道中の襲撃 2
「それで、お前たちは誰に命じられたんだ?」
エステル・ユーファミアは、血だまりの中に立っている。
その血はもちろん、エステルのものではない。エステルを襲撃してきた男達を、エステルはすぐに蹂躙した。
その青い瞳が細められ、片手で一人の男の顔を掴み、問いかけていた。
片手で持ち上げられている男の体は震えている。しかし、命じた者への忠義があるのか、男は反抗的な態度を取る。
その態度に面白いと思いながらも、エステルはさっさと喋れよと苛立ちも同時に感じていた。
エステルは命乞いをしてすぐに喋るのもそれはそれでつまんねぇと思うものの、こうして忠義からすぐに喋らないものに遭遇すると、自分が問いかけているのだからすぐに喋れよと思うのである。なんとも自分勝手な男であるが、それがエステル・ユーファミアという少年だ。
「フローラ」
「はぁい」
エステルが呼びかければ、フローラの楽しそうな声が響く。
蝶が舞う。
エステルを襲った男達の周りを無数の蝶が飛び交う。
それは幻想的な光景にさえ思える――ただし、血だまりの中でなければだが。
エステルの蹂躙により、かろうじて息がある男たち。いや、エステルが敢えて殺さなかったというべきだろうか。身体を動かすことも出来ずに、地面に倒れ伏す男たちは、エステルの強さを目の当たりにしても、この命がつきてしまうとしても――それでも命じた主を忠義故に喋らまいと誓っていた。
だけど――エステルは、そのまま命を散らすことを許してはくれない。
「リドガー・マッヘン。お前には妻子がいるんだな。小さな女の子か。さぞ、可愛いだろう」
「……っ」
名前を呼ばれた男が息をのむ。
「トーヘ・キラ。暗部にいるくせに孤児によくしているのか」
一人一人の名を呼んで、エステルは彼らの情報を口にしていく。それは全てフローラによってもたらされた情報である。フローラは名前を確認すると、アゲハ蝶を使ってその交友関係を即座に調べたのだ。
――フローラは情報収集のために、アゲハ蝶を世界各地に散らばめている。名前さえ分かれば、その情報を把握することが出来る。
ただし、
「むぅ……エステル様ぁ、急ピッチで調べもののために魔力使ったら疲れましたぁ」
すぐに情報を調べる行為は、『魔人』であるとはいえフローラにも疲れる行為である。
そのため、フローラは袋の中で休んでいるようだ。
「お前たちが忠義を貫くのならば、それでも良し。それならばお前たちの大切にしているものを殺すだけだ」
エステルは非道だ。
襲撃者の大切な者を殺すことを躊躇いもしない。
自分のためだけに生きているエステルにとって、今重要なのは、誰の命令か目の前の者に吐かせることである。
自分の命が失われても――それでも忠義を持って、しゃべらないと思っていた男たちの心が揺れている。
「じゃあ、十秒数えるまでに言えよ? 言わないならそのたびに、一人殺すぞ」
「――っ」
襲撃者たちは、息をのんだ。
その目があまりにも本気だったから。そして、事前にエステル・ユーファミアという存在が何処までも躊躇いのない少年だと調べていたから。
けれど、暗部としての誇りがあり、身元が分からないように徹底していた男たちは襲撃する命令を受けた。エステル・ユーファミアとその仲間である『魔人』を甘く見ていたと言えるのかもしれない。彼らは自分たちならエステルの事を殺せるとそう思い込んでいたのだ。
だけど、現実はそんなに甘くはない。
エステル・ユーファミアは、男たちの想像以上に強かった。圧倒的な強さを持ち合わせる少年は、何処までも非情な性格をしている。それを知っていたはずなのに、男たちは正しく理解できていなかったのだ。
「10」
カウントダウンが始まる。
それがゼロになれば、エステルは男たちの大切なものたちを殺すと言っている。
此処からは距離がある。そんなこと出来ないだろうという思いもわく。だけど――、この男なら出来るのではないか、という思いもわく。
「9」
躊躇う間にも、数字が減っていく。
「8」
言おうと口を開いた男を、他の男が視線で止める。冗談に決まっている。殺すことなど出来ないに決まっていると、止めた男の目が語っている。
「7」
けど、本当に大丈夫なのだろうか。そんな葛藤が生まれる。
「6」
忠義を尽くそうとする心と、大切な者たちの笑顔が交互に男たちの頭に浮かぶ。
「5」
時は、待ってはくれない。
「4」
あと、四秒しかない。大切な者たちの笑顔が勝った一人の男が口を開いた。
「ドッキ国のエガ宰相だ!!」
一人の男が叫べば、他の男たちが信じられないものを見るような目をそいつに向ける。
「ふぅん。隣国の宰相ね。それで、何で俺を殺したいわけ? 隣国には俺は下手な真似はしてないと思うが」
「……ドッキ国の勇者に魔王討伐をさせたいのだ」
「ああ。なるほど。魔王を倒す名誉を自国の勇者にやりたいってことか。すげぇ、馬鹿らしい理由だな。魔王の脅威よりも勇者の名誉を優先してるとか、俺が言うのもなんだが自分勝手な宰相だな」
エステルにだけは間違っても言われたくないだろうが、隣国の宰相は自分勝手な男のようだ。
魔王という脅威があるものの、自国の勇者――今年十三歳の若い勇者に魔王を討伐する名誉を与えたいらしい。
「ちゃんと自白したから生かしてやるよ。ただ、俺の邪魔をするなら今度は十秒もまたずにお前らの大切な奴を殺すからな」
エステルが敢えて襲撃者たちを生かしたのはただたんに生かして、こうして脅したら、ずっと怯えるのかもしれない――その様子が面白いかもしれない、という悪趣味な感情からである。
エステルの言葉に血だまりの中に倒れる男たちは顔を青くして頷くのだった。
エステルはそんな男たちを地面に放置して、歩き始める。
「宰相や勇者も脅しつけるか」
「ええ。それがいいかと思うわ」
そして歩きながらエステルとヴェネーノはそんな会話をするのだった。




