道中の襲撃 1
「さぁて、魔王の元へと向かうか」
エステル・ユーファミアはご機嫌な様子だった。
というのも、一つ前の街で思う存分もてなしを受け、美味しい料理にありつけたからである。エステルは容赦がない少年であるが、接し方を間違えることさえなければ問題がない少年なのだ。
とはいえ、エステルは容赦がなく、自分勝手に動く存在なのでそんなエステルに反感を持つ存在は多く、エステルが行った地でいざこざが起きる事はよくあることだ。今回のように平穏に街での滞在が終えることは珍しいことだった。
自分勝手に生きているエステルだが、たまにある平穏が嫌いなわけでは決してないのであった。
「エステル様がご機嫌だと、嬉しいですわぁ」
「あの領主は長生きするわね。見る目があるもの」
フローラとヴェネーノも楽しそうな声をあげている。
そうやってご機嫌な様子で歩いているエステルは、魔王の元を目指して足を進めている。その間にも他の勇者の情報もフローラが集めているが、今の所、エステルのように実際に魔王の元へ向かっている勇者はいない。十三歳の勇者にはまだそんな力はなく、他の勇者も現れていないようだ。
先に魔王を倒されてしまったら困るので、そのあたりはきちんと情報収集をしているエステルなのであった。
さて、エステルは機嫌よく歩いていたわけだが――、
「なんか来てるな」
何かが迫ってきていることを感じ、エステルは思わずと言ったように呟く。何かが迫ってきていることを、エステルは知覚した。
折角機嫌よく歩いていたというのに――そう考えながらエステルは戦闘準備をする。
「あの領主か? 俺に対して刺客とか向けるようには思えなかったが」
「違うと思いますよぉ。あの領主、エステル様のこと、敵に回したくないみたいですしぃ。エステル様がご機嫌になってくれてほっとしていたみたいですもの」
「そうね。別口ではないかしら。エステルは万人に好かれるような性格ではないもの」
エステルは街を後にしてすぐだったので、もしかしたらあの人の好さそうな領主がよこしたのだろうかと一瞬だけ考える。
もしそうであるのならば、自分の目も悪くなったものか――と考えたが、それはフローラとヴェネーノに否定される。
そこで、やはりあの領主は違うなとエステルは考え、ならばどこの連中かと考えたものの――正直言ってヴェネーノのいうようにエステルは人に好かれるような性格はしていないので、襲撃者への心当たりはおおくある。
エステル・ユーファミアを敵に回さない方がいいと、口にするものは多くいるものの、強者とはそれだけで狙われるものである。強者を倒して名をあげたいというものもいる。それにエステルは気に食わない人間は簡単に切り捨てるような少年なので、そっち方面でエステルを復讐のために殺したいというものもいる。あとは、エステルと言う存在がただ単に邪魔で殺そうと思っているものもいる。
エステルは良くも悪くも目立つ存在である。
それだけ好き勝手しているからこそ、『黒剣』の名でよばれ、それだけやらかしているからこそ好意の思いも、嫌悪の思いも、沢山の思いをエステルは受けている。目立てば目立つ分だけ、人々から色んな感情を抱かれるのは当然である。なので、エステルはどれだけ憎まれようが、邪魔に思われようがそういう周りを気にしない。そもそもそんなことを気にしていれば、名付きの存在になどなれない。
エステルはそれはもう、好き勝手に生きている人間なので、一般的に英雄と呼ばれ、羨望の目を向けられるような名付きよりも多くの負の感情を受け取っている。
清廉潔白な英雄でさえ、そういう感情を向けられないわけではない。とすれば、エステルはその倍以上のそういう感情を一心に受けているのも当然と言える。
襲撃して来ようとした連中は、エステルが彼らに気づいたことに気づいたのだろう。急に止まった。
本来ならば、襲撃者たちはエステルに気づかれないうちにエステルに襲い掛かりたかったのだろう。だけど、それをエステルは許さない。
「なんだ、かかってこないのか?」
エステルは獰猛な笑みを浮かべた。美しい少年が見せるには、不釣り合いな肉食獣のような笑み。
エステルは、襲撃者たちを挑発するように笑みを浮かべている。
そして、また笑う。
「お前たちからこないなら、俺から行くぞ?」
その言葉と同時に、エステルの蹂躙が始まった。




