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鉄と花:2


 部屋に戻る訳にもいかず、そのまま空が明るくなるのをぼおっと見ていた俺は悪くあるまい。

「さ、さみぃ……ックション」

 今の季節は何だったか。向日葵が咲いてないから夏じゃないと思うけど。どうにせよ厳しいものがある。さっさと朝飯作って腹に何かいれないと保たないな。

 そう思いながら家に入ると、漂ってくる味噌の良い匂い。

「……幽香?」

 リビングに向かうと、テーブルの上には既に俺の分の飯が用意されていた。伏せられていた茶碗は俺のモノだ、間違いない。

 添えてあった紙には、短くこう書かれていた。

「『着替えてるから、その間に食べておく事』……とな」

 余程楽しみなのか、それとも支度が遅いのを見越してなのか。ともあれ嫁の手料理を食わない訳にはいくまい。

 ……菜食主義者の方に怒られそうな動物性なメニューなのがアレだが。朝から油モノって。


 その後、俺は素早く皿に盛られた料理を平らげた。残した先には嫁の涙目と鉄拳だろうと予知したからだ、とは言うまい。

 顔を洗って歯を磨き、髪を軽く確認してから寝間着から何時もの黒袴に着替える。どうせなら勝負服、とも思ったが、無精の俺がそんな物を持っている訳が無い。

のんびり茶でも飲んで待ってますかね、と湯呑みを出そうとした時、ようやく幽香が現れた。

「お待たせ」

 何時もと同じ、時代を先取りしたワイシャツに赤チェックのベストとロングスカート。残念ながら俺に見る目と語彙が無いので化粧についてはよく分からないので省略。

 ぱっと見何時も通りだが、左手の薬指に光る青い宝石を見ただけで、彼女の気持ちはすぐに分かった。

「じゃ、行きましょうか」

 嬉しそうに笑う彼女の手を握る事で、それに応じる事にした。


 デート。逢い引き、と言うのは少し違うか。ともかく、女性とのお散歩的なサムシングである事は間違いない、と思う。

 だがしかしこの水元鉄生、生来女性と親しくなった事など片手の指で足りてしまう程だ。無論それはこちらに来てからであるのは言うまでも無かろう。元の世界じゃフラグもルートも何にも無いバッドエンド直通だった。

 であればそう言った知識に乏しいのも必然であり、ぶっちゃけデートとか言っても恋人同士がきゃっきゃうふふ言いながら砂浜を走り回るのを真っ先に思い浮かんでしまう程度だ。ああそうさ、悪いがリードなんて……これから俺は四回だけ出来る訳が無いと言って良いだろうか。つまりはそういう事だ。

 そんな訳でとりあえずは幽香が思う様に歩いてもらったのですが。

「なーんで寺子屋かな」

 行くべき時には行かず、行かざるべき時には行ってしまう。マーフィーの法則は偉大だ、こんなどうでも良い事も定型文にしてくれる。

「だって、鉄生は毎日行ってるのに、私が行ってないのなんて不公平じゃない」

「興味がある、でいいんじゃないかそこ」

「良いから良いから。前に言ってたじゃない、保護者参観みたいなものよ」

「それ、俺が子供って事か?」

「言わせないでよ、恥ずかしい」

 言うなよ、恥ずかしい。ぐだぐだ言いながら――腕を絡ませながら校舎に入る。

 授業は休みだが、暇を持て余した子供達が教室で遊んでたりする。やり過ぎれば折檻を受けるが、落書きや駆け回ったりする位なら誰も咎めたりしない。

「楽しそうね」

 はしゃぐ子供を見ながら幽香が言う。花を慈しむってのもそうだが、前に妖精と話したりしてたし、母性本能が強いんだろうか、なんて考えたり。

「私も子供が欲しいなー、なんて」

「俺にコメントさせないコメントすんの止めてもらえませんかね」

 深くは語るまい。正直、子供はそんなに欲しくないんだ。幽香が取られるのヤだし。口に出せば後悔しかしないのは言わずもがな。

 ああでも、女の子ならいいか。娘だったら俺も存分に愛でてやれるし。うん。親バカになれる自信はある。

「……何考えてるの」

「なんも」

「嘘、鼻の下伸びてる」

「さー案内しようか」

 ここで口に手をやってしまう程マヌケな俺じゃない。絡めた腕を引いて、校舎の案内を強引に始める。

 最初の内はジト目だった幽香だが、子供と戯れていく内に段々と態度を軟化させていった。冷やかされる事も度々あったが、むしろ見せつけていると言わんばかりの幽香の態度にみんな呆れていた。主に俺がだ。

 上機嫌になった幽香が次に行くのは、商店が集まった人里の通り。食い物屋から道具屋、銭湯、見世物小屋まである楽市楽座ぶりで、ちょこちょこ妖怪の姿も混じっている。山菜やなんかは人間が採るには危険な場所にあるのが殆どだし、弱い妖怪なんかは人里にいる方が安全だったりするからが原因だろう。

「晩飯の具材でも買っておこうか?」

 冗談めかしに言うと、幽香に睨まれる。

「魚を持ったままデートなんて聞いた事無いわよ」

「俺もだ」

 さり気なく晩飯のメニューを決めてる辺り、そんなに気を悪くはしてないのだろう。多分。

「まッ、魚だろうが何であろうが、なんか欲しいのあるか?」

 家計を握っているのは幽香だが――意外な事に金勘定にうるさい――男の甲斐性は忘れていない。金属細工を寺子屋の先生方に売るのは良い商売だ。給料三ヶ月分の指輪はなかなかの人気を博している。宝石のカッティングは知人に頼んでいるが、それ以外は原価ゼロだ。シルバーをもっと倍プッシュな格好が隠れた流行になっている原因は間違い無く俺にある。

 俺の様に、力を利用して作られた品が市場に置かれている事もある。利便性の高さはそこそこだが、生産数が少なく値段はお高めな事が多い。容積が見た目の倍以上ある水瓶――水を詰め過ぎて持ち上げられなくなっている者を何人も見た――や、どんな糸でも簡単に通せる縫い針――ふざけ半分に荒縄を通して粉々にした輩がいた――など、面白い物が多い。

 キョロキョロと辺りを見回す幽香。無論、腕を絡めたままだ。可愛い。やりたい事があれば自分でやる(ただし遠慮無く人は使う)性格の為か、幽香はあまりこういった類のワガママを言わない。察してやるのが良いのかもしれないが、俺はそこまで賢い人間じゃない。

「それじゃ、ちょっと早いけどお昼にしましょう」

「希望は?」

「甘いもの」

「昼飯にか。まぁいいけど」

「あーんしてあげるわよ」

「からかうのはやめいっ」

 俺の反応を見ておかしそうに幽香が笑う。本心から言っている所が幽香らしいのだが。ああくそ、恥ずかしい。顔が赤くなって無ければいいが。

 好奇と妬みの視線を浴びながら歩き回った結果、西洋被れの甘味処――所謂喫茶店に入る事にした。給仕の服がワイシャツであったりネクタイであったり、中々らしくなっていた。

「珍しいわね」

「そーだな」

 西洋被れにしてはしっかりしている。何故だろう? と思っていたが、メニューを見てピンと来た。きつねうどんとねこまんまをセットで置いている喫茶店なんてそうそうあるまい。

「八雲プレゼンツ、って所か……ああ、いや。こっちの話」

 俺の呟きに不思議そうな顔した幽香。説明は必要無かろう。軽く笑って流し、店員を呼び止める。

「コーヒーと杏仁豆腐」

「私もコーヒー。それと苺鬼盛りパフェ」

 颯爽と地雷を踏みに行く俺の嫁。オーダーを承った店員の目が一瞬哀れむ様なものになったのを俺は見逃さなかった。いいさいいさ、この程度のワガママを受け止められずに今まで生きていたのがおかしいんだ。

「ねぇ、鉄生」

 懐の重さをさり気なく確認しようとする俺を呼ぶ幽香。

「なんだ?」

「呼んだだけ」

 緩みっぱなしの顔をどう見ればいいのか分からず、行き場の無い視線を窓の向こうにやる。

「鉄生って、照れるとすっごく分かり易いわね。何でも無い風に装おうとするから」

 冷静に解析され、余計に閉口する。落ち着きの無かった俺の手を優しく包む幽香は、きっと美の女神でさえも霞んで見える笑みを浮かべている事だろう。にやけ面を必死に抑えている俺が直視すれば、堪えきれず抱き締めかねない。落ち着け。

「お待たせいたしました」

 丁度良いタイミングで店員がコーヒーを持ってきていなければ、本当に突拍子の無い事をしていたかもしれない。百年生きようが、ガキはガキなのか。


 二人でふざけあったり、パフェを取り合ったり、杏仁豆腐の口移しを要求されて逃げそびれたり、会計がショッキングなモノになったり。

 そんな風に、時間は過ぎていった。詳細については俺のプライドに関わる問題があるので残念ながら省略させてもらう。

「次、どこ行こっか」

 若干テカテカした顔の幽香の手を引く。問われはしたが、既に俺の中で行く場所は決まっていた。

 嗜虐心溢れる嫁を折檻出来たらいいなぁと思いながら、その場所の名前を言う。

「――無縁塚」

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