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殺すことに躊躇いなどありはしない。

 エステル・ユーファミアにとって、敵にためらいを見せるという行為は馬鹿のすることである。世の中には、敵であろうとも”殺す”という行為に対して躊躇いを見せるものがいることを確かにエステルは知っているが、それを知識として理解していても、共感は間違っても出来ない。

 人は死ねば、終わる。

 自分が終わらないために、自分の目的のために人を殺すことは当然の行為である。

 エステル・ユーファミアは、自分というものを曲げない人間である。

 だから、エステル・ユーファミアは、躊躇いもせずにトア侯爵の配下のものたちを切り捨てていった。生かす、という選択肢はエステルにはなかった。エステルにとって、敵か、味方か、という判断をした時、目の前の存在たちは明確な敵であった。

 だから、殺す。

 屋敷が血で赤く染まろうが、それはエステルにとって特にどうでもいいことだった。

 悲鳴が上がる。

 トア侯爵の顔が青ざめていくのがエステルの視界に映る。

 でも、それも正直どうでもいい。トア侯爵がどれだけ青ざめようが、それは今の行動を止める理由にはなり得ない。

 エステルは向かってきたトア侯爵の手のものの命を奪って、次に、トア侯爵に近づく。まだ、生きているトア侯爵家に仕えるものは、なんとかトア侯爵のもとにエステルを近づけないようにしようと必死である。エステルは戦闘が出来なさそうな執事だというのに見上げた忠誠心だとは思う。ただし、そんな忠誠心はエステルを止める理由にはならない。

「邪魔するなら殺すけど?」

「……と、当主様には手を出させない!!」

 ぶるぶる震えながら、必死に自分の敬愛する当主を守ろうとする姿に、心を打たれるものは恐らく多いだろう。必死に主を守ろうとする姿は、人の心を動かすものがある。

 ただし、それはエステルには通じない。

 エステルにとって、見上げた忠誠心だとか、心を動かす姿とか、正直どうでもいいとさえ思っている。

 だからこそ、一瞬で切り伏せた。

 赤。その場に赤が舞う。また、その場が、赤く、赤く染まっていく。

 

 それは青ざめて動けず、配下が殺されていくことを見届けるしかなかったトア侯爵だけがその場に残ることになるまで続いた。



「なぁ、トア侯爵」

「………っ」

 エステルに近づかれ、エステルに名を呼ばれ、トア侯爵はぶるりっと体を震わせた。そして何かの匂いをエステルが嗅ぎ取ると、不機嫌そうに眉を潜める。

「いい年こいて、おもらしか」

 そう、トア侯爵はエステルへの恐怖から失禁してしまっていた。立派な領主として有名な男が、恐怖から失禁である。エステルはその匂いに不機嫌そうに眉を潜める。

 袋の中に身を潜めているフローラとヴェネーノも嫌そうな声を上げていた。

「で、どうする?」

 エステルは自身の長剣———魔剣を、トア侯爵の首元にあてる。

「俺は別に、お前がこのまま死んでも問題はないわけだけど」

 返り血で染まったまま、そんなことをいうエステル。トア侯爵の顔は、相変わらず青ざめたままだ。

「誤解を解いてください、エステル様と言えるか?」

「ごごごご……」

「はやくしないと、その首跳ねる」

「ご、誤解を解いてください、エステル様!!!」

 トア侯爵の首にエステルが魔剣をめり込ませれば、トア侯爵は慌てたように声を上げるのだった。つい先ほどまでの威厳に満ちた侯爵の姿はそこにはない。そこにいるのは、ただの情けない命乞いをする男だけだ。

「で、金は? まさか、俺の手をこれだけ煩わせてただですまそうとはしてねぇだろうな?」

「いくらでもあげますので勘弁してください!!」

「よし、いいだろう。早速案内を——と言いたいところだが、生憎失禁した男に案内される趣味はない」

 エステルはそういって、ちらりと、入り口に目を向ける。扉は、少しだけ開いていた。

「おい」

 扉の向こうで、声をかけられたものがびくっと体を震わせるのが感じ取れた。

 エステルはそんな様子お構いなしで話しかける。

「―――そこのお嬢様、俺を案内出来るよな?」

「………き、気づいて、いらしたの、ですね」

 震えながら声を上げるのは、エステルに助けられたご令嬢———ジリィアである。

「ああ。で、案内は?」

「も、もちろん、い、いたします。だ、だから……お、おおおおお、お父様を」

「あんたがちゃんと案内してくれるなら殺さないから、案内しろ」

「ははははは、はい」

 そしてエステルは、ジリィアと共に金目のものが置かれている倉庫に向かうことになった。エステルが部屋を出ていった瞬間、極度の緊張状態から解放されたトア侯爵がそのまま気を失ったわけだが、そんなのエステルにとって知ったことではなかった。




 ―――その後、エステル・ユーファミアは金目のものを奪って、その街をあとにしたのであった。




 

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