王宮へ乗り込む 1
「……エステル・ユーファミアの殺害は失敗したか。なんとまぁ、忌々しいことか。勇者でありながら魔王討伐に条件をつけ、勇者として相応しい心を一つも持っていないような存在が勇者とは。聖剣を持ち合わせていない勇者など、取るに取らない存在であるはずだが……、やはり生粋の冒険者というのは中々殺すことは難しいか」
ドッキ国。——それは木工細工が有名な、森林に囲まれた国である。
その国で大きな権力を持っているのがドッキ国の宰相であるエガであった。ついこの前五十歳を超えたエガ宰相は、年若いころからこの国を支えてきた存在である。その分権力も強い。
このエガ宰相にとって、魔王討伐に早速乗り出しているエステル・ユーファミアという少年は邪魔な存在であった。
ドッキ国は、勇者は擁している国である。
その勇者は今年十三歳になったばかりの若い勇者だ。その勇者は芯の通った真っ直ぐで、優しい心を持ち合わせた存在である。エガは純粋な眼差しで自分の事を慕う勇者の事を好ましく思っていた。もちろん、宰相という立場であるためただ気に入ったからといって彼を後押ししているわけではない。
エステル・ユーファミアは、条件のために勇者を引き受けた。しかしそのような勇者など例外中の例外である。勇者に選ばれたものは、勇者として魔王を倒すことを快くうけいれるものである。
そして勇者を擁した国もまた、自国の勇者に魔王を討伐させようとするのは当然である。魔王を倒すという行為を自国の勇者がなすことでその国は大いなる名誉を受け取ることになる。魔王を倒した勇者のいる国として発展していくことになる。
そういうこともありアサロンはエステル・ユーファミアを魔王退治に行かせるべく、エステルの条件をのんだのであった。
さて、宰相は自国の勇者を好ましく思っているという気持ちと、自国の勇者が魔王を倒すことによる国のメリットを考え、エステル・ユーファミアという脅威を殺そうとしていた。
基本的に勇者とは聖剣とセットである。聖剣を持っている時こそ、勇者というものは本来の力を発揮するものである。幾ら冒険者とはいえ、聖剣を持たない勇者であるのならば、まだ年若い勇者であるのならば……国の暗部を使えば殺すことは出来るのではないかと宰相は考えた。だからこそ、先鋭の暗部のものを使ったのだ。だけど、それでもエステル・ユーファミアを殺すことには失敗した。
エステル・ユーファミアという少年は、宰相が思う以上に強い存在だったのだ。
最も失敗したからとはいえ、エガが焦ることなどない。エガにとってみれば、想像出来たことである。エガは暗部の者達への教育をきちんとしている。それでいて、情報を漏らすことがないだろうと――そんな風に知っているのだ。なので、焦ることもない。
そもそも勇者と言えども、例えばドッキ王国が暗殺をしようとしていたというのを知ったとしても、国に対して何か出来るとは思っていないのだ。
――それは、エステル・ユーファミアという男の事を甘く見ているに過ぎない。
それをドッキ王国の宰相は身をもって知ることになる。
ドッキ王国の王都――、そこにもうエステル・ユーファミアは入り込んでいた。驚くべきスピードであるが、仲間である魔人の力を借りて、此処までやってきたのである。
「エステル様ぁ、どうしますぅ? どんなふうに追い込みますかぁ」
「エステル、どうする? 思いっきりド派手にやりましょうよ」
フローラとヴェネーノの楽しそうな声をあげている。エステルは、そんな二匹を連れて、王都の中へと入りこむ。正門から入り込んだわけではなく、塀を飛び越えて侵入したのは、ドッキ王国の宰相相手に不意打ちを喰らわせようと思ったからである。
エステルは人気のない道をひっそりと動いている。自分の気配を殺して、動いたエステルはさらっと王城へと近づいていく。
エステル・ユーファミアという少年は、まだ十六歳にも関わらず、驚くべきほどの強さを持ち合わせている。強さだけではない。その性格も十六歳とは思えないほどだ。
そんなエステル・ユーファミアは普通ではない。その普通ではなさを、ドッキ王国の宰相は正しく理解出来ているわけではないのである。
エステル・ユーファミアは、敵と決めた存在が国だろうとも、宰相だろうとも――、容赦をすることはない。
彼にとってみれば、敵は敵でしかない。
エステル・ユーファミアは巨大な王城を見上げる。夜ということもあって、静まっている。その王城は城壁に囲まれている。侵入を許さない巨大な壁である。
それはエステル・ユーファミアにとって障害には至らない。
「行くか」
「はいですぅ」
「ええ。行きましょう」
こっそり王城に侵入する事は簡単である。エステル・ユーファミアは城壁を抜け、侵入をした。
そして侵入した後に、「やるか」と口にして魔剣を手にする。
――そして王城の壁の一角を切った。




