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第1話 旅立ち

「……豆腐に醤油、湯気の立つ白米」


 この世界には、存在しない味だ。


 ぽつりと呟いて、クロードは笑った。

 肩の上の銀白の梟が小さく鳴く。


「分かってる。無いものねだりだ」


 柔らかな羽を撫でれば、

 もっと、と梟が身体を寄せる。



 その背に、触れながら、

 空を見上げる。



 空には、真昼の月が、2つの並ぶ。



 ――慣れすぎて、今さら驚きもしない。



 ―― ここが、地球ではないことは、

  ずっと前から、分かってる。


 ――もう、この空にも慣れて久しい。




 それでも、探したいと思った。


 前世の記憶は少しずつ曖昧でも、

 味だけは消えない。


「どこかにある。

 そんな気がしているんだよ」

 


 そう告げた言葉は、誰に向けたものでもない。



 ただ、自分の直感は

 そう、告げている。



 気の向くまま、

 風のふくような、

 心が向く場所に。



「クレイスも、食べてみたいだろう?」

「ピュイ!」



 肩に乗る小さな相棒の声に、

 クロードは、楽しげに微笑んだ。






 城門へ向かう前、市場に立ち寄る。


「おう、クロード坊ちゃん!」


 顔なじみの商人が声を張る。


「今度はどこまで行くだい?」


「うーん、どこまでかな。世界の果てまで、かな」


 軽い調子で返す。


 冗談のようで、本気だ。


 元王国魔法師団第六師団長。


 最も危険な任務を請け負ってきた部隊の長。


 だが今は、ただの旅人。


「魔法でどうにでもなるだろうに、わざわざ歩くんだもんなぁ」


 それとこれも、と慣れた様子で買うものを決めるクロードに、商人は、楽しげに笑う。




 クロードは目を細め、笑った。



「出来ることと、やらないことは別だからね」




 その一瞬、空気がわずかに張る。


 若い騎士は無意識に背筋を伸ばした。


 クロードは焼きたての丸パンを受け取り、礼を言う。


 いつもと同じ。


 少しだけ、形が歪で、

 ずっしりと重量を感じられる

 温かなパン。


「ピュイ」

「ん?」


 クレイスが、短く鳴く。


 商人が入れた

 クレイスのための、

 小さなおまけが、

 コツン、と静かな音を立てた。





 城門の前で、彼は一度だけ振り返る。


 デュノア領。


 かつて痩せ地と呼ばれた土地は、今や畑が揺れ、湖が光っている。


 守る場所。


 帰る場所。


 胸が、少しだけ締まる。


 眩しくて、温かい場所。


 寂しくないと言えば嘘になる。


 だが――


 外の世界に惹かれる心の方が、強かった。


 知らない味。


 知らない匂い。


 知らない国。


 その予感が、止まらない。


「行こうか」


 クレイスが羽を揺らす。




 クロードは城門をくぐる。


 足取りは、思ってより軽い。




「のんびりと歩いているから、次の町に着くのは4日か5日後になるのかもしれないね」



 乗り合い馬車を使えば、

 半分の日程で済むはずだ。


 けれど


「ピュイ」


「そうだね。歩いたから、それも見つかったしね」



 夕暮れの街道脇。



 少し開けた森の中で、

 クロードは

 懐から一枚のカードを取り出した。



 パチ、パチ、と

 起こしたばかりの焚き火の火が跳ねる。





 白いカード。


 縁が、細い金色で縁取られている。



 左上に、自分の字で――


 No.1


 中央は、まだ何もない。



「そろそろ、かな」



 白い面に、細い線が浮かび上がる。


 どこからともなく。


 クロードは、驚かない。



 早送りのような速さで、

 線が増えていく。



 串。


 肉。


 焦げ目。


 立ちのぼる湯気。


 まるで見えない手が、

 描いているかのように、絵は完成する。



 ―― 懐かしい光景だ。



 前世で、こういう映像を何度も見た気がする。


 違和感は、ない。


 裏返すと、まっさらだった面は、

 深い紺色へ変わっている。


 カードの中央に、

 小さな光点が、ひとつ灯る。




 カードケースを開く。


 中にはすでに、いくつかのカード。


 焼きすぎて固くなった失敗パン。



 道端で見つけた甘い果実。

 気がつけば、右下に小さな梟の刻印が入っていた。



 どれも白地の中央に、同じように描かれている。


 左上の番号は、自分が振った。


 順番は、自分の基準だ。



 カードを戻し、取り出した手帳を開く。


 一冊の革張りの手帳と、

 挟まれた、一枚の大きな紙。


 どちらにも、

 そこにはまだ、

 ほとんど何も書かれていない。


 だが、それは“空白”ではない。


 ――世界の食を、記せ。


 ――地図にせよ。



 神様からの、直々の依頼。


 地図になる予定の紙は、

 まだ、小さな点しか、描かれていない。



 パサリ、と地図を戻し、


 手帳へ筆を走らせる。


 味の感想や材料の推測を、

 さらりと書き足す。


 これは神様のものではない。


 自分の記録だ。


「さて」


 クロードは顔を上げる。


 胸が高鳴る。


 戦いではない。


 守るためでもない。


 救う旅でもない。




 世界は広い。


 世界は、まだ知らないもので満ちている。



 ただ、それを見てみたかった。



 その先に、


 懐かしいあの味が、


 ある気がしてならなかった。





 銀色の梟が鳴く。




 カードケースの奥で、

 まっさらなままのカードたちが、

 静かに役目を待っている。






 旅は、始まったばかりだ。










お読みいただきありがとうございます。

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