襲撃には反撃しかない 1
さて、トア侯爵の館でやらかした後、エステルはトィリアの街の宿に来ていた。トア侯爵の悪い噂も流し、報酬も手に入った事だしベッドに横になっている。。
「エステルさまぁ、すぐに出ないのですかぁ?」
「はは、馬鹿だな、フローラ。この街に居た方がもっと金をぶんどれるからに決まってるじゃねぇか」
「お金、とれるのですかぁ?」
「ああ」
エステルはあえてこの街の宿にとどまっている。それもすぐに人が入ってこれるようなそんな安い宿である。
「フローラ、あの態度見たでしょう? おそらく何も納得していないわよ」
「そうなのですかぁ? あのエステルさまの報酬を絞ったお馬鹿さんがまたお馬鹿をやらかすのですかぁ」
「そうよ。馬鹿だから事を起こすのよ」
フローラとヴェネーノはアゲハ蝶とサソリの姿のまま声をあげている。
エステルが報酬をもらうために人を二人さらっと殺した事に対して、魔人である二人としては別に何も感じていない。トア侯爵側からすれば悪夢であり、エステルに悪い感情を抱くのは当たり前であろうが、魔人に人の世の常識がわかるはずもない。
それにそもそも外道で有名なエステルと仲良く旅をしている時点で、人助けは当たり前といった考え方をしている者たちと相いれるわけがない。
「エステルさまぁは、どんな予想を?」
「まずは、ここへの襲撃があるんじゃないかなとは思っている」
「ここにですかぁ?」
「ああ。わざわざ安い宿をとったし、権力者がやりそうなことといえば暗殺とかだろうな」
「一応エステルさまはぁ、国が認めた勇者様ですよねぇ。それを襲撃するのですかぁ?」
「ああ。馬鹿だからな」
トア侯爵はこの領地にとって良い領主であるという。領民のために心を砕き、領地のためを思っていると。
現にエステルがトア侯爵のせいで人が死んだと噂を流しても「ご当主様が進んでそんなことをするはずがない」とか「何か理由があったんだ」とか言い出す存在も多く居たものである。
正直人が死んだことの理由なんてどうでもいいとさえエステルは思う。命が失われればそれで終わりであって、理由がなかろうがあろうが死んだという事実は変わらない。
「エステルが嫌いそうなタイプだったものね。なんか勇者を押し付けているもの」
「勇者ならお金をもらわずに人助けをしろって事いってたしな。あいつら勇者をなんだと思っているんだか」
「勇者も人だからお金も与えられずに命がけで魔王を倒すなんてそうはいないと思うのだけれど、歴代の勇者がそうだったとしたら馬鹿ねぇ」
「だよな。あのばばあもそういうこといってたが、歴代の勇者って馬鹿だろ」
報酬もなしに聖剣に選ばれたからという理由で旅に出る。
それが歴代の勇者である。勇者は魔王を倒して帰還すると姫と結婚したりとかもしていたらしいが……それでも割に合わない職業が勇者である。
今までの勇者は魂がすんでいて、人の頼みを断れない勇者ばかりで、そういうのもあり報酬など望まなかった。
それで世界が救われるなら―――と自ら旅に出るのである。
エステルはそれを考えると勇者ってやっぱ馬鹿だろと思う。
「対価もないのにぃ、魔王を倒すって、大馬鹿ですぅ」
「そういう勇者しかいなかったからこそエステルの事本当気に食わないのでしょうね」
「第一、普通命の対価だからそれなりに払うのが当たり前だろう。命の危険だったから助けた、それで無償ってのが多いが、わりに合わないだろ」
この世界においても誰かが誰かを助けるために命を落として助けられた方だけ生きてたとか、魔物に襲われていた存在を助けた英雄の話とか色々あるが、そういう風な助けた側は何も要求しないことが多い。
民衆の望む英雄を体現したような実話は確かにある。
が、エステルからすればそれは馬鹿な事である。命という何にも代えられないものを救ったのだからそれ相応の対価は与えられるべきである。そしてそういう対価もないのに助ける意味はわからない。
エステルが今回盗賊から救い出したのは報酬を約束されたからだ。そして救いだし、届けまでしたのに報酬を絞ったトア侯爵が悪い。世間的にはエステルは厳しい目を向けられるかもしれないが、そんなものエステルは知らないとしか言いようがない。
「そうですよぉ。でも人ってそういう対価なしに、助けてもらえるのとか好きですよねぇ」
フローラはのんびりとした口調だが、その言葉はトア侯爵を非難している。
「襲撃がなかったらどうするの?」
「それならまぁ、それだ。それに宿で襲撃がなくても、帰り道襲われたりはするんじゃねぇかな。俺が勇者ってのがよっぽど気に食わないみたいだからな」
エステルみたいな外道が勇者であるのが許せないとでもトア侯爵は思っているようだ。だから何から動きがあるとは思っている。
そして、実際その夜に襲撃があった。