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フリーランス2

最初は主人公以外のキャラの視点。

途中から主人公の視点です。

 「風の国」の城砦は城下町を見下ろせる高台の上にある。


 国王の住む城を頂点にその脇に貴族街が存在し、城下町は見渡すばかりに眼下に広がっている。城下町で生きる平民にとって、城と貴族街に住むものはまさに天上人だった。いつか手柄を立てて貴族の仲間入りを夢見る若者も多いが、その殆どが叶わぬまま散っていくのが現実だ……。


 アイリーン・B・シルバも、平民が羨む貴族の一人だった。

「まだ見つかりませんの?」

 美しい銀髪を頭の両側で束ねている。まだ幼さの残る可愛わしい顔を曇らせて、乱暴に近くにあった机を叩いていた。

 束ねた髪が尻尾のように揺れる。気の強そうな銀色の瞳をした美少女だ。

「衛兵が見かけたのだから、そう遠くには行っていませんわ。城下町の何処かに潜んでいるはずなのです!」

「はっ、申し訳ありません! 全力で捜索を続けております!」

 親しい者からはアイとの愛称で呼ばれる彼女は苛立たしげに訊いていた。

 相手は城下町の見回りを仕事とする衛兵だった。

 彼女は高台にある国の頂点、「風の国」の城の一室で衛兵を問い詰めている。

「分かっていますの? 誘拐されたのは城の重鎮の娘ですのよ」

「はっ、申し訳ありません!」

 衛兵は直立不動で答えた。

「精霊石と魔道具の研究は国の威信をかけて行われています。その研究の第一人者の娘をむざむざ誘拐されるなんて……」

「はっ、申し訳ありません!」

「他国の手の者の仕業としたら大変ですわ。まさに国の一大事……あぁ、わたくしの騎士団としての初仕事ですのに……憂鬱ですわ」

「はっ、申し訳ありません!」

 繰り返される衛兵の返事にアイリーンは眉がつりあがる。

 騎士団は、「風の国」を守るために設立された国家直属の少数精鋭の部隊だ。

 構成員はほぼ貴族出身の武芸者たち。

 貴族出身の、鍛錬を重ねた才能のある者の中から、ほんの一握りだけが所属する事を許される。騎士団に入るということは貴族にとってこの上ない名誉なのだ。

 家の力に物を言わせて騎士団入りしてくる者もいたが、アイリーンは努力を続けて騎士団入りを果たした有望株だった。

 歳にしてわずか16歳。

 異例の速さでの騎士団入りだ。

 アイリーンは自分が騎士団にいることに誇りを持っており、初めて任された仕事が思惑通りに行かない事が気に食わなかった。

「何故見つけられないのです。貴方たちの目は節穴ですか! 役立たずはこの場で斬り捨ててさしあげますわ!」

「まぁ落ち着きなさい、アイリーン殿」

「ジャクソン分隊長!」

 恰幅の良い中年男性がアイリーンをなだめていた。

 ジャクソン・V・リース卿。アイリーンの所属する騎士団第七分隊の分隊長だ。

「衛兵を責めても仕方ないですぞ。これはアイリーン殿にとっての初仕事。気負うなとは言わない。しかし今は待つ時ですぞ」

「分隊長の言うとおりだ、アイリーン」

 第七分隊の青年、ベン・C・レーションが言った。かなり体が大きい。

「闇雲に動き回ってもしょうがないだろう? 捜索は衛兵の仕事。奪還は俺たち騎士団の仕事。騎士だって何でもかんでも1人で解決できるわけじゃないんだ。協力していこうぜ?」

「ベン……そうですわね。私、どうかしてましたわ」

「そうそう。居場所さえ知れれば、汚らしい平民なんて俺たちの手でイチコだぜ」

 ベンは剣の手入れをしながらアイリーンに笑いかけていた。

 ベンもジャクソン分隊長も騎士団に入って経験を積んだ猛者で、当然、2人とも貴族の出身だった。アイリーンにとっては先輩に当たる。落ち着いた佇まいは貫禄と言ってもいいものだろう。

 焦りは何も生まない。アイリーンだって分かっている。

(こんな時にお兄様がいてくれたら……)

 弱気だ。自分は弱気になっている。

 アイリーンは顔をはたいて気合を入れた。それを見たベンが口笛を鳴らしていた。

(手柄を立てるのよ、アイ。手柄を立てて、そしてお兄様を……!)

 2年前に立てた誓いを思い出した。

 誓いを胸に努力し、ようやく騎士団に入ったのだ。

 初手から仕損じる訳にはいかなかった。

「伝令!」

 衛兵が息を荒げて飛び込んできた。

「エリス様は田園地帯の納屋に捕らわれている模様です!」

「分かりましたわ。さぁ、行きますわよ!」

 アイリーンは愛用の剣を手に取った。

 豪奢な装飾が施された剣には赤い色の宝石がはめ込まれていた。「風の国」では珍しい「火の精霊石」を装備したバトルギアだ。

「さーて、悪党退治といきますか?」

「うむ。事のついでに、武門の名家『シルバ家』ご令嬢の実力も拝見するとしようぞ」

 ベンは大剣、ジャクソン分隊長は巨大な戦斧を肩に担いだ。両方とも風の精霊石がはめ込まれている。

 ジャクソン率いる騎士団第七分隊が、国の有数魔道具研究家の娘エリスの救出に出発した。


 エリスがフリーたちによって助け出された、実に十分程前の出来事であった。


      ●


 フリーは目を覚ましたエリスを食卓へと案内した。

 義賊「フリーランス」のアジトは赤レンガで造られた二階建ての建物で、一階部分にフリーたちが食事をする空間はあった。

 変哲もない大きな机に、椅子が5つ。

 机の上には四角い板状のギア(魔道具)が置かれており、その上に形状の同じ鉄板がしかれている。

「どうぞ、お嬢さん」

「ありがとうです」

 フリーが椅子を引いてエリスを促すと、彼女は慣れた風に腰をかけた。フリーもランスも自分の椅子に座る。

「ここで、何かするのですか?」

「飯だよ、飯。エリスちゃんも腹が減っただろう?」

 ランスが答えた。

「うちのシェフは貧乏料理しか作らんが腕は立つぜ」

「貧乏料理で悪かったわね」

 小さな厨房からアーチャーが大きな容器に入ったモノを持ってくる。

 彼女は机にそれと取り皿を並べた。容器の中には白くてドロドロした液体が入っていた。液体の中には刻まれた肉や野菜が入っている。

「これはなんですか?」

 エリスが興味を示した。

「これがエリスお嬢様がご所望の『精霊焼き』でございます」

「まあフリーさん。嘘はいけないのです。『精霊焼き』はそれは美味な焼き菓子なのですよ? これは全く焼けていないのです」

「それはこうするんだよ」

 フリーは得意面に机の中央置かれたギアに手を伸ばす。

 ギアを作動させるためのヒネリに触れそうになったその時、フリーは手を止めた。

「悪い。アーチャー、作動させてくれ」

「はいはい。相変わらず無能ね」

「そう言うなよ」

「ま、アンタの場合は仕方ないけど」

 アーチャーがヒネリを回すと、ギアからジジジッと音がし始めた。

 ギアに装着された風の精霊石が光っている。魔力を放出している証拠だった。どうやらこのギアは精霊石から発せられた電撃を、熱に変えて鉄板を熱するモノのようだ。

 鉄板に油を引いて、白い液体をアーチャーが流し込んだ。

 油と液体が反発して跳ねながら、徐々に液体は固体へと姿を変えて美味しそうな匂いが食卓に広がせていく。

「とても美味しそうです」

「だろう?」

 得意気にフリーが鼻を鳴らす。

「城の高級料理もいいだろうが、平民の貧乏料理も捨てたもんじゃないんだぞ」

「アンタが言うな、アンタが」

「ふん、自慢じゃないが俺は料理はできん」

「わはは、俺もだぜ!」

 呆れるアーチャーにフリーとランスがいけしゃあしゃあと答えていた。

 「駄目男ども……」とため息をつくアーチャーは、片面が焼きあがった料理をひっくり返した。まだ柔らかい反対側を鉄板が焼いていく。

「ほぇ~、コレが『精霊焼き』ですか?」

「そうよ。たぶんエリスちゃんが言っていたのは貴族が間違って広めた噂ね。『精霊焼き』はセモーリナ粉を水で溶いて具を入れて焼くだけの料理よ。焼き菓子じゃないわ」

「そうですか。少し残念ですけど、これはこれで美味しそうです。まだ食べられないのですか?」

「あらあら、エリスちゃんは意外と食いしん坊さんなのね」

 鉄板の上の「精霊焼き」を食い入るように見るエリスを、アーチャーは微笑みながら見つめていた。

「はい。よくお父様にも『エリスはよく食べるなぁ』と言われるのです」

「ほほぉ、食い意地のはった美少女か……それはそれで」

「食が細いよりは、沢山食べる女の子の方が俺は気持ちよくて好きだぜ! わはは」

 フリーは顎に手を当て、ランスは大声で笑っていた。完全にエリスを愛玩動物のように愛でて楽しんでいる。いい玩具ができた程度には思っているだろう。

 無論、エリスは気づかない。

「でも大丈夫なのです。知っていますか? 聖騎士アーヴァインもよく食べる方だったらしいのです。だから私も食べても大丈夫です」

「変な理屈だな。では、俺も食べても大丈夫だな」

「俺も俺も」

 フリーとランスが同意する。

「まぁ、お二人ともアーヴァインの事を信奉しているのですね?」

『いいや、全然』

 大声で笑い出すフリーとランス。

「エリスちゃんをからかうのは止めなさい。はい、『精霊焼き』できたわよエリスちゃん。沢山、食べてね」

 アーチャーはエリスの頭を撫でながら「精霊焼き」を切り分けて、取り皿に運ぶ。彼女は彼女でエリスを愛でて楽しんでいるように見えた。

 「精霊焼き」は生地に味が付いているのでソースなどはつけない。

 一口に運んだエリスは顔を綻ばせていた。

「とても美味しいです。アーチャーさんは立派な料理人ですね。私が保証します!」

「ありがとうエリスちゃん」

 やはり満面の笑みでエリスの頭を撫で続けるアーチャーを見て、彼女には妹でもいたのかもしれない。そう、フリーは思った。 

 自分がエリスに妹を重ねて見ているように、彼女も誰かを重ねているのかもしれないと。

 各々が自由に焼きあがった『精霊焼き』を食べ始める。

 小さく一口ずつ食べるエリス。豪快に一気に口に含むランス。あまり食べずに「精霊焼き」を切り分けているアーチャー。

 しかしフリーの取り皿は空だった。

 完食してはいない。ギアの上の鉄板から「精霊焼き」を取れていないだけだ。

「おいアーチャー。俺にも取ってくれ」

「あー、はいはい。本当に無能ね、アンタ」

「気にするなフリー! お前が無能でも、俺たちは見捨てたりしないぜ!」

 口の中をい一杯にして、ランスが笑顔を向けてきた。

 輝いている。ステキな笑みだった。フリーの額に血管が浮き出る。

「実に爽やかな笑顔だ。かつてこれ程癇に障るモノがあっただろうか? 否、ない。あろうはずがない」

「怒らないでよ。アンタがギアに触れないことは皆承知してるんだから」

 アーチャーが「精霊焼き」を一欠けら取り皿に取ってフリーに寄こした。

 一口、よく味わって食べる。

「うむ、旨い。アーチャーは良いお嫁さんになれるな」

「ほ、褒めたって何にも出ないんだからね」

 アーチャーは頬を染めてそっぽを向いてしまった。

 何も出ないと言っていた割には、冷たい水を注いでフリーにさり気なく差し出してくる。変な奴だと、フリーは首をかしげながら水を飲んだ。

 まだ彼女の顔は真っ赤だった。アーチャーは意外に初心で男の裸が苦手だったり、褒めると照れてしまう。

 もっとカラかって遊ぼう。

「もしかして、フリーさんはギアが使えないんですか?」

 フリーの悪戯な思惑を砕いたのはエリスの質問だった。

「あと助けてくれた時にも思ったんですけど、フリーさんバトルギアの魔法を弾いて……いたんでしょうか? ギアを使えない事と関係するのでしょうか? とにかく、フリーさんはなんだか変です。普通じゃないです」

「変……か」

 フリーは食事の手を止めた。

 ランスもアーチャーも開かない。途端に重くなった空気をエリスも感じた。

「ごめんなさいです。誰にでも聞かれたくない事ぐらいありますよね……」

「いいさ、慣れてる」

「でも……」

「いいって。俺も別に気にしちゃいない。なんなら話してやってもいいぐらいだ」

 フリーは軽く微笑んで見せた。

 彼は本当に気にしていなかった。

 普通じゃない。彼が戦った様を知る者なら誰でも口する言葉だった。エリスが初めてというわけではなかったし、「フリーランス」の仲間にも散々言われてきた事だ。

 フリーは「フリーランス」の仲間たちに無能呼ばわりされている。

 その理由はただ一つ。

 彼がギアを使えないから。ギアは誰でも使え、日常生活にも根付いている。しかしフリーはギアを使えなかった。

 それは何故か? エリスは知る由もない。

「教えてください」

 エリスの表情は真剣だった。

「私のお父様はギアの研究者です。もしかしたら、フリーさんの力になれるかもしれません」

 エリスは国の重鎮の娘だ。

 だからフリーたちは彼女を謝礼金目的で助けた。元々興味は薄かったため、フリーたちは彼女の身の上を初めて知った。


 「風の国」の周りには巨大な3つの国が存在する。

 火の精霊石の産出量が多い「火の国」。

 同様に水の精霊石が多い「水の国」と土の精霊石が多い「土の国」だ。

 これらの国は「風の国」と合わせて四大国と呼ばれている。

 今は互いに休戦し交易もしている間柄だが、いつも相手を出し抜ける時を虎視眈々と狙っているはずだ。それは「風の国」も同様で……。

 そのために、他国よりも強力なバトルギアや精霊機の開発は必須となってくる。ゆえに有能なギアの研究者は重要視されるのだ。


 エリスは、重鎮(・・)とされる程の、ギアの研究者の娘ということになる。

 彼女が言えば、提案は現実味を帯びてくる。

 フリーは彼女の目を見た。彼女の瞳に同情の色は見えなかった。純粋な善意からエリスは彼に言ったのだろう。

「エリス……君は本当にいい子だな」

 彼女になら話してもいいかもな……そう思えた。

 フリーは、「フリーランス」の仲間以外知らない秘密をエリスに語り始める。


 それは彼の奇妙な体質についてだった──……

 





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