トア侯爵との会話
「きてやったぜ?」
エステル・ユーファミアは、不遜だ。偉そうな物言いに、エステルの目の前にいるトア侯爵の顔が引きつっている。トア侯爵家に仕えるものたちなんて今にもエステルに掴み掛りそうなほどに、恐ろしい顔をしている。
しかし、そんな表情を向けられようとも、エステル・ユーファミアは笑っている。面白そうな表情をして、戸惑う事も一切なく、ただ、不遜な態度でそこに存在しているのだ。
「……来てくださって感謝する」
「ああ。それで?」
エステルは問いかける。何処までも、貴族であるトア侯爵に敬意を払わない言葉。寧ろ、エステル自身はエステルの方が上だとでも思っているような態度である。
それにぴくぴくと眉を動かすのをエステルは相変わらずの様子で見ている。
「……領民たちが誤解をしているようなので、是非とも勇者、エステル・ユーファミア殿には解いていただきたい」
「誤解?」
エステルはトア侯爵が何のことを言おうとしているのか、わかりきっているというのにあえてそのように問いかける。
侯爵側が皆苛立ったような表情になっているが、それでもエステルはその挑発ともいえる行為をやめない。
「トア侯爵、何をどういう誤解をされているのか、俺に説明しろよ」
「何をどうとは……」
トア侯爵、頬をぴくぴくさせている。今にも怒鳴りだしそうな態度である。しかし、トア侯爵はなんとか思いとどまろうとしていた。このまま、逆行をすれば、目の前のエステル・ユーファミアという勇者とは程遠い性格をしている勇者の思い通りになるだけだとわかっているからだ。
「……私と勇者が仲違いしているという誤解だ。領民たちはその誤解を知って不安を感じているようなのでね、その誤解をどうかといてほしいのだよ」
トア侯爵はそんな風に言うが、その目は、誤解を解くために協力をしろとエステルのことを睨みつけている。
エステルは、大貴族に睨まれても、それはもう楽しげに笑っている。
エステル・ユーファミアの心には、余裕がある。対して、トア侯爵の心には一切余裕がない。大貴族と、勇者で有名な冒険者であるとはいえ平民なエステル。本来なら前者の方が強者であるはずだが、エステル・ユーファミアの方がここでは強者である。
「誤解ねぇ……。俺としてみれば何も誤解ではないわけだが」
「誤解と私がいっているのだから、誤解なのだよ」
「俺を殺そうとしておいて、誤解ねぇ? 殺そうとした相手が殺せなかったからといって、その相手に殺そうとした事は誤解だ、それを領民に証明してくれなんてあんたに都合が良すぎる話じゃねぇか?」
エステルは、相変わらず楽しそうに笑っている。心の底から愉快だという笑みを零している。彼にとって、このような状況でも、彼が楽しめる場でしかないのだ。
エステルの言葉に、トア侯爵側の人間達から殺気が飛んでくるが、そんな殺気でエステルが怯むわけがない。
「エステル・ユーファミア、これは誤解なのだ。わかるだろう?」
エステルは、脅すように畳み掛けてくるトア侯爵のことを馬鹿すぎると思いながら見ている。
トア侯爵は、貴族である。恐らく貴族として生まれ、貴族として育ち、当主を受け継ぎ、生まれてから貴族としてしか生きてきていないのだろう。大貴族が誤解だといえば、確かにほとんどの場合、それは誤解として押し切る事が出来る。だけど、目の前にいるのはエステル・ユーファミアなのだ。
それをトア侯爵は正しく理解できていない。
「もちろん、ただで誤解を解けとはいっていない。我が侯爵家と友好を結ぶことが出来るのは勇者である君にとってもいい事だろう。これからの旅で融通も図ることが出来る。だから、解いてくれるかね?」
「そこは、解いてくださいだろ?」
「は?」
「誤解を解きたいのはあんたであって、俺ではない。俺は別にあんたのいう誤解がそのままでも不都合は一切ないんだよ。だから、「解いてください、エステル様」とでもいってみろよ、本当に説いてほしいならさ」
エステル、大貴族にそんな言いぐさをする。
「なっ」
「それに別に俺はあんたと友好を結ばなくても問題はない。旅で融通を図る事が出来る? それがどうした? だからなんだ? それは俺にとってのメリットではない」
トア侯爵と友好を結べようが、融通をはかられるといわれようが、それはエステルにとってどうでもいいことなのだ。それよりもエステルが求めているのは、金である。
「ついでに金もよこせよ。そしたら、考えてやらないことはないけど?」
エステル・ユーファミアはぶれない。彼はどこまでも不遜にそう言い切った。
「貴様っ!! 当主様が下手に出ていればいい気になって!!」
「許さぬぞ!! 当主様、このような無礼な輩は私たちが成敗します!!」
トア侯爵の護衛の男たちがエステルの物言いにそういって飛び出してくる。そんな状況だというのに、エステル・ユーファミアは笑っていた。