第4話 静かなはずの、旅の終わりに
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昼の陽射しが、石畳を白く照らしていた。
裏通りから表へ戻れば、
再び賑わいが耳に満ちる。
「少しだけ、甘いものでも探そうか」
クロードの提案に、
クレイスが肩で羽を揺らした。
賛成。
通りに並ぶ露店のひとつ。
籠の中に盛られた、
艶やかな黄色の果実が目に留まる。
「昨日のとは、また違うやつだね」
さっぱりとした甘みと、
適度な酸味は、まだ記憶に新しい。
―― 昨日のは、林檎だったけれど。
「こちらは、どうだろうね」
丸く、
張りがあって、
皮の向こうに水分が見える。
「……見た目は梨に近いけれど」
ひとつ手に取る。
重みが心地よい。
鼻先へ寄せれば、
淡く、蜜の匂い。
ナイフを入れた瞬間、
果汁が光った。
一口。
しゃくり、と軽い歯触りのあと、
とろける甘みが広がる。
酸味はほぼ無い。
舌の上を滑り、
すっと消える。
「……うん」
自然に、頷きが落ちた。
「これは当たりだ」
ピィ、とクレイスも嬉しそうに鳴く。
もう一口。
二口。
気づけば笑っていた。
「最初の頃にこれが見つかるなんて、幸先がいい」
クロードはカードを取り出し、
露店の端へそっと置く。
とん。
とん。
手帳があたたかく震えた。
ほんの少しの温かみが懐に広がる。
たぶん、地図に甘味の記録が刻まれている。
遠いどこかで、
歓声が上がったような気がする。
呆れた声も、
混じっていたかもしれない。
「ふふ」
甘いものは、神様も好きなのかと、
小さな笑みが溢れる。
食べ終え、
指先を拭いながら歩き出す。
ふと。
「あいつなら」
そう思った。
匂いで見つけて、
見た目に騙されず、
こういう当たりを平然と引く男。
……果物以外なら。
「今どこにいるんだろうな」
まあいいか、と首を振る。
何も告げずに出てきた。
追いつけるものなら、
追いついてみるといい。
その程度の距離が、
ちょうどいい。
その時、
湯気の匂いが、
意識をさらった。
視線が勝手に向く。
路地の奥。
小さな店。
「ああ……」
思考が、
きれいに飛んだ。
「これは」
ピピィ。
行こう、とクレイスが鳴く。
席に着き、店内を見やる。
野菜の煮込まれた汁物の匂い。
器の触れる音。
人が暮らす音がする。
運ばれてきた皿を見た瞬間、
クロードは笑った。
「肉じゃが、かな」
違うとは、分かっている。
けれど、
懐かしい名前が、
口をついて出た。
もちろん、同じではない。
使っている肉も違うし、
芋も、出汁も、
まるきり別物だ。
けれど。
似せようとした誰かが、
きっといた。
それだけは、はっきりと分かった。
芋はより粘っていて。
柔らかい肉はたぶん鶏。
出汁の色は明るい。
それでも、
匙を入れただけで、
正解だと知れる。
口へ運ぶ。
まずは汁。
舌に広がるのは、
甘さ。
少し遅れて塩気。
最後に、香草の風味が抜ける。
「……惜しい」
けれど、
悪くない。
むしろ、
この土地で辿り着いた答えとしては、
とても誠実だ。
染みる。
派手じゃない。
強くもない。
ただ、
深い。
疲れた旅人の身体を、
静かに持ち上げてくれる味だった。
「参ったな……」
湯気の向こうで、
クロードは心から笑った。
もう一口。
今度は芋を崩し、
ほぐした肉と絡めて、
匙に乗せる。
「これは、通――」
その時だった。
視界の端から伸びてきた手が、
彼の手首を掴んだ。
自然で、遠慮がない。
ひょい、と角度を変えられ、
匙が別の口へ消える。
「……あ」
もぐ。
数秒の沈黙。
「……うま」
低く、満足げな声。
クロードは瞬きを一つ。
ゆっくりと、
自分の手首を掴むその手を見る。
力のかけ方。
指の形。
自分との距離。
忘れるはずがない。
「……ギル」
横に立っていた男が、
にやりと笑った。
銀の髪が揺れる。
「久しぶり」
クレイスが、
待ってましたと言わんばかりに鳴いた。
クロードは、
ようやく理解する。
気づかなかったのではない。
気づく必要がなかったのだ。
慣れすぎていた。
「私の一口だったのだけれど」
クロードはわずかに目を細めた。
「もう一口あるだろ」
「そういう問題ではなくてね」
ギルは肩をすくめ、
勝手に向かいの椅子へ座った。
「で?」
にやり。
ギルの笑みに、
クロードは
観念したように、ため息を吐く。
―― 僕の負けか、と。
「これは通う味か?」
「……通う」
即答だった。
ギルは楽しげに笑う。
「だろうな」
静かな旅は。
たぶん今、
終わった。
――静かな旅は。
この賑やかさの中で、
ほんの少しだけ、
クロードの目元が和らいでいたのを、
クレイスだけが
見つめていた。
次回投稿は、2/26(木)21:00の予定です。
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