クラークソン風先進安全装備への警鐘と哲学
私は常々先進安全装備、ローマ字四文字に直すと途端に覚えづらい割に公益性の高い省庁のような字面のADASというシステムについて、常に疑問を覚えてきました。そこで、私がスズキの本格オフロード四駆、JB64 4型ジムニーに乗ってみたところ、改めてその疑念が確信へと変わりました。
まずADASとは何かをお話しましょう。
ADASというのはAdvanced Driver Assistant System、直訳で『進化した運転者補助システム』意訳して即ち『先進安全装備』と銘打たれている通り、運転者による正常な判断能力が欠如した状態や限りなく運転行為の続行が不可能な際に機械の側から『おい運転手、その先は崖だぞ』と警告を発したり、もしくは『おい待てやめろ』と自動的にその暴走を抑えることにあります。
例えば、街中でコンビニエンスストアやスーパーに立ち寄った際、ガラの悪いヒッピーかぶれの馬鹿だったらこうするでしょう。
ちょっと広い郊外のコンビニエンスストアやスーパーは、まるで映画キリングフィールドのようにあちらこちらからゲリラ的にやってくる老夫婦や親子連れ、もしくは自転車に乗ったさもエコ活動に興味津々ですと云わんばかりの人々で溢れかえり、週末の午後は混沌とした様相を呈しています。
そんな駐車場で、ヒッピーかぶれの自分は運転が上手いと思い込んでいる馬鹿がクラクションを親の仇のように搔き鳴らして窓を開け放ち『おいこのナチ野郎、その馬鹿みたいにデカいチ〇ポをどけろ!』と云いながら、残留している歩行者に対してアクセルを踏もうとしたとします。ですがADASはそういう行為に及びそうになった時にどうするか。
答えはブレーキと警報です。
多くのADASではレーダーとカメラを統合した車外を監視するシステムがADASのシステムが実行されている計算領域に対し『おいADAS、この馬鹿運転手が人を撥ね殺そうとしているけどどうする?』と映像を寄こして問いかけます。
するとADAS本体がアクセルやブレーキなどをコントロールするECUに対して『おいECU君、この馬鹿運転手が人を撥ね殺そうとしている。まぁとりあえずいい感じで頼むよ』と指示を出します。
指示を出されたECUは『よくわからないけど、とりあえずブレーキ踏んどくよ』とブレーキを作動させます。そしてADAS本体はブレーキの実行と同時に『歩行者をひき殺しそうなのでブレーキを作動させました』というメッセージ、実際にはもっと短い文章ですが、概ねそういう意味のメッセージを出しながらビビビビビビビとけたたましく警報を鳴らします。
結果的に、発進は抑制されて、罪があるのかないのかわからない残留歩行者は守られます。
ほかにも、ADASは意識が酩酊状態にあるかどうかを車内の監視カメラで見張り、意識レベルが低下して今にも寝落ちしそうな瞬間、ビビビビビビというけたたましい警報を揚げ『おいこのフランス野郎、ワイン飲んで寝てないで仕事しろ』とせっつくとともに、ステアリングに介入して車線から逸脱しないようにします。
そのほかには、車線逸脱警報システムや前方車発進警告、前・後方衝突警報など、多くの警告関連は全て、ADASと紐づけられています。つまり、ADASはこれらの警報・警告システムと一心同体というわけです。
ここで大事なのは、このADASというシステムは、テレビのCMや政治家たちが挙って『何かミスしても機械がカバーしてくれるから大丈夫。適当に運転してればいい』と云った誇大広告を張っていることです。実態は先ほど説明した通り、非常に地味な物でありながら、確かに重要な機能であると云えましょう。
ですがこれらの機能は、主に運転者が決定的に判断を誤った時のための最後の防護ネットであるということです。ではなぜ私はこれに疑念を覚えてきたのか、何故JB64ジムニーに乗って、その疑念が確信へと至ったのか、まずは結論から先に申し上げましょう。
結論から言うならば、ADAS、つまり先進安全装備はまだ人類には早いということです。
おいおいちょっと待てよ、ADASはパソコンと週に10日以上向き合うのが趣味の暗くてジメジメしたスコットランドかぶれの人たちと、現場で汗水たらして働いているヨークシャー気取りの人たちが集まって、ああだこうだと話し合い実験し手探りで作り上げてきた技術の結晶だぞ、という言葉は一端のみこんでもらいたい。これには実は、訳があるんです。
私が実際にJB64ジムニーのMT車に乗って体感したこと、そして他の試乗車や代車などを乗って体感したこととしては先ほども説明した通り、人類にはまだこれら先進安全装備は早いということです。ではそれはなぜか、実体験を混ぜてご説明しましょう。
1.車線逸脱警報システム
まず車線逸脱警報システムや居眠り運転防止機能は、機能としての正確性が著しく低いということです。
車線逸脱警報システムはカメラとレーダーでセンターラインや路側帯を確認したら、その範囲から方向指示器などによる車線移動の合図が行われていない状態で跨ごうとした際に警報を発し、運転者に『おいこの間抜け、ケツ掘られたいなら貴様のケツにしろ』と警告することにあります。
しかしながらこの車線逸脱警報システム、車種によってバラツキはありますが、例えば高速道路を走っているときに、風防と防音壁を兼ねた高い壁が路側帯よりも車線内の方に影を落としていたとしましょう。私はジムニーが納車されてからジムニーにしろ代車で借りたヴェゼルにしろマーチにしろN-VANにしろワゴンRスマイルにしろ、これらの影をセンターラインないしは路側帯と誤認し、影を踏んだ際にけたたましく警報を発せられたのです。それも何度も。
車内には当然ミンミンミンミンンミンミンミン!と、さも私が方向指示器を点灯させ忘れたと云わんばかりに警報が鳴らされます。こう言う機能に慣れ親しんだZ世代の人ならばまるで子守歌か何かのように聞こえるのでしょうが、こういうものに慣れていない私たちミレニアル世代の老人にとっては『車がおかしくなった! 俺は何もしてないのに!』と大パニックに陥ることでしょう。きっとあの路側帯を跨いで止まっているスバルインプレッサSTIの運転手も、同じ目に遭ったことでしょう。
他のパターンだと、交差点に入った際に路側帯を見失ったのを『運転者がウィンカーなしに車線変更を行おうとしている』と誤検知して警報が鳴らされることがあります。勿論、実際のところは交差点を正しく真っすぐ進んだり、カーブしている交差点ならばカーブ角に合わせて進行していますが、2001年宇宙の旅から25年たってもまだ、機械はこういう誤検知を行ってしまいます。
そのほかに、逆に鳴らないパターンもあります。
日本には駐停車車両や障害物や交通整理の時などを除き『追い越しのためのセンターラインをはみ出しての走行禁止』を表す黄色いセンターラインが多くの道路で設けられていますが、カーブを曲がるときにインコースに入り込み過ぎて跨いでしまったときや、緩くもなくきつくもないカーブをアウトインアウトで抜けるときなど、鳴るときと鳴らないときがあります。彼らは、失敬、カメラやレーダーに性別はありませんね――ですが彼らは、一体何を見て判断しているのでしょうか。雲の形かな?
いいえ、ADASは雲の形を見て判断しているのではなく、これらのシステムと紐づけられたカメラやミリ波レーダーは主にコントラストや反射光に強く反応します。このため制御ロジックに組み込まれている『これは黄色だ、これは白だ』とか『これは歩行者だ、これはどっかの馬鹿の置いた傘だ』と云ったことを処理するのですが、40km以上での走行中や反射光やカメラシステムの処理の限界などからこれらに対し、正確であるとはいえない検知の仕方をするのです。
2.居眠り運転防止機能
次に、居眠り運転防止機能ですが、車内のカメラや車体姿勢の短期的な変異やステアリング操作やジグザグ走行をしているかなどで意識レベルを確認していると云いますが、機械に人間の意識レベルがわかるのかって? 答えはNOです。これは外的要因や環境変異によっても誤作動を引き起こすからです。
例えば郊外の制限速度時速80kmの道を75km程度で走っていたとしましょう。きっとジェームズ・メイならこう言います、まるで光のような速さだ。
ですがこの日はちょうど強風が吹き荒れていました。気圧差によって嵐のように右や左や正面や後ろから風が襲い掛かってくるのです。それはさながら東部戦線に派遣された武装親衛隊がロシア兵に包囲されるようなものです。軽い車体でも重い車体でも、大風量で車体を強く押されては車線維持は困難を極めます。特にジムニーやN-VANやワゴンRなどの空力特性に劣る軽量な車体ではより顕著です。
田んぼやあぜ道を通り過ぎようというとき、まるで叩きつけるかのように渦を巻くようにして風が車体のあちこちを痛めつけていくわけです。終いには隣接する車線に追い込もうとしてきます。
そうなると自然、風速によっては即座に充て舵をしなければ車線を逸脱して横を走っている車と衝突してしまいます。そういう時、車はこのふらふら運転を意識レベルが低下していると判断し、ミンミンミンミンミンミンミンミンミン! 警報を発しさも私が今にも寝落ちしようとしていると、自信満々にメッセージを送ってくるのです。余計なお世話だ。
これらもまた、ステアリング操作の緩急や車体姿勢の不安定さ、車内カメラがある場合には運転者の頭の揺れ方などから寝ているのではないかと判断して警報が鳴らされます。つまり、外的要因の変移や交通状況などを検知しているわけではないのです。
3.先発車発進警告
先発車発進警告などは、レーダーとカメラを使っているにも関わらず、先頭に車両が居らず、なんだったら時速40kmで走っていたにも関わらず無慈悲にも機械から鳴らされたことがあります。
結局近場のディーラーで見て貰ったところ、この警告は100m先の車両を検知して発されていました。100m先の車両が発進したからってどうしろと云うんだ。時速40kmで100m先だなんて、そんなの、遥かな彼方の出来事だ。
その時は大気中の水分量が多くレーザーが屈折でもしたのではないかと云うことでしたが、湿気の少ない冬場にもこの誤作動は発生しました。きっとADASは、私では100m先の車両が発進したと伝えなければ運転操作が危ういと、そう考えているに違いありません。
ほかにも、対人対物衝突警報ですが、これらは狭い街並みを走っていると頻繁に誤報を鳴らしてきます。例えば越谷の旧街道や、例えば東京都内なんかでね。
カーブを曲がった先に次のカーブと、カーブの手前の歩道側に電柱があり、しっかりと車線をキープした状態で安全な速度で電柱の横をカーブに沿ってすり抜けようというときに、車は何を思ったのかビーーーーーーと、囚人が看守の目を搔い潜って脱走でもしようとしたときのような警報を鳴らしながら力強くブレーキを踏んでくるのです。
そして肝心のメッセージの内容は『おいこのボケナス、道路上にミンチ肉をぶちまけるつもりか!』という内容。勿論、そこに人はいません。どころか車線内にも人はいません。これはADASが電柱を人と誤認したことによって勝手にブレーキを掛けてきておきながら『あぁそうかい。そいつが人じゃなくて良かったな』と、自分の判断に間違いはないと威張り腐っているに違いありません。
ですがこれもまた理由があります。これはスカイネットによる反乱ではなく、金属反射が丁度数メートル直ぐ傍と誤検知したり、もしくはレーザーが空気中の水分方で屈折したりや陽炎を誤検知するなどが原因として発生します。
4.ヒルホールドコントロール
次に、ヒルホールドコントロールです。確かにヒルホールドコントロールは便利です。坂道発進するときにブレーキから足を放すとブレーキが維持され、スムーズな発進を補助してくれます。とりわけブレーキから足を放しただけでは踏力の発生しないマニュアルトランスミッション車両ならば猶のことその恩恵をダイレクトに受け取れます。
しかしですね、これがまぁ何かと使いにくいんです。なんせそこが坂道であると判断するのは車ではなくECUやADASの方なのです。そう、ここまで様々な悪辣な機能の悪辣な作動特性をいやというほど聞かされてきた主犯格であるパブロ・エスコバル、即ちADASと、その実行役であるコカイン中毒者、ECU君です。
つまり、彼が――もちろんシステムに性別などありませんが――彼が例えば斜度20度くらいある立体駐車場の只中で止まらざるを得なくなったときに、普通の車ならば重力の掛かり方や車体の角度、ブレーキフルードの負荷のかかりかたなどから自動で調整するところを彼は『う~ん、車の斜度計は斜度が20度だというしリアが引っ張られる可能性があるが、まぁ気のせいだろう。俺ならここはブレーキ補助なしで進めるね』と判断したら、この便利なシステムの恩恵に与れないのです。そして極端な例えにはなりましたが、先述のこれは実際に遭ったことです。
あれは忘れもしない土曜日の昼間、意気揚々と買い物を終え日用品と食料を買いにディスカウントストアへ直行した日、なんとディスカウントストアの駐車場の入口である坂道の、駐車場から出てくる方にアルファードが停車していたのです。車体を坂道に預けてね。そして3速で曲がり角を曲がってきた私とジムニーはそのアルファードの目の前で更なる減速を迫られ、最終的には停車させられることとなりました。単純にアルファードの位置取りが悪すぎて、車体を入れると間違いなく衝突してしまうとわかっていたからです。
地獄はここからです。停車してから1分後、何処からともなく人がやってきてディスカウントストアの駐車場入り口の坂道をふさぐアルファードの後部座席に乗ったのです。乗員の乗り降りならば駐車場で行うべきだ。安全に乗り降りしたいならね? 私がまともな人間でなかったら今頃彼と彼のアルファードを跳ね飛ばしていたところだ。
迷惑アルファードが去ってディスカウントストアに入れるようになった私はローギアでスタートし、斜度20度くらいの坂道に入る前に2速に挙げたかったのですが、生憎と車速もトルクも必要十分には達していませんでした。必要量に達する頃には坂道の只中。必要最低限量に達したのを確認し2速に挙げた瞬間、お分かりですね? そう、ミッション車を運転する誰もが恥ずかしいと手を額に充て天を仰ぎ見るお決まりのイベント、エンストです。これは私の単純な操作ミスです。坂道でギアを揚げるならばもう少し車速を乗せてから行った方が良かった。
ブレーキを踏み発進時の制動力はヒルホールドコントロールに任せてエンジンをスタート。今では希少となった普通免許で免許を取った身の上です、当然エンストからの復帰は慣れたものです。自慢ではありませんが私は教習所在籍中に二回しかエンストさせたことがありません。
さてエンストから復帰してではいざ、クラッチを半クラ繋がり始めの位置に、アクセルは3千回転にまで入れようとブレーキを抜いた瞬間、制動力を失った車体は一気に坂道を下り始めました。まかり間違ってもリバースに何かいれていません。私は間違いなくローギアに入れていました。ですが車はきっとヒッピーみたいに『斜度20度だったら俺にとっては坂道じゃないね。こんなの赤ん坊でも立て直せるよ』とでも思ったのでしょう、2秒間のブレーキホールド機能が働く気配はありませんでした。
私がこのへそ曲がりマシンに四苦八苦しているうちに再び発進。今度はヒルホールドコントロールが働き2500回転でクラッチを少し雑目に繋ぎ、漸く坂道を脱出する頃には総試行回数は4回にまで上りました。
まるで四人組なのにバンド名は五人組なバンドのへたくそなヘッドバンキングのように前後動をギッコンバッコン繰り返し、中の人が朝食と感動の再会を果たすきっかけを提供してくれました。
サイドブレーキを引けばいいという意見もあるでしょう。ですがこの時の私は違いました。私だってかっこよくサイドブレーキなしで坂道を脱出したい。そんなの、簡単だろ?
5.ヒルディセントコントロール
では次にいこう。
ヒルディセントコントロールだが、これもやはりミッション車とは相性が悪い。ミッション車ならば通常下り坂での坂道発進時にはニュートラルで下りつつ、必要な回転数と車速に入ったら2速に入れて発進したい筈。しかしながらヒルディセントコントロールはそれに真っ向から反目します。まるで結果を残したら『彼こそイギリス人だ』と認めるイングランド人のようなもの。イングランド人が結果を残したってイングランド人はイングランド人なのに、スコットランド人やウェールズ人が結果を残したら『見事だ! 君こそは誇り高きイギリス人だ!』ってね。ついていけないよ。
ですが、この例えも強ち間違いではありません。何故ならヒルディセントコントロールもまた、悪名高いECUに直結しているからです。即ち、ヒルホールドコントロールと同様ここを坂ではないと認識すればオフになり、ここを落差350mの大瀑布と思えばオンになる、非常に厄介な代物なのです。
これがノンクラ、つまるところオートマチックトランスミッション車両ならば我慢の仕様もあります。というのも、AT車両に乗る多くの人がこれら先進装備の具体的効果など理解していません。
『おや何だろうこの波線の上に車が乗っているマーク。よくわからないけど取り合えず押してみよ――――おやぁ? おい、この車壊れてるじゃないか。このマークを押しても何も反応しないぞ』
大方の人はこんな反応でしょう。ですがこれがマニュアルトランスミッションともなると、苦痛は絶大です。
下り坂で惰力から2速発進しようとすれば全く引き摺られて行かなかったと思えば、次の下り坂で停車して発進するときには『どうせ効きゃしないだろう』と思ったら急に前に引っ張られる。この車は間違いなく、未来から送られてきたターミネーターに違いありません。
これらの車体の姿勢センサーに依存するシステムが誤作動する理由は一つで、個体差かECUの学習の偏りなどで車体姿勢センサーの閾値が上がっているか、もしくは車体姿勢センサーは必要値に達しても他の値が必要値に達していないなど、複合的な理由から勝手にオフになることがあるのです。
6.前後方向誤発進抑制システム
私が未来の超技術と仲違いしている間に次に進みましょう。
次は前後方向誤発進抑制システムです。
これらは昨今高齢化の波が進み必須だとされている機能ですが、私からすれば――無用の長物です。
MT車に乗っているならば誰もが日常的にクラッチの操作を行います。クラッチの役割とはすなわち、ギアボックス上にある歯車に小さな遊星歯車を合わせるにあたり、宛らダストクラッシャーのごとく高速回転し続けるギアボックスへと加えられるエンジン踏力を伝達するクラッチ板を離したり接触させたりを直接的に操作する装置です。
これがあるからこそ、熟達したミッション乗りの運転操作は下手なノンクラ乗りよりも質の良い運転を可能にします。そしてエンジン踏力を伝達するクラッチ板を離したり接触させるということは、エンジン踏力の伝達を切ったり繋げたりすることと同義なわけですが、昨今日増しに増える高齢者による踏み間違え事故の多くはAT車両が大勢を占めています。
これはAT車がエンジンをスタートさせブレーキを離すと、トルクコンバーター――エンジントルクを増幅してトランスミッションに直接伝えるオイル式クラッチですが――内に蓄えられたエンジントルクがトランスミッション内のクラッチボックスやプーリーやギアボックスに伝えられ前後進する踏力に変換されます。この時に急激にアクセルを踏むことで所謂“誤発進”が発生します。ですがMT車ではクラッチを繋げない限り踏力は伝達されず、ギアボックス内の歯車は噛み合うものもなく、その様は映画フォレスト・ガンプの主人公、フォレストの認知特性のごとく、虚しくも空回りし続けるのです。その末路は彼の恋人ジェニーのような、クラッチの破損です。
しかしながらこれらをMT車にも標準化すべきだという意見もまた根強く囁かれています。到底正気ではありません。何故なら前述した通り、MT車の運転挙動とは全て、運転者の運転操作に直結しているからです。つまり誤発進をしようにも雑な操作やアクセルとのふみ間違いが発生すれば即座に気が付ける構造だということです。
AT車でこれらの機能を体験させてもらいましたが、ほんの少しのアクセル操作やクリープ動作でも誤作動する瞬間もあり、本質的にAT車に必要なのは誤発進抑制機能ではなくアクセルとブレーキの踏み間違いを減らすことではないかと云うことです。昨今のAT車両ではブレーキは幅広、アクセルは細長い形状が一般的で、アクセルのすぐ横に、それこそ踏もうと思えば両方とも踏める位置に設置されていることやワンペダルに統一されている車両も多いです。こういう構造は潜在的な踏み間違いリスクを増やし、運転者や周囲の人間への危険を増やしているのです。
これらは車速検知やアクセル操作の急峻さなどから判断されますが、つまり多くの場合の誤検知はアクセル操作が雑であることに起因して発生しますが、アクセル操作を丁寧に行っても、今度は画像検知やAT車ならばシフト位置の誤検知などから踏み間違いと誤検知する場合があります。
だからこそ私は昔ながらのマニュアルが好きなのです。アクセルを踏み込まずにクラッチを離せばエンスト、アクセルを踏んでいても必要回転数より低ければエンスト、坂道発進にミスればエンスト、回転数が高すぎる状態で半クラにしたらクラッチフェーシングが焼け付いて操作不能。
私はこういう儘ならなさが、大好きなのです。車に乗ってエンジンを掛けたときに『やぁ、今日はどんな気分だい?』と聞くと『クソッタレ、エンジンが冷え切ってて最悪だ!』と車からダイレクトにフィードバックが来る。まるで30年来のへそ曲がりの友人のご機嫌取りをしながらするような運転で内心『面倒くさいなぁこいつ』と思うこともありますが、これが良いんです。
7.衝突警報・衝突被害軽減ブレーキ
このほかに衝突警報や衝突被害軽減ブレーキなどというものもありますが、これらのシステムは確かに便利です。しかし機械に最初にインプットされているデータやレーザーのゼロ点補正が狂っている場合、これが途端に苦痛に変わります。半車長分以上離しているにもかかわらずピーピーピーピーピー! まるでザフールのリードボーカルのようにけたたましく警報が掻き鳴らされ、しまいには『お前には車間を図る能力がないから私が止めてやった』と、偉そうな顔して――勿論車に顔などありませんが例えばなしです――偉そうな顔して私に云うのです。ぶつからなくてよかったなと。余計なおせっかいだ。
ですがこれならもっといい方法があるのも確かです。アクション映画のワンシーンのようにスタントマンもしくは死刑囚等の重犯罪者を括り付けて、彼らの悲惨な悲鳴の度合いで測ればいいのです。彼らはきっと『いい加減止まってくれこのクソボケ野郎!』という悲鳴交じりの罵倒を聞かせてくれるでしょうが、そんなものが無くても、私の目で適正な車間を空けて止まれるよ。
勿論、これは渋滞路や街中での話です。これが制限速度50km/h以上の道路の場合どうなるかと云えば、これらのシステムは殆どの場合、オフになります。これは運転者が自発的に40km以上を出したとシステムが判断するわけですが、街中や渋滞路でこれらのシステムが誤作動するのに、今度は制限速度50km以上の国道や県道や広域農道などの道路でこれらのシステムが作動しないのも考え物です。
詰まるところこれらのシステムにおんぶにだっこの人たちは、いざというときにはシステムに守って貰えると夢見る機械のように愚直に信じ込み、そして注意散漫なまま重大事故を引き起こしかねないということです。私がミスしても機械に守って貰えるとね。身の毛がよだつとは正にこのことです。
これらのシステムの本質とは衝突被害が発生しそうな際に安全に停車させることですが、どうにも現代の技術では40kmで走る車両を壁に向かって進ませ止まっているところを指して『見ろ、これが未来の安全の在り方だ』と吹聴するのがやっとのようです。
勿論、未来のシステムならば我々が少年時代に夢に描いたような安全な社会が広がっていることでしょうが、現状の車載されているカメラシステムやミリ波レーダーでの人の検知にはムラがあり、また障害物の有無などを考慮に入れていません。これは制御ロジックの問題ではありますが、これらが不完全なままに搭載が義務付けられていることそのものが危険であると考えざるを得ません。
8.アダプティブクルーズコントロール
この系統で云うならば、ACC、即ちアダプティブクルーズコントロールもその類です。
昨今の車両には大抵搭載されるこのアダプティブクルーズコントロールという機能ですが、なんと、これがないと運転行為がつらくて仕方がないという意見があまりにも多いのです。
誤解の無いように云うなら、私はACCというシステムそのものには概ね好意的です。多くの長距離を移動するトラックドライバーの皆さん方が日頃からお世話になっている機能の代表格と云っていいでしょう。
ですがそれは、急には止まれないトラックだからこその話。先ほどの衝突被害軽減ブレーキや警報と同様、車速程度自分でコントロール出来てなんぼのものを、多くの一般ドライバーの人はACCの速度維持機能を悪用して下限を低く設定したり、あるいは高く設定したりしているのです。それだけでなくACC機能をずっと点けっぱなしにして車速管理を自動車に丸投げしているのです。これは由々しき事態です。彼らは事故したときにこういうのです『私は運転席に座っていただけだ。実際の運転操作のほとんどは車に丸投げしていたから、事故の責任は車にある』控えめに云って、異常です。
ですが多くの人が実感する通り、日本の道のほとんどは都心部でも郊外でも急な信号の変化は日常茶飯事。この状態で古い規格のACC、つまり定速型ACCを起動させていたらどうなるか、彼らは信号なんて見ちゃいません。『アクセルから足が離されたけど知ったことか、俺は60km/hを維持しろと云われたんだから落としゃしないぞ――あれ、ブレーキ踏まれちまったよ』と云わんばかりに赤信号に突撃していくミサイルの完成です。これには北朝鮮の金総書記も大絶賛して北朝鮮軍の新型兵器として迎え入れてくれることでしょう。
勿論これらのACCの使い方が誤っているのは私自身理解しています。しかし多くの人がACCを前方の車両の車速に合わせて、あとは前方の車両に引っ張っていって貰うものや、アクセル操作のほとんどを車に任せ昼飯や不倫相手とのメッセージ、もしくは車内でのいかがわしい行為を行うために活用されているのは客観的な事実です。
そのほかに、ACCを利用することで、ACCの動作アルゴリズムによっては少しの減速でも減速を検知した途端に強くブレーキを踏むような、学習の成果のかけらもないものもあります。これは巡り巡ってブレーキの連鎖を生み、渋滞を引き起こしかねない。
特にMTの場合、前方車両追従型の場合5速の時速70kmで走っている最中に1km程度の余裕をもって時速45kmまで下がったとしましょう。参考までに私のジムニーでは45kmは4速です。こういうときにACCは自動で変速操作をしてくれるでしょうか? 答えはNOです。車速の変動によって変速操作の必要に迫られた際には自分で変速しなければなりません。
それは普通だろと皆さんは思われるでしょうが、自動で変速操作がなされる場合、それはもはやマニュアルトランスミッション車両ではありません。多段変速式ATと変わらない。それならパドルシフト付きのSUVや4ドア1ハッチのステーションワゴンにでも乗ればいいんです。
ですが自動で変速されないならば激しいノッキングに晒されることになり、さらには燃費も悪化します。これではACCを使っている意味がありません。それならば自分で自分の車両の速度を管理したほうが余程いい。
であれば、私から提案があります。ACCを切って車速の安定したトラックの後ろに着くのです。一台につき一台。
トラックのコンテナ後方には風がトンネルのようになり、そこからさらに後ろでは乱流になっています。この風のトンネルの中に入ることで横風の影響は最小限となり、アクセルは軽くなって少ないアクセル開度で車速を維持し続けられ、そしてトラックが車体を引っ張ってくれます。これらは昨今流行のワンボックスなどのファミリーカーや軽ハイトなどの空力特性に劣る車両ほど効果が高く出る傾向があります。
実際、私はJB64W4型ジムニーで東北道浦和インターから黒磯板室インターまで走るのですが、通常80km巡航の単独で走った場合1L当たり17.9km程度までしか燃費が上がりませんでしたが、90km巡航していたトラックの後ろにぴったり張り付いて走ったところ、5速90km3500回転で18.7kmを記録しました。燃費改善に加えて、消費した燃料も6~8L程度と燃料消費も抑えられるため、ACCを使うよりも余程エコです。
9.シートヒーター
シートヒーターは雪国でこそ重宝するじゃないかと云うお声があることは十分に理解しています。実際私も今年の一月上旬、栃木県内でマイナス10度を下回った真夜中に運転したことがあります。実家周辺もマイナス5度くらいで凍えそうだったのを今でも覚えています。
ですが、シートヒーターは電熱線がシート内に仕込まれており、これが発熱することで背もたれを温かくしてくれるものです。ハンドルヒーターも同様です。つまりバッテリーヤオルタネーターから電力が取られ、そのバッテリーとオルタネーターはエンジンの駆動によって電力を蓄えたり発電して電力を生み出しているのですが、これがマイナス10度以下だとどうなるか。
そう、エンジンオイルが熱されるまでに著しく時間がかかるのです。実際、国道4号の黒磯から矢板まで時速60kmで走りましたが、時速60kmの5速2千回転だったにもかかわらず、エンジンオイルどころかコンプレッサーオイルも冷え切っているせいでずっと異臭はするわエンジンが息切れ気味だわで速度が物理的に出せませんでした。
この状態でシートヒーターやエアコンまで稼働させるとどうなるのかと云えば、オルタネーターは映画キャスト・アウェイの主人公のように発電効率は地に落ち、代わりにバッテリーがその負荷を負います。そしてバッテリーに負荷が掛かり過ぎて寿命が縮んだり、場合によっては破損する可能性があります。
そこで賢くない私は、エアコンを切ってフロントデフロスターのみを起動、窓を少しだけ空けて外気を取り込んだのです。エンジンに対して拷問のような負荷が掛かり続けることによって走行性能がそれ以上下がるのを防ぐためです。
これらはAT車両であれば気にもならないでしょうが、MT車では回転数管理とバッテリー負荷、エンジン音がすべてを教えてくれます。
10.アイドリングストップ
9以降ADASとはあまり関係なくなってきましたが、こちらもECU直結と云う意味では避けて通ることは出来ないでしょう。
アイドリングストップの何が嫌かって、マイルドなエンストみたいな挙動を取ることだよ。『やばいエンストしちゃった!』って一瞬焦り散らかす。そしてアイドリングストップからの再始動にはクラッチを踏まなければならない。
正直、やってられないよ。何を好き好んで、レリーズベアリングに鞭を打たなけりゃならないんだい。環境保護を謳うなら、レリーズベアリング一本を作るのに掛かるCo2排出量とバッテリー廃棄に掛かるCo2排出量と廃棄されるまでにかかる保管年数分を計算してみれば、どちらを優先するべきかは一目瞭然のはずだ。
いやきっと、環境保護の観点では正しいのだろう。腋毛ぼぉぼぉの環境保護論者たちはきっとこれを見て大満足で頷き、自分たちの車に乗って何百キロも先の自分の家までアウトバーンで時速180km以上出して帰るんだろうさ。
だが一歩常識的な見方をすれば、私は駆動系を労わってやりたくなるよ。何なら労い序でにバドワイザーを奢ったって良い。いや、これは本気で思っているよ?
では多くのマニュアルトランスミッション車両に詳しくない諸兄の為に開設すると、レリーズベアリングとは、小さな小さな、だが大事な縁の下の力持ちだ。我々の間柄で云うなら、まさしくリチャード・ハモンド、彼こそが縁の下の力持ちと云うことになる。
勿論現実の彼はそんな大層なそうな奴じゃない。ちょっと走らせてはクラッシュ、新車を買ってはクラッシュ、試乗車を供与されたらクラッシュ、スイスのヒルクライムイベントでクラッシュ、クラッシュの常連だ。
このレリーズベアリングとは、クラッチペダルの上に位置するギアボックス内にある小さなスラストベアリングと歯車の組み合わさったギアのことです。これはクラッチペダルを踏み込むことで摺動し、シンクロナイザーメッシュ、シンクロナイザーギアとも呼ばれるギアを稼働させてギアボックス内の各歯車との回転差を打ち消し、スムーズな変速を実現する魔法のギアです。
その特性上、レリーズベアリングはクラッチペダルを踏み込み、戻すまでの間超高速で摺動し続けます。スポーツカーやラグジュアリーカーの5速や6速のギアなんて及びもつかないほどの超高速でね。
その状態でクラッチを信号での停車中ずっと踏み込み続けたり、もしくは渋滞中に踏み込み続けるとどうなるかと云えば、それは非常に簡単です。そう、焼け付くのです。
小さな小さな歯車とスラストベアリングが超高速で回転し、ギアボックス内で細かく接触し続けているわけなので当然、一瞬で膨大な熱を持つことになり、その状態を一分単位で長続きさせればさせるほど、各ギアやシンクロのギア面が削られ、更にスラストベアリングを保持する基部も削られ、溶け、そして自然と焼け付いて動作不能に陥るのです。
勿論、たった1~2分で直ぐにそうなるわけではありません。ですがそれを続けるとどうなるかと云えば、前述したように段々と削れ、溶け、焼け付いてしまうリスクを潜在的に高めていくことになるのです。
ではこれをアイドリングストップに当てはめると、アイドリングストップはエンジンをアクセス状態にまで回転を止めることから、先ほど述べた通り、マイルドなエンストをECU側の独断によって引き起こされます。
再始動にはクラッチを踏み込みますが、この段階でレリーズベアリングが摺動し、その一秒から二秒後にエンジンが完全に点火されます。
坂道発進でもそうですが、我々はエンジンを始動させたらとっととその場を離れたいわけですが、アイドリングストップはそうもいきません。点火タイミングは全てECUに委ねられてしまうのです。
それだけでなく、9でも話した通りマイナス10度の栃木県からの帰り道、アイドリングストップでエンジンが止まった際にクラッチを踏み込んだわけですが、新車購入から半年にも拘らずアイドリングストップが解除されず、どころか完全に電源が落ちていました。
仕方がないためエンジンスタートボタンを押して手動でエンジンをスタートさせましたが、低音すぎると不安定になるならば、そんなシステムは要らないというのが私の本音です。いや、そもそもエンジンを勝手に止めては付けてを繰り返すことそのものが環境にもよくない。
どういうことかと云えば、家電にも通じる話ではありますが、一番電力やガソリンを使う瞬間と云うのは始動させた瞬間だということです。
つまり、エアコンやパソコン、洗濯機に車、あらゆる家電もまた、その日初めて始動させた瞬間こそ最も電力やガソリンなどを食うのです。
もしもこれを街中や信号待ちなどで繰り返すと、下手するとたった20kmをストップアンドゴーを繰り返すだけで180kmを走るのと同じだけの環境負荷を与えることになるのです。そして再始動の度にマニュアル車ならばクラッチを踏み込まなければならず、結果としてレリーズベアリングと始動系とアイドリングストップ専用バッテリーが常に負荷に晒されます。これは長期的にアイドリングストップ搭載義務化される以前の純ガソリン車とは比較にならないほどの負荷です。
そう、お気づきの方もいるかもしれませんが、アイドリングストップ搭載車両のバッテリーはアイドリングストップ専用のバッテリーです。これは頻繁なエンジン点火と消火を繰り返すことに特化している代わりに、通常のバッテリーに比べ非常に短命です。そして溶媒の質の関係もあり、通常のバッテリーに比べて高価で、製造には通常のバッテリーの何倍ものCo2を排出します。
製造に高価な溶媒が必要で、製造にあたって通常の何倍もCo2を排出し、何倍も短命なバッテリーで何度も何度も発進停車の度にエンストさせられる。それなら画期的な解決方法があります。アイドリングストップ機能をオフにし、発進停車の度にエンジンが停止しないようにするのです。つまり、腋毛ぼぉぼぉの環境保護論者の皆々様が激怒して絵画にペンキを塗るような、一昔前の車に戻ることです。
結論
こういった便利機能や贅沢機能の数々は、確かに適正に動作すれば事故を減らすことに大きく寄与しながら運転の快適性を決定的に損なうことはありません。ですがこれらのシステムは先進安全装備と銘打っておきながらも、今現在に至るまで開発途上にある発展途上のシステムなのです。
ここまでを通してご理解いただけたかもしれませんが、ADASと云う一連のシステム群と、それに紐づけられた安全装備の多くは不完全で、不安定で、この上なく云うことを聞かない、これからの時代切っても切り離すことが法令上不可能な相棒です。
この不確実さを正すのは、即ち今のこの『先進不安全装備』と云っていい不良品の塊が真に安全をサポートする装備となるには、義務化されるには100年は早かったというのが私の結論です。
ですが良い面もあります。これら先進安全装備によって事故が発生すればするほど、AIやECUなどの学習データが増え、やがては『真に安全な装備』になるということです。
ですが私は100年も待てません。100年後には私は墓の中にいて、不出来なADAS搭載の面白みのかけらもない十把一絡げに同じような見た目をしていながら名前が違うだけの車両に『あの墓は人だ! ブレーキ掛けなくちゃ!』と不出来な認識ミスでドライバーにストレスを与えていることでしょう。
ですが私はこうも思うのです。こういった贅沢装備マシマシであることこそが車両価格の値上げに直結していると。それだけでなく、運転者の注意力散漫に直接的に関与していると。つまりこれらの装置は本質的に、潜在的な事故リスクを引き上げているということです。
これらは例えるならば、自転車に乗ったいい年した成人男性がいたとしよう。彼はガタイがよくスーツの上からでも分かるレベルでみっちみちに筋骨隆々だが、れっきとした大人用の上競技選手からの評判も高くカッコいい、オランダ警察にも採用されたBianchiの自転車に大人用の補助輪を付けて、左右には後方を映すミラーとLEDで危険を知らせるインジケーターライトが付いているような物だ。
頭にはゴツイバイク用のヘルメットを付けてHUD投影で360度を見渡したうえで全身防護用のプロテクターを付けて自転車保険と生命保険に何十社と加入していないと自転車に乗れないような物だ。危なっかしくて思わずひき殺してしまいそうだよ。
仮に聞きますが、デートの時にこんな男性がやって来て
『やぁお待たせ。早速ランチと行こうか。ちょっと待ってね、プロテクターとヘルメットを外して防犯装備を付けないと』
こんなこと云い出して来たとしたらまず間違いなく彼は折角振り向いてくれた彼女にそっぽを向かれるでしょう。女はそういう物を求めてるんじゃないよ。無理して残クレで買ったギンギラギンのアルファードやヴェルファイヤでクラクション鳴らしながら中指おったてるようなのが最近は好まれるんだよ。
これで2ブロックだか云うヘアスタイルで金髪に染めていてダサいTシャツにジーパン、靴と時計と指輪だけご立派なブランドで固めていれば、もう完璧だよ。
では話を戻すと、特にADAS搭載によって車両本体価格が上がっているのはれっきとした事実で、今現在新車販売されている車両の多くではパワーステアリングやオートパワーウィンドウ、エアコンやシートヒーター、ハンドルヒーターなどの他に自動リクライニングや座席前後位置や座面角度、ヘッドレスト角度の調整まで自動です。
ドアを開けばドアの下を照らすLEDランプや各スイッチ類に低輝度のLEDなどが内蔵されたり、タクシー車両に至っては自動でリアドアやハッチが開くものまであります。
これらの機能を搭載するだけでも車体価格が50~80万円近く上昇するのですが、ADASを搭載することによってさらに30万から高い場合だと70万円近くも上昇します。それらの内訳のうち大勢を占めるのは、主に車体各部に装備されたカメラやレーダーやセンサーの類のシステムのお値段で、その次に車体各部に張り巡らされるハーネスのお値段が乗ってきます。
しかし先述したような誤作動や誤動作を経験した人間からすると、車速程度自分でコントロールできる人間からすると、上昇幅に見合うだけの結果が出ているとは到底言えません。それならばこれらの装備は高齢者や認知特性や身体特性に問題のある人にのみ搭載を義務付ける方向性で良いのではないかと思わざるを得ないのです。
現状の先進安全装備は、たとえ1.2mくらいの高さに積み上げられた厚み18cmくらいのコンクリブロックなどの障害物越しであっても人を検知したら衝突の危険性があると判断したり、正確に車両間の距離を測ったり、あるいは前後の誤発進をしようとしているのか普通に発進しようとしているのかを判断する制御ロジックが未だに不安定です。これらの機能に人の安全の一翼を担わせることは凄まじく無責任であり、そしてこれらを先進的で安全性を担保する装備と銘打つことそのものが危険運転の助長に繋がっていると看做さざるを得ません。
だからこそ、まだ義務化するには100年早いと考えるに至ったのです。
とくると、私は環境保護には否定的な、温暖化を促進する側ではないかと云う見方がされるかもしれませんが、そうです。その通りです。私は温暖化促進派です。純ガソリン車を愛し、EVを買わない人間のことをそう呼ぶのであれば、と云う前提の下であればね。
真面目な話、環境保護論者ほど実際は車や電車を使っている。
EVもPHEVも製造の段階でガソリン車の何倍もCo2を排出し、寒冷地には適さないどころか熱にも冷えにも爆発リスクを負っている。そんな彼らが礼賛する電気自動車のエネルギーリソースである電力は、大多数は彼らがディスり続ける石炭火力発電と原子力発電によって主に賄われたもので、それによって運航している車両やそれによって動く車両に乗ることは、婉曲的に環境破壊に参加しているのと変わりない。彼らが本気で環境保護を謳い実行するというなら、馬車の時代にまで戻るぐらいの根性を見せてもらいたいものだよ。
おいおい、EVは長期的にはCo2排出量はゼロだぞ、お前は何か変な日環境保護論者のゴン絶を鵜呑みにしているんじゃないかと思われたことでしょうが、それは車両整備の段階で潤滑油やクーラントなど様々な消耗品を一切交換しなかった場合の話であることをまず明言しましょう。
知っての通り、車には様々な部品があり、それらが生まれたばかりの子羊のようにあっちこっち動き回ることで馬の何倍もの力を発揮させます。しかしEVは一般的なガソリン車の倍近く重量があります。これは言ってしまえばトラックと同じです。
ではそんな乗用車の顔をしたトラックが公道を走るとどうなるかと云えば、猛烈な勢いで乗用車用のタイヤが摩耗し、道路は傷めつけられます。ドライブシャフトは悲鳴を上げ、モーターは回生ブレーキを使うことで回転抵抗によって軸の精度が落ちていきます。
ライフサイクルに関しても、本当にメーカーの公称値と同じだけの期間稼働できるEVの方が少ない。何故ならば夏は高音の屋外やガレージに、冬は低音の屋外やガレージで長期間保管されて、バッテリーが先に駄目になる。そしてバッテリーからの過電流がECUを焼いて微細なエラーを頻出させる。つまりEVとは一昔前のMS-DOSのようなパソコンなのです。また、回生ブレーキによってブレーキ粉塵が減るのは、回生ブレーキとはEV版のエンブレだからです。
つまり重要なのは、ブレーキ粉塵が80%減るのはガソリン車、特にMT車でエンブレを強く効かせたときと構造は変わらず、その観点で見るならばガソリン車はEVに対して更に高いレベルでブレーキ摩耗を抑えられることになり、つまりこれも、アドバンテージ足りえないということ。
これらは平均的に一般的な軽自動車や普通車の倍近く短命であり、適切に運用したとしてもメーカー理論値ほどの長期間持たせることはほぼ不可能です。
さらにEVだからと云ってエアコンも電気だけで動くわけではありません。エアコンにもまた冷媒が必要であり、それらによって冷やされた空気を温めたり冷やされた空気を送り込んだりなどをするのにファンなどが装備されたり、モーターの回転によって発生した熱を発散させる必要があります。
ほかにもシートヒーターやハンドルヒーターなどを稼働させれば航続距離が下がることに直結し、自然とこういった贅沢装備の仕様を躊躇わせてしまいます。未来の自動車とは、即ち不便だということです。
こういうのを解決する魔法の力があります。金よりも価値のある黄金の液体を秒間何千回と爆発させ続けて動力を得て、それで発電すればいいのです。おや、そんな車がもう一世紀近く前には実用化されていたな。純ガソリン車と云うんだがね?
正直なところを吐露すると、こういった贅沢装備は装備を強制するのではなく、装備可能な状態にしてオプションで選べる方が余程ましだとすら思えてくる。ランクルのMTがこういった贅沢装備なしの選択式で250~500万で買えるようになったら真っ先に買いたくなる。ダイレクトに機械が機械を動かす方が信頼性は高い。それこそ昔はボンネットまで水没しても動くことすらあったが、いまはタイヤの半分埋まったらもうアウトだ。
そう、皆が皆先進的不安全装備を求めているわけではありません。自分の腕だけが頼りで、自分の全ての能力を生かして、自分の全ての力で車を征服する。そこに価値を見出す人は今も根強く残っています。
私は物をよく無くす同僚に必ずこう言います。『高い物を使え』とね。高い物を使っていれば、無くすことを恐れて定位置に戻したり、手元で保管するようになり逸失リスクが極限まで減ります。
これと同様に、私は不便な方を好みます。不便な方が何かと一挙手一投足に渡って注意が行き届き、結果として安全運転を心がけるようになるからです。
そして私が欲しいのは荷物を沢山積めて、川を渡り、雪山を踏破し、ぬかるんだ畑を荒らし、夏の山々を制覇する、そういう車でさえあればそれでいい。おや、そんな車がもう実在していたようだ。もしかしてあれは、ジムニーかな?
母はトヨタディーラーでブルーバードのスポーツモデルを『安物のメルセデス』と扱き下ろされ、両親のJ32型ティアナAAはトヨタディーラー曰く『安物のアルファロメオ』と嘲られ、私のジムニーは『貧乏人のためのジープ』『ジープやゲレンデに乗りたくても貧乏で買えなかったんですね』と嗤われた経験がありますが、本質的にはこれと一緒です。
皆さんも車を買うときにカーディーラーに一度はお世話になるかもしれません。その時担当者から老いも若いも十把一絡げに『あなたは間違いなく事故を起こすので先進安全装備が付いた車両を買った方が安心ですよ』と云われるようなもの。余計なお世話だし、それによって不安全な運転になるくらいなら無い方がマシだ。
なので、結論を改めて言うならば、先進安全装備は、義務化するにはまだあと100年は早かった。100年もあれば大体どんなものもマシ程度にはなっています。コルトのM1911という拳銃みたいに100年間何の変化もないものもありますが、それは基礎設計が優れていればの話。そして100年後には私は墓の中にいて、ADASに誤検知されていることでしょう。
そろそろ良い時間だ。それでは、100年後の車が真に安全になっていることを願って、この場はお開きとしましょう。さようなら!




