領主のもてなし
「招かれたからきてやったぜ?」
領主の館に現れたエステル・ユーファミアは何処までも不遜な態度だった。彼にとってみれば、領主だろうとも正直言えばどうでもいい存在であると言える。
敵対するならば殺し、そうでないならば殺さない。
エステルの基準はそれだけ単純明快だ。友人であるリィナが言うように敵対しなければ仲良くなれる存在である。
さて、小心者である領主はどんな道を選ぶのであろうか。
一般的に考えればエステルの対応は不遜で、礼儀がなっていない。身分による上下関係を大事にしている王侯貴族からしてみれば幾ら『勇者』になったとはいえ、平民にこんな対応をされるのは我慢が利かないものだろう。
とはいえこの街の領主はそんな貴族ではない。エステル・ユーファミアという存在を侮る事もなければ、ただ恐れている。
「ええ。よくお越しいただけました。私はこの街の領主であるプラッスと言います。この度は『勇者』であるエステル・ユーファミア様が我が街を訪れていると聞いたのでご誘いさせていただきました」
「そうか」
何か言いがかりでもつけられるのではないかと思ったが、そういうことではないらしいとエステルは理解した。何か起こったら起こったでそれは面白いからエステルにとっては構わないことだが、何も起こらないなら起こらないでそれも別に構わないエステルだった。
エステルに対して敵意がないのが分かったので美味しいものを食べることを楽しむことにした。もちろん、警戒心は失っておらず、フローラとヴェネーノが毒物などが入ってないかの確認をしたりもしている。
「エステル様ぁ。毒とかなさそうですよぉ? あと此処の領主様はぁ、とっても怖がりなようですぅ。エステル様をおもてなししようとしているようなのですぅ」
「エステルのことを警戒しているのね。怖がりだったらエステルのことを怖がったりもするでしょう」
エステルはフローラとヴェネーノの声を聞いた。
どうやらエステルの手を煩わせる気はなく、ただ単におもてなしをして良い気持ちになってもらおうと思っているだけらしい。
「なら、思う存分食事を楽しむか」
「エステル様を怒らせないようにするなんてぇ、見る目がありますねぇ」
「エステルは怒らせたら大変だものね。私は向かってきても全然かまわないけど」
エステルは小声でフローラとヴェネーノに声と会話を交わしている。その声は領主には聞こえていない。
領主に案内されて、食堂へと到着する。
流石領主の館なだけあって、その食事も豪勢だ。そのテーブルに並ぶ数々の料理はお肉から魚、野菜まで様々だ。
それは領主であろうとも奮発したことが分かるような料理だった。
それらの料理を少し無理してでも用意したのは領主がエステルのことを怖がっているからである。
「エステル様、料理はどうですか?」
「うまい」
ハラハラしながらエステルに声を掛ける領主に、エステルはそれだけ答える。
エステルはバクバクと料理を食べている。料理を口に含みながらちらりと領主を見れば領主はその度にびくついているのをみてエステルは少しだけ面白かった。
「魔王を倒しに向かうのでしょう? すぐに街をたたれるのですか?」
「そうだな。すぐに出るつもりだ。魔王をさっさと倒して、報酬もらわなきゃならねーからな」
「そうですか」
ほっとしたような顔をする領主に、エステルは笑って声をかけた。
「そうだな。俺に敵対しない限りこの街を害したりはしないからな。その点は安心しろ」
「ひっ」
「安心しろって何もしなきゃ俺は何もしねーよ。気に食わなければ殺すけど、気に食わない奴を殺すほど暇じゃないし」
「は、はい!! わ、私はエステル様を害すことなど絶対しません!! で、ですから殺さないでくださいね!! 街を滅ぼしたりとかしないでくださいね!! 絶対にそんなことしませんから!!」
あまりにも恐ろしくなったのか、顔色を青くしていい気に口走る。
領主としての威厳なども全て振り捨てている。執事が「あー……」という顔をしている。とはいえ、この執事は肝が据わっているのか、エステルがこれぐらいで怒ることはないだろうと確信しているのか、平然としているが。
エステルもここまで自分に敵意を示さないようにしている相手を敢えて殺す気もなかった。
そして美味しい料理を思う存分食べたエステルは満足して帰っていくのであった。
魔王を倒し終わったらまたここを訪れてびびらせようかなどと意地の悪いことを考えているのを領主は知る術もなかった。