向日葵畑でとらまえて
タイトルのネタはどうでもよくて
何故かこれを書き上げるのに2ヶ月近く掛かりました。本っ当にお待たせしました
太陽の畑
「幻想郷のエリア51」「天国に一番近い花畑」「獄門島」「グリーンマイル」「13階段」「伏魔殿」など、様々な呼び名で幻想郷に広く畏れられて……もとい、親しまれている。実際の所は、花々を手荒に扱わねば主である風見幽香はそこまで攻撃的な態度を取らない筈なのだが、人と妖怪の噂は恐ろしいもので、ありもしないUSCの影がまことしやかに囁かれているのだ。
「そのせいか」
「そのせいね」
「………」
その虚実(?)の影響はいろんな所に出ており、ついさっきにもその被害が現れた。と言っても、被害者は風見幽香ただ一人であるが。
「しかしなぁ、やっぱ幻想郷だと人間のスペック超える奴が多い事多い事」
「そりゃあ何時も妖怪と背中合わせで生きてるんだから、足くらい早くなるでしょ」
「………」
暢気に話している二人に背を向けて立ち尽くす幽香。その顔はなんとも形容しがたい茫然自失な感じであった。
さて、このフラワーマスターに何があったかと言えば至極単純、子供に逃げられただけである。花畑の際で立っていた男の子に挨拶しただけで相手は声にならない叫びを上げて走り去ったらしい。
普通であれば失礼にしか当たらない行為だが、向こうからしてみれば大妖怪が襲い掛かる一歩手前に見えたのだろう。良くある怪談はこうやって早とちりで逃げ回った者が適当な事を言って広まっていくんじゃあなかろうか。
「まーその内噂も無くなるだろ。風評に害がある訳じゃあるまいし、ほっとこうぜ」
「それが一番ね。下手に親しみやすさでもアピールしようとして博麗が駆り出されたとなったら歴史に残る大馬鹿者になるし」
「そういう時はけーねせんせーに頼むしかあるまいよ。尤も、頼みに行ったら頭突きで記憶を消された、とかなったら笑えないが」
『HAHAHAHAHA!!』
こうやって無神経に話し続ける二人がちゃんと幽香を観察していれば次の瞬間に雷華崩拳でもぶっ放されるのが予測出来たろうに、哀れな事にまともに食らって花畑でスケキヨの真似をする羽目になったのは等しく自業自得だろう。
† † †
「何よ……鉄生も紫も馬鹿にして……」
珍しくグチグチ文句を言いながら、足元の石ころを蹴飛ばしながら手頃な木陰に腰を下ろす幽香。怒っている訳では無いのだが、どうにも腹の虫が収まらない様だ。先程の掛け合いにしても、失礼にも逃げていった者に関しても。
それもそうだろう。自身に何も言われる負い目は無い筈であるのに、ああやって馬鹿にされて良い気分な者はいる訳が無い。ましてはUSCと畏れられる存在であるからには、それ相応のS気質があっての事だ。間違ってもMでは無い。多分。恐らく。メイビー。
「……原因は、やっぱりこれか」
胸ポケットから微妙におわん型に歪んだ新聞の切り抜きを取り出し、溜め息を吐く。おそらくは一連の悪性情報の発生源。記事の日付は2/15、件のバレンタインの騒動……紙面では「血のバレンタイン」と評されている出来事についてのもの。大まかに言うと八雲紫が風見家にライダーキックをかましてご立腹だった幽香さんが、次の日やってきた閻魔様と激烈な戦闘を繰り広げたとか。間近で見ていた馬鹿亭主と焼き鳥娘とその具材(生贄)が言うには凄いけど酷いとかなんとか。
その空前絶後の死合い後、運良く火炙りの刑から逃れられたパパラッチが書き上げた記事が問題のそれである。文文。新聞紙上初めてのR指定が付けられかける程の斬新かつ壮絶な内容には渦中の者達は最早呆れるしか無かったが……なにも知らない暴風域直撃の者からしてみれば、それはそれは強烈な内容であったであろう。USCの固定概念を生み出し、より根強くしてしまう程に。
「あの烏、なんでまともな記事が書けないのかしら……敢えて書かないならもっとムカつくけど」
間違い無く後者。賢明な読者諸君でなくともコンマ1秒で弾き出されるこの回答をすぐさま口にしないのは大妖怪同士の信頼があるからだろうか、はたまた憤怒から呆れになり、そこから慈悲に転向するまでに至ったのか。どちらにせよ、射命丸への怒りはそれ程無い様だ。草花を愛するだけに根に持つタイプでは無いとか言うと失笑されるので止めよう。
「……ハァ」
やり場が無く言い様も無い感情を抱えつつ、どこへやら繰り出そうと立ち上がった時
「ん?」
チラッ、と。何かが目の端を掠めているのを敏感に感じ取った。それも数体。直視しようとするのだが、どうにも素早く隠れられてしまう。
「……そこッ!」
目を瞑って集中し、顔の横を通ろうとした所を見事にキャッチ。ガッツポーズを取って喜ぶが、誰も見ていないのに恥ずかしがって止めてしまう。少し咳払いをして、捕まえたその飛行生物を確認してみると
「……妖精?」
手のひらサイズの人型。背には半透明の虫の様な羽。赤の短髪に赤いワンピース。大きさを見る限りチルノや大妖精とは違い、生まれてそれ程年月が立っていない妖精であった。
「なんか、動かないわね」
蚊の様にバチリと叩き潰した訳では無いのだが何故かぐったりしている。全力で飛行していた所を大妖怪の手にぶつかってとらまえられたら普通正気を保ってなんていられないだろう。
「……えい」
「……〜〜?」
幽香が指で妖精の顔をつつくと、グシグシと寝ぼけ眼(?)を擦りながら起き上がった……かと思えば、すぐさま大の字で寝転がり、本寝体勢に入ってしまった。
「ちょッ、起きないの!?」
「!!」
幽香の声に驚いたのか、目を見開いて文字通り飛び起きた妖精。そのまま裸足で幽香の手のひらに立っているのだが、どうも状況が理解出来ていないご様子。
「……?」
「…………」
辺りをキョロキョロ見回す妖精と目が合った瞬間、幽香の脳裏に再び懸案事項が浮上した。
「(……妖精も新聞は読むのかしら?)」
あの烏なら妖精どころか生きとし生ける者皆購読者と思っているのだろう、例え食卓の中だろうが式典中だろうが夜の営みの最中だろうが構わずに新聞を投げ込んでくるのだ。妖精がその余波を食らっていても不思議は無い。
「……」
「……」
そうであるならばこうやって捕まっただけで騒ぎに騒いで逃げ出すのだろうが、意外な事にポカンとしたままである。呆けたままで顎が外れたかの様に口を開け放っていると虫が入りそうだ。
「……こんにちわ」
「!」
一応、挨拶してみる。この手の妖精は大抵話したりは出来ないが、聞いて理解する事は出来る筈。そう思って話し掛けたのだが
「(なんで涙目になっちゃうのよ!?)」
妖精は何故かビクビクして余計に挙動不審になってしまう。手のひらにある筈も無い隠れる所を探す内にへたり込んでしまい、目には若干涙を溜めている。
「!? !!」
身振り手振りで何かを伝えようとしているが、今一つ伝わり辛い。まるで「食べても美味しくない」と主張するかの動作だが――実際そうだろうが――幽香はそれを感じ取れなかった。
「…………」
どうにも対処に困るその行動に幽香は見つめるしかない。鉄生だったらこういう事に関しては上手く対応出来そうなのに、と思いはするが居もしない人に頼る訳にはいかない。
「……ほ、ほら。泣いたりしないの」
「!? ……?」
見るからに竦んでいる妖精の頭に手……を乗せると押し潰す形になってしまうので、指先で撫でてやる。に触れるとビクッと驚いたが、そのままゆっくり撫でていると不思議そうな顔で見上げてくる。
「(鉄生だったらこうしてる……と思うんだけど)」
他称女誑しと呼び声高い夫の行動パターンを熟知している幽香だが、同性にやるどころかこの様な行動自体初めてである。妙な緊張感と気恥ずかしさが入り乱れてしまう。
「〜〜♪」
対する妖精は、危険が無いと分かれば警戒を解いてだらけきっている。とうの昔に震えは収まり、ゼンマイ人形みたくギクシャクとした動きを繰り返す幽香の手の暖かさに身を委ねていた。
立ったままで数分間、見た目は和やかな、しかし一方からしてみれば困惑しかない時間が過ぎていると、幽香の周りにナニカが集まってきている事に気付いた。
「! 〜!」
「な、なに? なんなの?」
そのナニカとは言わずもがな。手のひらでダレている者と編隊飛行を敢行していた色とりどりの妖精達だ。さっきから一人捕まったのを木陰から見守っていたのだが、和やかなふいんき(何故か変換出来ない)に誘われたのか、赤い妖精から危険が無いと伝わったのか。
「〜? 〜〜」
「! !」
「〜〜、〜〜」
「……♪」
「…………やっぱり、分かんないわ」
肩や頭に乗っかってくる妖精達の会話をどうにか解読しようとするが、これだったらあの半自律人形の方が分かり易いと諦める。どうにか分かったのは、この娘達が幽香を無闇に避けたりはしないと言う事だけだ。
だが、それだけでも
「〜〜、!」
「〜〜……?」
「……なんともないわよ。ただ、嬉しかっただけ」
この、ちょっと感極まるだけで心配そうに顔を覗き込んでくる子達が、とても愛おしく想えてしまう。
† † †
一方、大理不尽パンチの餌食となった二人がいる太陽の畑。
「……八の字、生きてるかー」
「……死んでる」
どうにか上半身を花畑から引っこ抜き肥料になる事は避けられたが、今年一番と言って良い程の攻撃は流石に堪えた様である。二人共々寝転がって全身の痛みを癒すしか無い。
「大体、幽香をからかおうってのがおかしいんだよ。反撃食らったらシャレにならんて分かってんのによー、ったく」
「だったら止めたら良かったじゃないの? 面白がって賛同したのにも罪はあるでしょ」
「いや俺はな、そうやって弄るのにも普段から愛を込めてd」
「なにそれキモい」
「人様が必死扱いて考えた嘘をキモいと一蹴する非道流石妖怪の賢者非道」
「眉一つ動かさずに嘘吐いてんじゃないわよ」
そうこう言っている内に、二人の腹時計はそろそろ昼時を指し示す頃合いである事を互いに確認する羽目になり、
「…………」
「…………」
思わず無言で顔を見合わせてしまい、
「……昼飯食うか」
結局、平時と変わらない誘いに乗ってしまう八雲……であれば良かったのだが。
「…………ッッッッッしょおォォォォォォォォうッッッ!!」
突如舞い戻ったフラワーマスターに踏み台の刑を処され、またもや意識を地の底へたたき落とされてしまった。哀れな役回りは八雲の名を冠する上では仕方がないのだろうか。
そんな惨状を目の当たりにした鉄生は弔い代わりに憐れみを掛けてやる。
「……あー、用件よりも先に足元のに配慮を「今すぐ五人分のお茶と茶菓子の用意をして! 30秒以内!! ついでに服装も整えてウェイターらしく!」暴君ッ!?」
突然の要求に面食らいつつ、理由を聞かずに時を止めて準備をする所は良い忠君乃至下僕になる素質があるのかもしれない水元鉄生。土だらけになった黒袴を何処からか貰ってきた紅執事の服にチェインジし、言われるがまま五人分のカップとクッキーを庭(花畑?)に置いたテーブルに用意する。
「……人使い荒くなったなぁ……」
湯を沸かしながらふと呟いたその背中は、何時になく哀愁漂うものだったとか。
† † †
そして時が動き出してみれば
「……そーか、幽香も遂にロリに目覚めサーセンマジサーセン痛い痛い痛いギブッ、ギブアッー!」
席に着いたのが幽香だけで客の姿が見えないのを鉄生が不審に思い、ティーカップの影に隠れていた妖精を見つけてそんな事を言ってコメカミをヒートエンドさせられていた。
「なによ、私が友達を呼ぶのがそんなにおかしいの?」
「そうとは言っとらん。ただちょいと意外だっただけだ」
確かに、紙面では約66.6倍(当社比)の恐ろしさに改造されていた風見幽香その人が、よもや花畑で妖精と戯れているなんて意外にも程がある。妖精を友達と呼ぶ所も意表を突くポイントだろう。
「〜〜! 〜〜」
「あ、ほら鉄生。早くお茶のお代わり」
「へーへー」
肉体言語(拳で語る事では無い)でお代わりを要求するちっさい妖精の身体にどうやって紅茶やクッキーが収まっているのか甚だ疑問ではあるが、給仕に従事している身である今現在気にする必要は無いと割り切って茶を注ぐ。
「(当て付けのつもりかどうかは知らんが、なーんで妖精なんだかなぁ。機嫌直してくれたみたいだし、後で訊いてみるかな)」
そんな鉄生の疑問は余所に、妖精達を眺める幽香は、何時もと変わらない笑顔を浮かべていた。