出会い
ファンタジーモノ初挑戦です!
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少女は語る。
「昔々、聖騎士アーヴァインという英雄がいたのです」
少女のいる場所は人里を離れた小さな納屋だった。
家畜用の干草を収納するための納屋のようで、無意味に広い屋内が少女の周りの人気のなさを際立たせている。
しかし少女の周りに人間がいないという訳ではなかった。
少女の周りを取り囲むようにして屈強そうな大男たちが数人佇んでいる。同様に腰に剣を携えており、さらには人を殺めることに慣れているような凶悪な顔つきさえしていた。
しかし艶美な金髪を短く切りそろえた少女は、祈るようにして両手を構え男たちに語っていた。
「聖騎士アーヴァインは邪悪な精霊たちを打ち滅ぼし、この『世界』に久遠の平和と安寧をもたらしたのです。アーヴァインは『世界』を救ったのです。今の『世界』があるのは全てアーヴァインのおかげと言ってもいいのでした」
少女が語ったのは、かつて英雄と呼ばれた人物の伝説だった。
アーヴァインと言う人物が、どれだけ素晴らしい人物だったのか。
アーヴァインと言う人物が、どれだけ慕われていた人物だったのか。
少女は延々と自身を取り囲む男たちに聞かせていく。
自分がどれだけアーヴァインを崇拝しているのか。崇拝することで幸せな気分になり、争いとは愚かな事だと実感できるのかを、目の前で武器をチラつかせる男たちに説いていった。
「──ですから、争いはアーヴァインも望んではいないのですよ?」
「だったらどうした」
頭に鉢巻を巻いた男が答えた。腹立たしげに腰の剣を抜き放つ。
「お前、自分の置かれてる状況分かってんのか?」
「ほぇ?」
「ほぇ、じゃねえ!」
鉢巻男が少女に剣を振り下ろす。
剣の切っ先は少女の眉間寸前で止められた。
「危ないじゃないですか」
「お前……絶対、状況を理解できてないだろう?」
呆れたように鉢巻男は剣を少女から引いたが、
「そんなことはないのです」
少女は自信満々に言い放っていた。
「あなたたちは、私による、聖騎士アーヴァインの話を聞きに来たに決まっているのです」
「なんでだよ! お前、自分が誘拐されたって分かってるっ?」
「ほぇ?」
「ほぇ、じゃねえっ!」
鉢巻男は地団駄を踏む。
「お前は、俺たちにっ、誘拐されたんだよ。分かるかッ?」
「ユーカイ? なんですか? それは美味しいのですか?」
「うがあぁぁ、コレだからお嬢様はよぉ!」
「お、落ち着いてください兄貴」
少女の答えに再び抜刀した鉢巻男を弟分らしき男がなだめていた。
鉢巻男は肩を揺らし息を荒くしているが、少女は首をかしげて男を見上げている。男と違い無垢で純粋な少女が疑問に満ちた表情で男を見ていた。対照的なその態度はさらに鉢巻男の頭に血を上らせただけのようだった。
顔を上気させた鉢巻男は剣を再び少女に突きつける。
少女には男が何故怒っているのか分からなかった。
「お前は誘拐されたのだ。国の重鎮の娘であるお前を人質にすれば、多額の身代金に貴族の奴らは応じるしかないだろうからな」
「いよ、流石兄貴ッ。悪の鏡!」
鉢巻男の弟分が褒めちぎる。
「そんなに言われると照れちゃうのです」
しかし先に反応したのは少女の方だった。
「なんでお前が照れてるんだよ!」
「だって、私のおかげでお金がもらえるのでしょう? 褒められているのは私に違いないですね」
「ちげーよ!」
鉢巻男が吼えていたが、少女には男が何故怒っているのか理解できなかった。
「すいません……気分を損ねてしまったようですね……」
「ああ、そうだな」
忌々しげに答える鉢巻男。
「私、少し天然な所があるらしくって……」
「大分な」
「お父様にも『エリスは天然だなぁ』と呆れられることもしばしばで」
「親父さんも大変なんだな」
「所でアクノカガミとは美味しいのですか? 売っている店を知っていたら教えて欲しいのですが……」
「そんなモノねぇよ! あと、勝手に帰ろうとするな!」
少女は立ち上がり、納屋の入り口の方を向いていた。
改めて少女を見てみると、縄などで拘束されたりはしていない。鉢巻男と弟分の他に男が数人いるのだからどうとでもなる、ということだろうか。
少女は翡翠の如く透き通った瞳で鉢巻男を見つめていた。
「え……駄目なのですか?」
「駄目に決まってんだろが! えぇい、お前の相手は疲れるな。弟分、こいつの口を塞げ」
弟分は鉢巻男に命令されるままに手を当てて塞いだ。
よく見ると、弟分の手は茶色にくすんでいて汚らしい。
手を当てられた少女は目を白黒させて暴れだした。弟分の脛に蹴って「あいた」と悲鳴を上げさせていたが、腕力の差は歴然ですぐに取り押さえられてしまう。
「柱にでもくくり付けとけ。たくっ、誰だよ? 逃げられるわけないからくくる必要もないだろう、なんて言ったの」
「兄貴ですよ」
「そうだっけか?」
「貴族の女にも優しいなんて流石です! 兄貴は悪の鏡です!」
「ふふん、そう褒めるな。照れるじゃねえか」
鉢巻男と少女を拘束し終わった弟分が声を揃えて笑っている。
少女は不自由な思いをしていた。
柱に張り付けにされてしまい動けない。動けないことがこんなに不快だとは思っていなかった。口にも布を噛まされてしまい唸り声しか上げることができない。
少女は思う。
おかしいな。どうしてこんな事になったのだろうと。
城下町には「精霊焼き」という美味なる焼き菓子があると聞き、城から抜け出してきたのがマズかったのだろうか。
父から貰って貯めていたお金で「精霊焼き」を買って、父と一緒に優雅なティータイムを楽しもうと考えていたのに……少女の心の色は黄色から徐々に暗い色に沈んでいく。
「さて、問題はどうやって身代金を要求するかだ」
「ここまで上手く運べたから、足はつけたくないですね」
「だな。ここは慎重にいこう。普段貴族に虐げられてる分、要求額は天文学的な数値にしてやるぜ」
「悪いです。流石兄貴、悪いです」
鉢巻男たちは集まって話し合いをしていた。
少女は誘拐というものを知らなかった。しかし良からぬ事をされるのだろうという事は理解できた。
ここに来て、初めて少女の心は逃げなければという思考に至る。
自由になる目で男たちを観察した。男たちの得物は腰に吊るした一振りの剣だけに見える。
だが一筋縄ではいかない。世間知らずな少女ではあったが男たちの武器の事は知っていた。
戦闘魔道具──そう呼ばれる剣の柄には緑色の宝石が埋め込まれていた。
「風」の精霊石だ。
4大属性の1つ「風」の魔力を内包した、「風の国」で最も出土量の多い精霊石である。
魔道具の種類によって風を起したり、電撃を放出させたり、空気圧で体を少し持ち上げることもできる。電撃や風を発生した力は生活に活かされており、「風」の精霊石は「風の国」の生活文化に定着した生活必需品だと言えるだろう。
精霊石があり、魔道具があるからこそ、現在の「風の国」は成り立っているとさえ言える。
しかし戦闘魔道具は危険だ。
精霊石から抽出した魔力を殺傷能力に特化させ、突風や真空波を巻き起こし、相手を消し炭にできる程の雷撃を生み出すこともできる。
男たちの持つ剣は、使い手次第では分厚い鋼鉄の板さえ切り裂ける能力を秘めている。
そういう代物だった。
「身代金を手に入れたらどうしましょうね?」
「俺、国を出て結婚するんだ」
「本当ですか! 兄貴、俺たちも是非式には呼んでくださいね」
鉢巻男たちはのん気に会話を交わしている。
誰も腰の剣に手を伸ばしていなかった。少女の事など眼中に無い……そういうことだろう。納屋の中には視界を妨げる大きな障害物もなく、もし少女が逃げ出したならすぐに感づかれる。
少女に逃走経路は残されていなかった。
しかし少女は思う。
なければ作ればいいのだ。
只の少女には不可能だろうが自分ならできる。
少女が自身に内包された力を解放すれば、このような状況の打破は容易だ。
「これ、彼女の写真」
「おおー、美人じゃないですか!」
鉢巻男の見せた写真に群がり誰も少女を見ていなかった。
やるなら今しかない……帰って、父と「精霊焼き」を食べるのだ。食べるったら食べるのだ。悲壮な決意を胸に少女はまぶたを閉じた。
柱に縛り付けられた少女の手に怪しい光が揺らめく。赤い色の光の粒子だ。やがて粒子は少女の手に集まり小さな炎となった。
少女は炎で柱に結ばれた縄を焼き切りにかかる。
鉢巻男たちは話に華を咲かせていた。
「どうだ、可愛いだろう? ちなみに、俺の彼女の得意料理はパインサラダ──」
その声が、いきなり凍りついた。
納屋の入り口の扉が木っ端微塵に弾け飛んだのだ。強烈な風と共に砕け散った木片が鉢巻男たちに降り注ぐ。
「な、なんだ?」
困惑した表情を浮かべる鉢巻男たち。
突然の出来事に驚いたのは少女も同じで、慌てて手の中の炎を消し、納屋の入り口に目を向けた。
長身の男が立っていた。
艶やかで吸い込まれそうに長い黒髪は後頭部で纏められ、肩口まで動物の尾のように垂れていた。丹精な顔立ちに、意志の強そうな黒い瞳。美男子と形容するに相応しい男が剣一本携えて、納屋の入り口に立ちふさがっている。
一瞬、少女は美男子に目を奪われるも、
「なんだ、お前は!」
鉢巻男の叫びで我に返っていた。
「何者だ、名を名乗れ!」
「陳腐な台詞だな」
「なんだとぅ!」
鉢巻男たちは激昂し、腰の剣を抜き放った。
人を殺すことに特化した魔道具──戦闘魔道具だ。
鉢巻男たちは悪党だ。少女を誘拐したり、日の当たる所を歩けないような後ろめたいことを続けて来たに違いない。
隠れ家を見られた鉢巻男の行動に躊躇はなかった。
「風よ! 巻き上がり、俺の敵を八つ裂きにしろ!」
刹那、鉢巻男の剣が振るわれる。
柄にはめ込まれた精霊石が煌き、男の剣筋に沿って巨大な真空波が切っ先から迸った。
目に見える程に圧縮された風の刃が美男子に迫る。
「むーむー!」
逃げて。少女は不自由な口で叫んでいたが時は既に遅し。
残忍な狂風が美男子を切り刻む──
「ふぅ、面倒だな」
──はずだった。
風が止んだ時、美男子は片手を突き出した姿勢で立っていた。
無傷だ。擦り傷一つない完璧に傷の無い状態で、美男子は剣を肩に乗せたまま気だるそうな表情をしている。
「な、何だお前は!」
鉢巻男の顔は引きつっていた。
未知に対する恐怖からだろうか? 剣の切っ先は、人体を両断するには十分な剣風を受けて生きている美男子に向けられたままだった。
「何をした? お前は何者だ!」
「説明するのも面倒だが、見目麗しい女性の前だ。名乗ってやるから感謝しな」
美男子が剣を鉢巻男たち向ける。精霊石は確認できない。何の変哲も無い鋼鉄の剣だった。
しかし男たちは肩を震わせて、一歩後ずさっていた。
少女は思う。見目麗しいってどういう意味だろう、と。
「俺の名はフリー。フリーマン」
美男子の名乗りと共に、鉢巻男たちの表情が凍りつく。
「義賊『フリーランス』のしがない鉄砲玉さ」
美男子──フリーと鉢巻男たちの戦いが始まった。
少女──エリスは後に語る。
「昔々、聖騎士アーヴァインという英雄がおりました。アーヴァインの鎧は全ての魔法を防ぎ、剣は全ての魔力を薙ぎ払うことが出来たといいます。
彼の能力はまさにそれ……いえ、それのような気がしました。何故でしょう? 理由は分かりません。ただ、これだけは言えるのです──」
彼こそがこの物語の鍵であり、主役なのだ、と──……
次回からは主人公視点の3人称で書くつもりです。