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第七話:錯綜する思惑

 その日、月島暦つきしま こよみの心は、まるで荒れ狂う嵐の中の小舟のように、激しく揺れ動いていた。

 学校から帰宅するなり自室に駆け込み、震える手でパソコンを起動する。恐る恐る開いた動画サイト「KiraraTubeキララチューブ」のトップページには、昨日からネットを騒がせている「銀髪の美少女」――紛れもない、変身した自分の姿――の動画が、これでもかと大きく表示されていた。

 再生回数は、もはや天文学的な数字に達し、世界中からのコメントが、津波のように押し寄せている。その中には、「K」としての自分を知る者からの、核心に迫るような書き込みも少なくない。

(どうして…なんで、あの動画が…)

 頭の中は、疑問と恐怖と、そしてほんの少しの怒りでぐちゃぐちゃだった。あの動画は、誰にも見せるつもりのなかった、厳重に鍵をかけたはずの、自分だけの宝物だったのだ。


 その時、不意に部屋のドアが控えめにノックされた。

こよみ? 大丈夫? さっきから部屋に籠もりっきりみたいだけど、何かあったの?」

 ドアの向こうから聞こえてきたのは、心配そうな養母の佐和子さわこの声だった。こよみの部屋には、彼女がこっそり施した、外部の音を遮断し、内部の音を漏らさないようにする簡易的な魔法結界のようなものがあったが、母親の優しいノックの音は、その結界を通り抜けて届いた。

「う、ううん、何でもないの、お母さん! ちょっと集中して考え事してただけだから、大丈夫!」

 こよみは、努めて明るい声を作り、ドア越しに答えた。今のこの、混乱と動揺に満ちた顔を、佐和子さわこに見られるわけにはいかない。

「そう? ならいいんだけど…。夕ご飯、もうすぐできるから、降りてらっしゃいね」

「うん、ありがとう! すぐ行くわ!」

 佐和子さわこの気遣うような足音が遠ざかっていくのを感じながら、こよみは大きく深呼吸をした。そして、意を決して、パソコンのメールソフトを開いた。

 そこには、案の定、「KiraraTube運営事務局」からのメールが一件、新着として届いていた。

 件名は、「【重要】動画流出に関するお詫びと、今後のご相談について」。


 ゴクリと唾を飲み込み、震える指でメールを開く。

 その内容は、まず丁寧な言葉で綴られた、今回の動画流出事故に関する深い謝罪から始まっていた。システム上の重大なバグにより、一部ユーザーの非公開設定ファイルが誤って公開状態になってしまったこと、そしてその中に「K」様のアカウントに関連付けられた動画(今回の流出動画と強く推測されるもの)が含まれてしまっていたこと。現在、原因究明と再発防止に全力を挙げていることなどが、詳細に記されていた。


(謝罪は一応受け止めるけど、それで済む問題じゃないわよね…)

 こよみは、静かに、しかし鋭く心の中で呟いた。

 あの動画は、誰にも見せるつもりのなかった、こよみだけの秘密の記録だったのだ。それが、こんな形で、世界中の人々の目に晒されてしまった。まるで、大切に鍵をかけていた宝箱を、誰かに勝手にこじ開けられ、中身を衆目に晒されたような屈辱感と不快感。怒りがふつふつと湧き上がってくる。


 しかし、メールは謝罪だけで終わってはいなかった。

 後半には、こよみの警戒心をさらに強めるような、しかし同時に、ほんの少しだけ、ほんの僅かだけ、興味をそそられる内容が記されていたのだ。


「……つきましては、今回の弊社の不手際により、『K』様、並びに流出動画の制作者様(同一人物でいらっしゃると強く推測しております)には、多大なるご迷惑とご心痛をおかけいたしましたこと、重ねて深くお詫び申し上げます。

 その上で、誠に不躾なお願いとは重々承知しておりますが、もし『K』様にご迷惑でなければ、今後のことについて、メールにてご相談させていただく機会を頂戴できませんでしょうか。可能であれば、匿名性を保った形でのビデオ通話なども検討させて頂ければと存じます。

 今回の動画は、流出という不本意な形ではございましたが、その圧倒的なクオリティと、制作者様の類稀なる才能は、すでに世界中から驚異的な注目を集めております。弊社といたしましては、今回の事態を真摯に受け止め、『K』様の今後の活動を最大限サポートさせていただきたいと考えております。具体的には、アーティストとしての活動にご興味がおありでしたら、デビューに向けた全面的なバックアップ体制や、今回の騒動をむしろポジティブな話題へと転換させるようなプロモーション戦略などもご提案できるかと存じます。もちろん、活動形態や条件につきましては、『K』様のご意向を最優先に、柔軟に対応させていただく所存です……」


 そこから先には、新人アーティストとしての契約形態の選択肢(顔出しNG、アバター使用、期間限定など)、報酬体系のモデルケース、さらには、こよみのプライバシー保護を最優先とした活動プランの具体例までが、詳細に、しかしどこかこちらの出方を探るようなニュアンスで書かれていた。

(なるほど…かなり本気みたいね。でも、そう簡単にはこちらのペースに巻き込まれないわよ)

 こよみは、ふっと息を吐いた。

 勝手に動画を流出させておいて、今度はデビューの話? あまりにも虫の良い話だ。しかし、その提案内容は、驚くほど具体的で、そして「こちらの都合を全て飲む」と言わんばかりの低姿勢だった。それは、相手がこちらを相当な「逸材」と見込んでいる証拠でもある。

 そして、心の奥底では、あのきらびやかな世界への、ほんのわずかな好奇心が、確かに顔を覗かせていた。

(私の才能…? 世界中が注目…? もし、本当にそうなら…この、とんでもない状況だけど…何か、できることがあるのかな…? ちょっと怖いけど…でも、もし、この力で何か新しいことが始められるなら…それは、ちょっとだけ、いいかも…しれない…)

 それは、自分の力を試してみたいという純粋な欲求。まだ見ぬ世界への、子供のような好奇心。

 そして、この息苦しい日常から抜け出し、もっと大きな世界で、自分の本当の居場所を見つけられるかもしれないという、淡い、でも消えない期待。

 何よりも、このまま泣き寝入りするなんて、納得がいかない。この騒動を、ただの事故で終わらせたくない。

 そう思うと、不思議と胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。

 どうすればいいのだろうか。

 このまま、運営の提案を無視して、全てを忘れようとする?

 いや、それはもう無理だろう。ネット上には、あの動画のコピーが溢れかえり、「謎の美少女K」としてのこよみの存在は、すでに多くの人々の記憶に刻まれてしまった。無視したところで、何も解決しないどころか、憶測だけが一人歩きする可能性もある。

 ならば、この状況を、自分の手でコントロールするしかない。そして、主導権は絶対にこちらが握る。

 こよみは、慎重に言葉を選びながら、返信メールを打ち始めた。その表情は、先ほどまでの混乱が嘘のように、冷静沈着なものに変わっていた。


『KiraraTube運営事務局 ご担当者様

 この度は、ご連絡いただき、ありがとうございます。

 また、今回の動画流出の件に関しましては、現在もなお、大変遺憾に思っております。

 今後のことにつきまして、貴社からのご提案内容、拝見いたしました。

 いくつか確認させて頂きたい事項、並びに、こちらからの要望がございます。

 詳細につきましては、改めてこちらからご連絡させて頂きたく存じますが、まずは以下の点について、明確にご回答いただけますでしょうか。


 1.私のプライバシー保護(本名、年齢、居住地、その他一切の個人を特定しうる情報)の完全かつ永続的な保証。これには、貴社内部での情報管理体制の徹底と、万が一の漏洩時の責任の所在の明確化を含みます。

 2.アーティスト活動を行う場合の契約形態、及び報酬体系の具体的な提示(成功報酬型、固定報酬型など、複数の選択肢とその詳細な条件をお願いします)。また、楽曲や映像の著作権の帰属についても明確にしてください。

 3.活動内容(楽曲制作、動画制作、プロモーション戦略等)における、私自身の完全な主導権の確約。貴社からの提案は歓迎しますが、最終的な決定権は全て私にあるものとします。

 4.活動期間や頻度に関する柔軟な対応。学業との両立を最優先とさせていただきます。


 上記全ての項目にご同意いただけない場合、これ以上の協議は致しかねます。

 なお、直接お会いしての面談や、音声・ビデオ通話は、現時点では控えさせて頂きたく存じます。まずはメールでの誠実なご対応をお願い申し上げます。

 K より』


 送信ボタンを押す指は、もう震えてはいなかった。

 その瞳には、先ほどまでの混乱とは違う、強い意志と、状況を冷静に見極める知性の光が宿っていた。

(私の条件を全て飲むというのなら…その時は、少しだけ、考えてみようかな。この災厄を、私にとっての最高のチャンスに…できるかもしれない)

 それは、恐怖や不安を乗り越え、自分の力で未来を切り開こうとする、月島暦つきしま こよみのクレバーな一手。

 彼女の運命の歯車が、今、確かに、彼女自身の意志で、新たな方向へと力強く回転を始めた瞬間だった。

はいどーも! 輝夜かぐやでーす!

第七話、読んでくれてマジでありがとう! いや~、今回のこよみちゃん、マジで女神降臨、いや、魔王降臨か!?ってくらいクレバーでカッコよかったね!

運営からの甘い誘いにも冷静沈着に対応して、逆に自分の要求をビシッ!バシッ!と突きつけるとか、もう完全に交渉のプロじゃん! 「私の条件を全て飲むというのなら…考えてあげなくもないわ」ってセリフ、痺れたわ~! さすが私のこよみちゃん!(←だからお前のじゃないって)

ドアのノックのくだりも、こよみちゃんならではの秘密の結界設定、いい感じだったでしょ?(自画自賛)

さあ、このこよみちゃんの超強気な一手に対して、キララチューブの東雲しののめさんたちはどう出てくるのか!? これはもう、運営の土下座案件待ったなし!?

いよいよ始まる運営との頭脳戦! そして、こよみちゃんは本当に芸能界に足を踏み入れるのか!?

もう、ワクワクドキドキが止まらないんですけどー! 次回も絶対に見逃せない神展開、期待しててよね! それじゃ、またねー!


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