第3話 小さな宿の燻製肉と黒パン
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風が変わった。
同じ青空の下だというのに、
どこか乾いていて、
ほんのわずかに軽い。
長く住んだ土地を離れたのだと、
理屈より先に身体が理解する。
胸の奥が、わずかに浮き立った。
「……来たね」
肩の上で、クレイスが羽を揺らした。
ピ、と短く落ちた声は、
挨拶のようでもあり、
合図のようでもある。
「うん。ここからが、本当の旅だ」
目を凝らした視線の先。
街道の奥の方に、小さな宿場町が見えてくる。
石造りの門。
人の往来。
荷馬車の軋む音。
聞こえてくる言葉の調子も、
人々の服装も、
よく見れば故郷とは少し違う。
その「少し」が、
たまらなく胸をくすぐった。
遅れて、旅人になった実感が湧いた。
「まずは、腹ごしらえかな」
ピィ、と賛成の声。
クロードは目を細め、
笑みを零した。
宿場の食堂は、昼をすぎた頃だというのに賑わっていた。
焼ける音。
皿の触れ合う音。
それらに混じって漂う、
甘く、香ばしく、腹の奥へ真っ直ぐ落ちてくる匂い。
案内された席へ腰を下ろし、
運ばれてきた皿を見た瞬間、
クロードは、ふふ、と小さく笑う。
「お腹にたまる、良い食事だね」
燻された骨つき肉は、表面にいくつかの切り筋がついている。
テーブルマナーを守って食べる場所ではない。
齧り付くでも良し。
このままフォークでほぐして食べても良し。
食べる側の自由を尊重している食事だ。
付け合せの黒パンは、このあたりでは当たり前に食べるものだが、
ほんのりと、湯気があがっている。
「うん。パンが冷たくない。いいね」
手に持てば、ずしりと重たい。
―― 記憶にある、軽やかな口当たりの"食パン"、とは異なる。
けれど
温かい。
それだけで、この店を選んで正解だった。
そんな気がしている。
―― ガハハハ、と店内に賑やかな笑い声が響き渡る。
活気に満ちた店内に、クロードは楽しげに微笑む。
「あ、お客さん、それ、そのソースかけたほうがうめぇよ!」
近くに座っていた男性が、屈託の無い笑みを浮かべてクロードへ告げた。
「なるほど。ありがとう」
「いいって!」
へへ、と照れたように笑う彼に笑みを返し、彼の助言の通り、テーブルにあるソースをかける。
「……うん。うまい」
少しの甘みと、ほのかに香る酒の香りが、濃いめ塩加減を調和している。
黒パンのひとつに分け目を入れ、解した肉、それから、付け合せの野菜を入れ、ソースをかけ、口に運ぶ。
「……旅っていう、感じがするね」
クロードは、わずかに目を細めた。
パンの端をつまんでいたクレイスが、短く鳴き、首を傾げる。
「皆が頑張れる味、ってことさ」
そう言って笑ったクロードに、クレイスがピュイ、と短く鳴く。
カードは震えない。
急かされては、いないらしい。
ふと、窓の外を見やれば、
市場の角に、果物が山のように積まれている。
「あとで、あれを買ってみようか」
何となしに、そんな事を呟けば
さわ、と小さな風が、首元を撫でていく。
クロードは軽く息をはく。
―― 次は、もう少し当たりを引きたいかな。
そんなことを思いながら、クロードは夜の近づく空を見上げた。
次回投稿は、2/23(月)21:00の予定です。
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