第5話 静かな旅の、終わりとはじまり
「勝手に食べるのはどうかと思うのだけれど」
クロードはそう言いながら、
追加で頼んだ匙を受け取った。
向かいではギルが、
悪びれもなく二口目に手を伸ばしている。
「減るもんじゃないだろ」
「減るんだよ」
「また頼めばいい」
「……君は本当に変わらないな」
もぐもぐ、と食べ進めるギルに、
小さく息を吐きながら笑えば、
随分と嬉しそうな笑みが返ってくる。
「褒めてる?」
「まさか」
ピィ、とクレイスが笑うように鳴いた。
完全に面白がっている。
店主が、ギルに気がつき少し驚いた顔で、
水をもう一つ置いていく。
―― どうやら、旅の連れだと思われたのだろう。
間違ってはいない。
けれど、否定もしづらい。
―― まぁ、ギルだしね
そんな一言で済ませられるほど、
クロードはギルと長く過ごしていた。
仕方がない。
そう言い聞かせて、
クロードは匙を口へ運ぶ。
やはり、うまい。
けれど。
向かいにギルがいるだけで、
味の輪郭がほんの少し変わった。
一人で噛みしめる静けさではなく、
誰かと共有する温度になる。
―― それも、悪くない。
悔しいけれど。
悪くない。
そう、思ってしまった。
「で?」
ギルが言う。
「どこまで行った?」
なんて事のないように、ギルは問いかける。
「どこまで、とは?」
「地図。作るんだろ?」
当然のように話題に出る。
―― 誰から聞いたのかは、
なんとなく、想像はつくけれど。
「……相変わらず鼻が利くね」
「伊達に追いかけてないからな」
ニヤリ、と笑ったギルに、
クロードはため息をついた。
―― その顔の時は、憎めないと、
たぶん、ギルは気がついている。
「どうして分かったんだい?」
「ん? 勘」
当然、と言う顔をしているギルに、「答える気がないな?」と再度言えば、ギルがほんの少しだけ首を傾げる。
「だから、勘。それ以外は無い」
はっきりと言い切って、ギルはクロードを見つめる。
それは、本気で言っている顔だった。
「仕事は?」
「辞めてきた」
「軽いなあ」
つけ合わせの平パンにまで手を伸ばして、
ギルは笑う。
「クロードもだろ」
「僕は良いんだよ。後継者がいるから」
「俺だって、三男だしな」
そんなやり取りに、
クロードはこめかみを押さえる。
実に想定内の答えだった。
それでも実際にやられると、
頭が痛い。
「私は静かな旅がしたかったのだけれど」
一応、念のため、改めて言ってみる。
そんなクロードに、
ギルは料理を飲み込み、
水を一口飲んだ。
「充分静かだろ?」
さっきと、同じことを言う。
まるで理解していない。
いや、これは、
理解した上で言っている顔だ。
クレイスが、
すっとギルの前に降りた。
銀色の羽が、わずかに膨らむ。
「クレイス?」
じっ、とギルの目を見つめたクレイスに、
ギルも、クレイスの目を見返している。
ほんの数秒。
クレイスが、瞬きをしたあと、クロードの肩へ移動した。
「ピュイ」
「何のだい?」
「ピュイ?」
首をかしげたクロードに、
クレイスが真似するかのように、
身体を傾ける。
「ま、ダメっつっても、ついてくけどな」
「……君なら、そうだろうね」
まったく。
ため息をつきながら言ったクロードに、
ギルは目元を崩しながら、
笑みを浮かべた。
食事を終え、
店を出る。
夕暮れが近い。
当たり前のように、クロードの右側にギルが並ぶ。
「で、今日の宿は?」
クロードと、此処で別れることなど、
一ミリも想定していない顔で、
ギルが聞いた。
「取ってあるよ。ひとり分」
「よし。じゃあそこでいいか」
「いや、だからひとり分だってば」
背の高いギルを見上げて歩けば、
ギルが嬉しそうな顔で笑う。
「増やせばいいだろ?」
「簡単に言わない」
いつもの軽口のまま、足は進む。
「できるだろ?」
クロードの顔をのぞきこみながら、
ギルは笑う。
―― できる。
……できてしまう。
その事実に、
クロードは少し遠い目になった。
並んで歩く。
歩幅が合う。
昔から、
何も変わらない。
変わらなすぎて、
少しだけ可笑しい。
ふふ、と笑ったクロードを
ギルが、目を細めて見ていたことに、
クロードは気がつかない。
「クロード」
ギルが名前を呼ぶ。
「なんだい?」
「次、どこだ?」
記録したカードを、ひらひらと振りながら、
ギルが笑う。
そんなギルに、手のひらを差し出して
クロードは答える。
「行きたいところへ」
ギルが笑った。
「いいな、それ」
ぽん、と手のひらに、カードが置かれ、
ギルの手が、クロードの手を掴む。
「ギル?」
クロードは、振りほどくことはしない。
その代わりに、ギルはほんの少しだけ、手に力をこめて、クロードに笑う。
「俺も行くから」
当たり前の顔で、そう告げたギルに、
クロードは、瞬きを繰り返したあと、笑う。
「そうだろうね」
ふふ、と、目尻をくしゃりとさせながら、
クロードは笑う。
静かな旅は終わった。
けれど ――
賑やかな旅も、
悪くない。
ほんの少しだけ、
そう思ってしまった。
ピィ。
クレイスが鳴く。
―― 最初から、
分かっていたくせに。
そう言われた気がした。




