勇者を務めたのは、十七歳というピチピチの若い体あり、死にかけたメア・ルーファトの消えたくないという気持ちが当時愛用していた聖剣――要するに現在彼女が宿っている聖者の剣―――に魂を宿らせることに繋がった。
自分の今の外見は何処からどう見ても十代の若い女性だ。それに加えて、生前の経験や出会った勇者の言葉から自身が美少女であることぐらい自覚している。そんなメア・ルーファトからすれば、エステルの放った言葉が信じられなかった。
それに加えて、聖剣というものは、黒い噂の多い魔剣とは違い、手にしたいと望む者は多い。現に今まで此処にやってきた勇者は、勇者にあこがれ、聖剣を手にしたいと思っているものばかりだった。
それなのにと、メア・ルーファトは信じられないものを見るかのような目でエステルを見た。
「あ? 何だよ、その顔。この俺がお前なんぞに好き好んでんな真似しなきゃいけねーつーの? それなんの冗談。つか、マジお前なんかいらないつーの。血の盟約なんてしねぇ、さっさと帰せ」
「な、此処は、私の空間よ、呼び出しといて血の盟約をしないなんて、そんなはずかしい真似できるわけないでしょう!!」
無駄にプライドが高いらしい、メア・ルーファトが言葉を放つのを横目にエステルは面倒だなとでも言う風に頭をかくと、仕方がないとでも言う風に言った。
「は、そうかよ。じゃあ、勝手に帰らせてもらう」
「は? な、何いって―――」
戸惑ったようにメア・ルーファトが声を上げる中で、エステルは何も言葉を返さずにその右手を大きく上げる。
そして、告げられるのは聖と暗黒の混ざり合ったような、異質の詠唱。
「Je me rassemble par pouvoir avec obscurité et.
――暗黒と、聖をもって我は力を集う
Il y a le dans.; espace
Je le gagne avec pouvoir
Coupez-le
――異に存在し、空間を力を持って制し、切り裂け」
詠唱と同時に、呼び出しし魂以外介入を許さないはずの空間に、亀裂を生みだす。空間が、ガラガラと音を立てて、崩れ去っていく――。
「な、な、な――――!?」
そうしてメア・ルーファトの驚愕に満ちた声に興味もないと言った様子で、エステルはその空間から脱するのであった。
暗黒魔法の名前がダサイ。聖属性と対比するかっこいい属性名ないですかね…。
聖剣からの契約を余裕で拒否る勇者(笑)
聖剣に宿る初代勇者と現勇者の会話がこんなんだったら面白いかなーっと。
こういうキャラ書くの大好きです。
詠唱は翻訳機能でやりました。何故か英語版で聖が出てこなかったので、フランス語にしてみました。