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第2話 見上げる星空

 城門を出て2日目、

 クロードはまだ街道をゆっくりと歩いていた。



 町の喧騒は、振り返ってももう、感じることすらできない。



 乾いた土を踏む音が、一定の調子で続く。


 空は高く、風は穏やか。



「……さて」


 小さく息を吐けば、

 肩の上で、クレイスが羽を揺らした。


 行き先を急かす様子はない。

 ただ、いつも通り、隣にいるだけだ。


 クロードは口元をわずかに緩めた。



「のんびり行こうか」



 する、と羽に触れた指に、クレイスが身体を寄せる。


 短く鳴く声は、楽しそうだ。


 街道の先には、緩やかな起伏と、点々と続く草原。

 遠くに、小さな荷車の影がひとつ見えたが、こちらに関わる気配はない。


 ただ歩くだけの時間が、思っていたより心地よかった。


 ふと、懐に指先を差し入れる。



 硬質な感触が、指に触れた。


 カードケースは、いつもの位置に収まっている。


 確認しただけで、クロードはそれ以上触れなかった。


 まだ急ぐ理由もない。



 ふいに、肩の上で、クレイスが身を乗り出した。



「……見つけたのかい?」



 視線の先、街道脇の低木のあたりで、葉がわずかに揺れている。


 ふわ、と音もなく飛んでいったクレイスに、

 クロードは歩調を少しだけ緩める。



 葉が揺れた枝に、銀色が見える。


 街道脇の低木に、橙色の実がいくつか実っている。


 見覚えのある色味だった。


「陽蜜果か」


 枝の上で、クレイスが小さく身を乗り出す。


 つんつん、と枝を突くクレイスの仕草に、

 クロードから笑みが溢れる。


 ―― 楽しそうだ


 好きに飛んで、好きに過ごす。

 そんなクレイスの姿に、クロードの目元が緩んでくる。



「ピュイ!」


 早く! と言わんばかりのクレイスに、

 クロードは低木の前で足を止め、枝に手を伸ばした。


 クレイスの足元の実を一つ、もぐ。


 掌に収まった実は、思っていたよりもずっしりしている。



 表面は滑らかで、ほんのりと温い。

 昼の陽を、よく吸っているのだろう。


「……どっちかな」


 誰にともなく呟いて、指先で軽く押す。



 ―― うん。張りは悪くない。



 ナイフを抜き、手慣れた動きで果皮に刃を入れた。


 薄く裂いた断面から、淡い香りが立つ。


 悪くない。


 一切れをクレイスの口元へ運び、

 もう一切れを、自分の口へと運ぶ。



「……うん」

「…………ピュイ……」



 ―― 少し、青い。


 渋みはない。だが、まだ若い。


 クロードはゆっくりと咀嚼して、小さく息を吐いた。


「惜しいな」


 肩の上で、クレイスが不満そうに鳴く。


 どうやら、期待していた味ではなかったらしい。


 クロードは苦笑して、もう一口だけ齧った。


 決して外れではない。


 だが、記録に残すほどでもない。



 取り出した包み紙で、もうひとつだけ、

 もいだ果物を包み、低木を軽く見やる。



「次に期待、かな」



 短く鳴き声が返る。


 風が、草を揺らした。


 街道は、まだ長く続いている。



「……やっぱり、青いね」



 残りの分を、少しずつ口にふくみ、

 クロードは何でもない顔で歩き出した。






 歩みを緩めたのは、空の色がゆっくりと沈み始めた頃だった。


 街道から少し外れた、緩やかな草地。


 見晴らしは悪くない。


「ここでいいかな」


 小さく呟く。


 肩の上で、クレイスが短く鳴いた。


 反対の意見はないらしい。


「ピュイ」


 短く鳴いたクレイスが、ふわりと飛ぶ。


「お散歩かい?」

「ピュイ」

「うん。行っておいで」



 静かな風切り音とともに、クレイスが飛び立つ。


 その姿をしばらく見上げたあと、

 クロードは手慣れた動きで簡易の野営具を広げていく。

 焚き火は小さく。煙は低い。



 ―― 明日の夜ご飯は、どうしようか。



 そんな事を考えながら、

 湯を沸かし、簡素なカップに注ぐ。


 立ち上る湯気を、クロードはしばらく眺めていた。


 一口。


 温かさが、ゆっくりと喉を落ちていく。


「……悪くない」



 呟いたクロードの頬に、

 ふわりと風があたる。



「おかえり」


 その言葉に、クレイスがクロードの頬に身体を寄せる。



 火は穏やかに燃え、夜の気配が、少しずつ周囲に満ちていく。



 クロードは、ふと顔を上げた。


 空は、もう完全に夜の色を纏い、

 チカチカ、と無数の星が、静かに瞬いている。


「……綺麗だな」


 ぽつりと零す。



 肩の上のクレイスと並んで、同じ空を見上げる。


 旅に出る前から、空は変わらない。

 ―― けれど


 こうして野に出て見る星は、どこか少しだけ遠く感じる。



 クロードは、わずかに目を細める。



「―― 世界は広い、か」



 独り言のように呟いて、軽く息を吐いた。


 焚き火が、ぱち、と小さく弾ける。


 風は穏やかで、星空は美しい。


 ―― 悪くない旅の滑り出しだ。




 カップの残りを飲み干し、クロードはもう一度、空を見上げる。


 街道の先は、まだ暗い。


 だが、その向こうに町があることは、もう分かっている。



「明日は、もう少し先まで行こうか」


 クレイスが、短く鳴いた。



 星は、変わらず瞬いている。


 月明かりは、ふたつの影を映し出す。


 クレイス、ちらりとクロードの右側を見ていた。









お読みいただきありがとうございます。

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