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そうだ、伝説の剣を抜きに行こう。

 「エステル様、エステル様、目的地は何処なのですかぁ」

 「もうちょっとだ、フローラ」

 「エステルはお城に行くのでしょう。ふふふ、何しに行くんでしたっけ?」

 草原の中に人工的につくられた一本の道をのんびりと歩いている一人の少年がいる。太陽の光に反射して、その金色の髪が輝いている。腰に下げられているのは、鞘におさめられた一振りの長剣。

 歩いているのはその男――――エステル・ユーファミアのみだというのに、確かにその場には他の声が響いていた。

 幼い可愛らしい少女の声と、大人びた女性のソプラノの声。

 「お城ですかぁ。お城にはアレですね。エステル様が、王宮に忍び込んだ時以来ですかぁ。あ、もしかしてそのことでもバレましたぁ?」

 「フローラ、エステルがバレるようなヘマするわけないでしょ。エステルが行くのは、アレでしょ、アレ。伝説の剣を抜きに行くんでしょう? 聖者の剣って言うのよね、確か」

 「ああ」

 この世界に、魔王が現れたという話が今どの場所でも飛び交っている。

 魔王とは、この世界に数百年に一度現れる存在であり、そのたびに初代勇者の残した聖者の剣を抜けるものを探すのだ。あ、弱小魔王も含めれば数十年に一度とも数えられるらしい。不思議なことに、魔王が現れる時期には勇者という存在が現れるらしく、魔王が現れたならば、聖者の剣を抜けるものがいるはずだと国が躍起になって探しているのである。

 とはいっても、この世界の人間の歴史は長く、歴代の勇者というのは数をなす。それに加えて、勇者がいるのはこの国――アサロンだけではない。他国にも元勇者が残した伝説の剣なるものがあるらしい。

 要するに魔王一人相手に勇者が数人という時もあったらしい。

 その時は、勇者決定戦なんていうものをして一人勇者を決めてその勇者だけで旅立ったと記録されている。とはいってもエステルには何でわざわざ勇者決定戦なんてするのかわからない。つか、皆で襲いかかってさっさと倒せよ、その決定戦で勝った勇者も苦労したらしいし、というのがエステルの考えである。

 ちなみに王宮に忍び込んだというのは、現国王の隠し子である国民の前に出てこない王女がいるというので、エステルが拝みに行こうと忍び込んだのだ。今ではその王女は立派な友人である。

 「わぁわぁ、伝説の剣ですかぁ、エステル様」

 「ああ、ちょっと暇だし、最近退屈だから試しにいってみるかなと」

 「ふふふ、でもエステルに剣が抜けたらびっくりするわ、エステルは勇者より悪人の方が似合ってるわ」

 「褒め言葉として受け取っておくぜ、ヴェネーノ」

 ニヤリと笑ったエステルの言葉に、フローラと呼ばれた幼い声の主も、ヴェネーノと呼ばれた大人びた声の主も、面白そうに笑うのだった。

 





 それから半日ほど歩いて、ようやく目的地―――アサロンの王城・ツタルーカ城に到着した。城壁に囲まれた城の入り口には、勇者検定を受けるべく列をなす若者たちがいる。男から女まで、ズラリッと並んでいる姿にエステルは顔をしかめた。

 門番に立っている兵士が、一人一人身元確認をしている姿を見て、思うのはめんどくせえの一言である。平民から騎士、ギルドのメンバーらしき強面の男――戦う力なんて明らかにねぇだろとつっこみたくなるような商人や、本当に小さな子供まで並んでいる。

 そういうのは追い返せよとは思うが、隣の国で七歳の子供が伝説の剣を抜いたという実例もある(現在十三歳)。聖者の剣の勇者検定の基準がわからないと思ってしまう、エステルであった。

 まぁ、要するに魔王が現れたと噂される前に剣が抜ける事もあるのだ。こういう、いわゆる聖剣というものは魔王が出る前後のみ抜けるらしいが、そもそもどうやって判断しているのか謎である。

 めんどくさい。すぐに抜けないならずらかるか、なんてエステルが考え始めている中で、並んでいた面々がエステルの姿に気付く。

 「あ、あれって………」

 「『黒剣のエステル』!?」

 「う、うわぁああああああああ」

 驚きに顔をひきつらせるものに、一気に青ざめて逃げ出すもの。

 反応は様々である。純粋なあこがれや賛美ではなく、どこかしら畏怖がこもっているのは、エステルがそういう男だからであろう。

 「なぁ、俺、暇つぶしに剣抜きにきたの。並ぶの嫌なわけ、だから、散れ」

 めんどくさそうに息を吐いて、だけれども冷たく言い放った言葉に、その場にいる全員が背筋を冷たくさせてしまう。そうして、恐怖に一瞬固まったかと思えば、一斉に道を開けた。

 「流石エステル様。エステル様の力は偉大なのですね」

 「流石ね、エステル。ふふ、恐怖に怯えちゃって可愛い男ばかりね」

 そんな二つの声に、エステルは返事も返さずに開けられた道を歩く。向けられている畏怖のこもった視線は心地よいものではないだろうが、エステルは全く気にしないと言った様子で歩いていく。

 門番の兵士でさえ、エステル・ユーファミアという男を知っているのか、その顔には冷や汗が流れている。何処か緊張した面立ちの兵士はエステルに話しかける。

 「『黒剣のエステル』と存じ上げます。どうぞっ」

 さっと道をあけられて、エステルは満足そうに笑って、中へと足を進めるのだった。

 城の内部にまで続く列をなす人々は、エステルの存在に次々と道を開ける。

 「ふは、有名人ってのは楽なもんだな」

 そういって笑いながらも、エステルは赤いじゅうたんの引かれた城内を歩き、聖者の剣が存在するという広間に到着する。

 広間の中には、神殿の神官や王族が立ち並んでいる。文通を交わしている友人である少女の姿はもちろんそこには並んでいない。

 勇者は一人で魔王退治に出かけるわけではなく、神殿や貴族や王宮といった権力者の中からパーティーメンバーが抜擢されて旅に出かけるらしい。魔王を倒した勇者メンバーをうちから出したんだという実績が欲しいだけである事は見え見えである。

 王族でエステルがあった事があるのは、隠し子として城の奥深くに存在している少女だけだ。興味がないので、特にじっくりと見たこともなかった国王や王子がそこには立ち並んでいる。勇者の生まれる瞬間を見たいと、勇者検定の際にはかなりの確率で王族がいるらしい。暇なのだろうか、王族はとエステルは思わず言いたくなってしまう。

 リィナに似てんな、やっぱり。なんて見知った少女の顔を思い浮かべながらもエステルは案内されるがままに突き刺さっている長剣の前に立った。

 銀色の輝きを発する長剣は、半分近くが埋まっていて見えないが、神秘的なオーラを放っている。

 聖剣と呼ばれるモノを目の前にしたせいか、エステルの腰に下げられている長剣がブルリッと反応を示したのを感じて、エステルは面白そうに笑って、長剣に手を伸ばす。

 そして、誰もが注目する中で、長剣を抜こうと力を込めた。

 そうすれば、驚くことに長剣はその全貌を見せたのだった。先ほどまで見えなかった長剣の半分もしっかりと目に映る。

 「おぉ。流石『黒剣のエステル』どの!」

 「勇者が、勇者が、現れた!!」

 「え、マジで?」

 周りが騒ぐ中で、あっけなく抜けた聖者の剣を見つめながらエステルはえ、俺が勇者? と本当に聖者の剣の勇者基準がわからず疑問に満ちていた。

 「エステル様が、勇者…。にあわないのですぅ」

 「エステルが勇者……。本当にしぬほど似合わない」

 聞こえてくる二つの声と、腰で二人に同意するかのように一瞬震えた長剣を感じながらも、エステルはそれらに同意を示そうと口を開いた時、突然聖者の剣が輝きを発し、そして――――視界がブラックアウトした。


 

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