トア侯爵。
エステル・ユーファミアは人質にとられていた女性たちを引き連れながら街に到着する。到着すると同時に衛兵に問われる。
「……どういう状況なのだ?」
一人の男が十数人の女性を引き連れている光景はさぞ不思議なものだろう。何故そういう状況なのかわからないのも無理はない。
エステルが答える前に、あの身なりのよさそうな女性が前に出る。
「この方は、私たちを助けてくださったのです」
「あ、貴方は―――、ジリィア様!!」
女性――ジリィアを視界に留めると衛兵の目から涙があふれ出す。安堵したような歓喜の涙である。
エステルはその様子を見ながら報酬を弾んでもらえそうだと口元を緩ませる。盗賊の財宝を奪うだけではなく、こうして報酬をもらえるかもしれないということでエステルはご機嫌である。
「本当にエステルはお金が大好きね」
「エステル様はぁ、お金好き~」
ヴェネーノとフローラが楽しそうに声を上げ、その声が聞こえたらしい女性たちがきょろきょろとしている。魔人としてサソリと蝶の姿を取っている彼女たちが喋っているとはまさか、誰も思わないのである。
魔人の存在はそれだけ世界に知られていない。
「―――ジリィア様を助けていただきありがとうございます!!」
「報酬を与えましょう。我が屋敷に向かいましょう」
周りには続々と街の民たちが集まってきている。エステルは女性の素性をなんとなくわかってきていた。
このトリィアの街の領主―――トア侯爵家の娘であろうという、その事実が。
トア侯爵家は、王族からも信頼の厚い臣民である。その身は王に捧げられていると断言するほどに忠誠心の強い一族で、所持している領地も広い。
王都に近いトリィアに拠点を持つ大貴族である。
恐らくというか、絶対にエステルの事ぐらい知っているだろう。聖剣を持たずに旅に出て、王族に無礼なふるまいをした勇者としての、エステルを。
報酬は欲しいけれど、少し面倒だとエステルは思った。しかしまぁ、何を言われようともエステルは態度を変える事は一切ないとは断言できるわけだが。
ちなみに助けられたものたちは全員手当を受けていて、この場には侯爵と側近とエステルたちしかいない。
「――娘を助けてもらったことは感謝をする」
そして目の前には威厳に満ちた男性が居る。この男こそ、トア侯爵の当主である。
彼はエステルに目を向けている。その目はどこか厳しい。
「エステル・ユーファミア殿だな」
「そうだけど?」
「……この国の勇者がこんな男だとは。貴様、我が娘の事も、領民の事も助けようとしなかったのであろう? 勇者ならば、そんなことをしてはならない」
「あぁ、そう。で? それより報酬よこせよ。俺はあんたの娘助けてやったんだぜ?」
エステル、侯爵の前でも相変わらずである。態度を改める気は全くない。その様子に周りに控えている者たちがエステルを睨みつけている。
「貴様、ご当主様に向かって――」
「うっせぇな、黙れよ。いいから報酬よこせって。そのためにあんたの娘と領民たち連れてきてやったんだぜ? あとは『赤い鷹』の討伐報酬もな」
エステル、側近の男が怒っても相変わらずである。
エステルは自由である。エステルには身分は関係ない。自由で居られる力をエステルは持っている。誰も、エステルを止める事は出来ない。
しかし、トア侯爵はそうは思ってはいない。ギルドに所属している二つ名も持ち、そして王家に不敬な事をやっている不埒者。
娘を助けられておいてこの態度である。幾らエステルが無礼だったとしても、娘の命の恩人に怒鳴りつけているあたり底が知れている。
「貴様なんぞにやれるか! 先ほどからそのような態度をして! 勇者がこのようなものとは……」
「了解。それが答えなら助けた連中全員殺して文句ないよな?」
「は!?」
まさかのエステルの言葉に驚愕にその場が固まる。
「な、なななにを言って――」
「俺が助けた命だ。俺がどうしようがかってだろう? フローラ」
「はぁい」
「一人殺してきてくれよ」
「はぁい」
アゲハ蝶がその場から飛び出し、沢山のアゲハ蝶がその場に集まる。その非現実的な光景に、トア侯爵たちは固まっている。そんな中で「いってらっしゃーい」というフローラの言葉と共に蝶たちが飛び出していく。
そして、次の瞬間、「きゃあああああああああああああああああああああ」という悲鳴がこだました。
助けた女性たちは揃いも揃って侯爵邸で治療を受けていた。そのうちの一人が、たった今死亡した。いや、エステルが殺した。
「はい、一人。払うだろ?」
ニヤリと笑って、罪悪感も一切感じさせない笑みで笑う。
人の命を何とも思っていないからこそ出来る事。
「なななななにをっ」
「貴様はなんて真似を」
「ふーん、じゃ、次。フローラ」
「はぁい。エステル様のぉ、思うがままにぃ~」
凄い温度差である。狼狽する侯爵たちと、楽しそうなエステルたち。
そしてフローラが動きだし、また悲鳴が響いていく。これで、二人。
「お、お父様!!」
目の前で何が起こったかわからず、驚愕に固まっている使えない侯爵たち。払わないならまた一人と、エステルが口を開こうとした時、ジィリアが飛び込んできた。
「と、突然し、死亡して。ど、どういうことですか」
「そ、その男が!!」
「おい、お嬢様。この男俺に報酬払わないらしいぞ? だから、死ぬんだ。領主の判断ミスで助かる命が死ぬんだぜ?」
エステルの言葉にジィリアは固まった。そんな中でまた一人死ぬ。
「次はお嬢様の番かな?」
「……お、お父様!! は、はやく報酬を!! この方に報酬を!!」
結局ジィリアが必死に叫び、侯爵が慌てて報酬を用意したため死亡者はこれ以上増えなかった。
報酬がもらえればエステルは用がないとばかりに屋敷から出て行った。そして報酬を渋られたのがイラッと来ていたのか、”領主が判断ミスしたせいで死ななくていい命が死んだ”という噂を町中に流すのであった。




