第九話:返信に揺れる心と、次なる一手
キララチューブ運営事務局へ、一世一代の(と暦自身は思っている)要求メールを送信してから数日。
月島暦は、普段通りの学校生活を送りながらも、心のどこかでずっと、パソコンのメールソフトの受信トレイを気にしていた。
(返事、まだ来ないのかな…やっぱり、あんな強気な条件、飲めないってことなのかな…)
表面上は平静を装い、友達との会話にも笑顔で応じているが、内心は期待と不安が綱引きをしているような、落ち着かない日々だった。
あの「K」としての活動も、そして秘密の「変身動画」の撮影も、今は完全にストップしている。何をするにも、あの流出事件の衝撃と、運営からの返事を待つ緊張感が頭から離れなかったのだ。
そんなある日の放課後。
いつものように自室で宿題を広げていた暦のスマートフォンの通知ランプが、控えめに点滅した。それは、パソコンのメールと同期設定してある、新着メールの知らせだった。
(まさか…!)
心臓が、ドクンと大きく跳ねる。
震える手でスマートフォンを操作し、メールアプリを開くと、そこには確かに「KiraraTube運営事務局」からの返信メールが届いていた。
件名は、「『K』様へ:先日頂戴いたしましたご質問・ご要望へのご回答につきまして」。
ゴクリと唾を飲み込み、暦はメールを開いた。
そこには、まず、改めての謝罪の言葉と共に、暦が提示した四つの条件項目それぞれに対して、驚くほど誠実かつ具体的な回答が、詳細に記されていた。
『K 様
先日は、貴重なご意見、並びにご要望を賜り、誠にありがとうございました。
頂戴いたしました各項目につきまして、社内で慎重に検討を重ねました結果を、下記の通りご報告申し上げます。
1.プライバシー保護について:
K様のプライバシー保護は、弊社が最も重要視する事項でございます。本名、年齢、居住地その他一切の個人を特定しうる情報の完全かつ永続的な保護を、社内最高レベルの情報管理体制を構築し、お約束いたします。万が一の漏洩が発生した際の責任の所在、及びK様への補償につきましても、別途書面にて明確に規定させていただきます。
2.契約形態・報酬・著作権について:
アーティスト活動にご関心をお持ちいただける場合、複数の契約形態(専属契約、業務委託契約、プロジェクト単位契約など)をご用意し、それぞれのメリット・デメリット、及び報酬体系(固定報酬、成功報酬、印税分配など)を詳細にご説明させていただきます。楽曲や映像の著作権は、原則としてK様に帰属するものとし、弊社はその利用許諾を得る形を想定しております。具体的な条件につきましては、K様のご意向を最大限尊重し、協議の上決定させていただきたく存じます。
3.活動の主導権について:
K様のクリエイティビティを最大限に尊重し、活動内容(楽曲制作、動画制作、プロモーション戦略等)における、K様ご自身の完全な主導権を確約いたします。弊社は、あくまでK様のサポーターとして、専門的な知識やリソースを提供し、K様の表現活動を全力でバックアップさせていただく所存です。
4.活動期間・頻度について:
学業との両立を最優先とし、活動期間や頻度につきましては、K様のご都合に合わせて柔軟に対応させていただきます。無理のない範囲で、K様のペースで活動を進めていただけるよう、最大限配慮いたします。
また、上記とは別途、現在ネット上に拡散されております流出動画に関しまして、K様のご心痛を少しでも和らげるべく、弊社として以下の対応を、K様のご承諾をいただけ次第、即時に開始させていただきたく存じます。
・全ての違法アップロード動画に対する即時削除申請。
・悪質な無断転載に対する法的措置の検討。
・K様の肖像権、著作隣接権その他一切の権利を保護するための専門チームの発足と、24時間体制での監視・対応。
これらの措置は、今後の契約の有無に関わらず、今回の弊社の不手際に対する責任として、無償にて実施させていただきます。
つきましては、上記回答にご不明な点や、さらにご要望等ございましたら、ご遠慮なくお申し付けください。
引き続き、メールでのご連絡を希望される場合は、その旨お伝えいただければ幸いです。もし、匿名性を保った形でのビデオ通話(カメラオフ、音声のみも可)でのご説明をご希望でしたら、そちらも対応可能でございます。
K様の才能を、弊社は心から尊敬申し上げております。
何卒、前向きにご検討いただけますよう、お願い申し上げます。
KiraraTube運営事務局 クリエイターサポート部 部長 東雲翔真』
メールを読み終えた暦は、しばらくの間、呆然としていた。
(……すごい…本気だ……)
予想を遥かに超える、誠実で、具体的で、そして何よりも「K」=自分自身のことを最大限に尊重しようという意思が、文章の隅々から伝わってくる。
特に、流出動画への即時対応の提案は、暦にとって何よりもありがたい申し出だった。この数日間、自分の動画が勝手に拡散されていくのを見るのは、本当に辛かったのだ。
(この人たちなら…もしかしたら、信じてもいいのかもしれない…)
最初のメールで感じた強い不信感は、この誠実な返信によって雪が溶けるように薄れ、代わりに、この人たちとなら何か新しいことができるかもしれない、という確かな期待感のようなものが、胸の奥に芽生え始めていた。
もちろん、まだ完全に警戒を解いたわけではない。しかし、少なくとも対話のテーブルにつく価値はある、そう思えた。
そして、そのメールの中にあった「東雲翔真」という名前に、暦はなぜか少しだけ親近感のようなものを覚えた。「しののめ」という響きが、どこか夜明けの空を思わせ、新しい始まりを予感させたからかもしれない。
暦は、ペンを取り、ノートに自分の考えを整理し始めた。
キララチューブの提案を受け入れるメリット、デメリット。
もし活動を始めるとしたら、どんな形で、何をしたいのか。
そして、一番大きな問題――養父母の譲と佐和子に、どう説明するのか。
(お父さんもお母さんも、きっと心配するだろうな…でも、いつまでも隠しておくわけにはいかないし…)
頭の中は、様々な考えや感情でいっぱいだった。
でも、不思議と、以前のようなパニック状態ではなかった。むしろ、目の前に大きな選択肢が提示され、それを自分の意志で選ぶことができるという状況に、ほんの少しだけワクワクしている自分もいた。
(よし、まずは…流出動画の件、お願いしてみようかな。それで、この人たちが本当に信用できるか、見極めさせてもらうわ)
暦は、再びメールの返信画面を開いた。
その瞳には、冷静な判断力と、未来への小さな希望の光が宿っていた。
彼女の次なる一手は、この大きな波を、さらに自分の方へと引き寄せることになるのだろうか。
はいどーも! 輝夜でーす!
第九話、読んでくれて本当にありがとう! いや~、キララチューブからの返信メール、マジで神対応だったね! 東雲部長、有能すぎでしょ!惚れてまうやろー!(笑)
暦ちゃんの出した厳しい条件、ほぼ全部クリアどころか、プラスアルファの提案までしてくるなんて、キララチューブの本気度がビンビン伝わってきたね! 特に流出動画への即時対応は、暦ちゃんにとってマジでありがたいよね。
さあ、この神返信を受けて、暦ちゃんはどう動くのか!? 「流出動画の件、お願いしてみようかな」ってことは、いよいよ交渉開始ってこと!?
そして、気になる養父母へのカミングアウト問題…! これも大きなハードルだよねぇ。
次回、暦ちゃんの次なる一手と、東雲さんとのメールでの(もしかしたらビデオ通話も!?)本格的な交渉が始まるのか!?
もう、目が離せないったらありゃしない! 次回も絶対チェックしてね! それじゃ、またねー! アデュ~!