ドッキ国の勇者 1
エステル・ユーファミアは、大抵の人が予想する勇者とは異なる。
――人々の希望であるのが勇者であり、魔王を倒す英雄が勇者である。しかしエステル・ユーファミアは、ただ自分の欲望の元に動き続ける勇者である。勇者という皆が憧れる英雄の仮面をかぶることはない。
気に入らなければ殺し、ただ煩いからという理由でも殺す。
他人の命など、エステルにとってみればどうでもいい。エステルはやりたいようにやるだけで、その命を奪う事に躊躇いなどない。命が何にも変えられない宝であることは分かっているし、命の重みも分かっている。でも、分かった上でエステルは殺す。―——そこに躊躇いなど欠片もない。
さて、王宮で大暴れしたエステルは、エガ宰相を殺した程度で終わるつもりはなかった。
エステルは勇者を探している。
「エステル様ぁ。此処の国の勇者様って、凄く勇者らしいんですよねぇ」
「エステルは全く勇者じゃないものね。やってることなんて魔王っぽいもの」
フローラとヴェネーノは楽しそうにエステルに言葉をかける。魔人である二人もまた人の命などどうでもいいと思っている。誰かの命を殺すことに対して何か思うような魔人であるのならば、そもそもエステルの仲間にはなれないだろう。
例えばエステルの傍に「人を殺すのはいけないことだ」というものがいたら、まず真っ先にその存在がエステルに殺されるだろう。エステルの行動は勇者には似つかない。勇者とはおおよそ思えない。――そんなことエステル自身も、周りもとっくの昔に分かっている事である。
エステルも勇者らしくあろうなどとは思っていない。あくまで自分に勇者という付属品がついたというそれだけの認識である。
「勇者様の元には行かせないぞ!!」
「我が国の希望を殺させるか!!」
――騎士達は、エステルに向かってくる。正直勇者を殺すつもりは現状ないエステルだが、騎士たちはエステルが勇者を殺さないとは思っていないからだ。
ちなみに勇者は逃げているのだが――フローラが力を使って情報を集めた結果、勇者の場所はエステルには簡単にわかった。このドッキ国のものたちも、エステルが勇者を見失い、勇者の元にはたどり着けない――という展開はありえないと分かっている。それだけ、エステルという存在は恐ろしい存在なのだと彼らは理解している。
手を出さない方がいい、敵に回さない方がいい――そういうのが大多数の本音である。なので彼らからしてみれば亡きエガ宰相への恨みしかない。何故、これに手を出したのだと……。
「めんどくせぇな」
途中まで向かってくる騎士達の相手をそれなりに面白がっていたエステルだが――いい加減、馬鹿みたいに突撃してくる王宮のものたちの相手をするのも面倒になってきた。自分から突っかかってくる騎士達をいたぶっていたのに、途中から面倒になるあたりエステルは自分勝手である。
「フローラ、ヴェネーノ、一気に行く。勇者の元へ」
「了解です!! じゃあ周りの人たちはぁ、邪魔ですよねぇ」
「どうしましょうね」
フローラとヴェネーノは、楽しそうな声を発する。フローラもヴェネーノもこの状況を楽しんでいる。エステルはその言葉に面白そうに笑って、向かってくる者たちごと、王宮の壁を破壊する。――この勇者、破壊してばかりである。
大きな音をたて破壊される壁。――それと同時に悲鳴をあげて落ちていく騎士たち。彼らに視線一つ向けずに飛び降りる。
王宮に居てはエステルに狙われていくことが分かっているので、もうすでにドッキ国の勇者は逃げている。その逃げた先へと、エステルは向かうことにする。開け放たれた壁から外へと飛び降りる。その高さは三階相当だが、エステルには問題はない。
エステルは元々の身体能力も高い。フローラに指し示された先に向かうことにする。逃がす気はない。――エステルはスピードをあげてかけていく。その周りに十数匹のアゲハ蝶が待っている。そのアゲハ蝶に導かれるままに、エステルは駆けた。鱗粉がエステルの周りに待っている。その鱗粉は以前人を狂わすことがあったが、それは色んな効果を自由自在に与えるものだ。
フローラはエステルが動きやすいように効果を与えている。そしてフローラの補助を持ってして、一気にかけていく。
――そして王宮から離れようとしている一団を視界にとらえる。
「いたな」
エステルは呟いて笑う。
楽しそうで、邪悪な笑み。
エステルは、地面を蹴り、飛び上がる。そして、その一団の目の前へと、降り立つ。
「おい、お前がドッキ国の勇者だろ?」
エステルはそう言って、その一団の中でも一番若い少年に視線を向ける。意志の強い瞳を持つ、茶色の髪の少年。彼はエステルに対する恐怖心を抱いているようだ。だけれども――少年は勇者であるから、その国の希望であるから――怯えいるわけにもいかない。だからこそ、彼はエステルの目を真っ直ぐに見ていた。




