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月影の万華鏡 ~魔法のプリズム、輝くシークレットライブ~  作者: 輝夜
第四章:秋色のパレットと、秘密のメロディー

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第六十三話:聖夜の余韻と、秘密基地の産声


クリスマスイブの夜、日本中、いや世界中を感動の渦に巻き込んだKの年末音楽特番でのパフォーマンス。その衝撃と興奮は、一夜明けても冷めるどころか、さらに大きなうねりとなって世間を駆け巡っていた。

ニュースサイトやSNSは、Kの「星詠みの鎮魂歌レクイエム」に関する記事やコメントで溢れかえり、「#Kは女神」「#聖夜の奇跡」「#魂のレクイエム」といったハッシュタグが、世界各国のトレンドランキングを独占。音楽評論家たちはこぞってその革新的なパフォーマンスと圧倒的な歌唱力を絶賛し、一部の宗教学者や哲学者までもが、Kの歌詞の世界観やその存在の持つ意味について真剣な考察を始めるなど、もはや単なる音楽の話題を超えた、一つの文化現象と化していた。

キララチューブの株価は、当然のようにストップ高を記録し、東雲翔真しののめ しょうまのもとには、国内外のあらゆる企業やメディアからの、Kへの出演依頼やタイアップのオファーが、文字通り殺到していた。その中には、ハリウッドの超大物監督からの映画主題歌の依頼や、国連機関からのチャリティーイベントへの出演要請といった、破格の案件も含まれており、東雲しののめは、その一つ一つを冷静に、しかし確かな手応えを感じながら捌いていた。Kの伝説は、今まさに、新たなステージへと駆け上がろうとしていたのだ。


そんな世界の熱狂を、月島暦つきしま こよみは、冬休みに入った自宅のリビングで、少しだけ他人事のように、しかし胸の奥には確かな達成感を抱きながら、テレビのワイドショーやスマートフォンのニュース記事で見つめていた。

こよみちゃん、K様、本当にすごかったわねぇ…。お母さん、昨日の特番見て、感動して涙が止まらなかったわよ。あの歌声、なんだか、心の奥まですーっと染み渡るような、不思議な力があるのねぇ」

養母の佐和子さわこさんが、淹れたての紅茶をこよみに差し出しながら、しみじみと言う。その瞳は、まだ昨夜の感動の余韻で潤んでいるようだった。

「うん…本当に、素晴らしいパフォーマンスだったよね…」

こよみは、Kの正体を知らない佐和子さわこさんに、曖昧に、しかし心からの同意を込めて頷いた。自分の歌が、こうして大切な家族の心にも届いているという事実は、彼女にとって何よりも大きな喜びだった。

(…でも、まさかそのKが、今目の前で紅茶を飲んでる娘だなんて、お母さん、夢にも思わないだろうな…)

そんなことを考えると、少しだけクスッと笑いが込み上げてくる。秘密を抱えることの重圧は確かにあるけれど、同時に、この二重生活ならではの、ちょっとしたスリルやユーモアも、彼女の日常を彩るスパイスになっているのかもしれない。


冬休みに入り、こよみ、美咲、そして相田くんの三人は、まるで秘密結社のメンバーのように、あのシークレットスタジオへと足繁く通うようになっていた。東雲しののめさんから正式に「チームKクリエイティブルーム」と名付けられたその場所は、彼らにとって、学校でも家でもない、第三の、そして最も自由で刺激的な「秘密基地」となっていたのだ。

「よーし! 今日はまず、K様のファンクラブ限定コンテンツのアイデア出しから始めよっか! この前アンケート取ったら、『K様の意外な一面が見たい!』っていう意見がめちゃくちゃ多かったんだよねー」

美咲が、持ち前の明るさと行動力で、ホワイトボードに大きな文字で企画案を書き出しながら、二人に声をかける。彼女は、東雲しののめさんから「Kファンコミュニティ育成担当(仮)」という、何やら仰々しい(しかし本人は大いに気に入っている)肩書を与えられ、ファンの声をダイレクトにKの活動に反映させるための重要な役割を担い始めていた。

「意外な一面、か…。それなら、K様が普段、どんな風に曲のインスピレーションを得ているのか、その創作の過程を少しだけ見せるような、ドキュメンタリー風の映像はどうだろう? もちろん、顔や場所は特定できないように、イメージ映像や手元のアップだけで構成するんだけど…」

相田くんが、いつものように静かな口調ながらも、的確なアイデアを出す。彼の持つ独特の感性と物語性は、Kのミステリアスな魅力をさらに深める上で、欠かせない要素となりつつあった。

「あ、それいいかも! でねでね、その映像の中で、こよみちゃんが実際に絵を描いてるシーンとかも入れたら、K様の多才ぶりもアピールできて、一石二鳥じゃない!?」

「えっ!? わ、私の絵なんて、そんな…!」

こよみは、美咲の提案に顔を赤らめるが、二人の期待に満ちた眼差しに、まんざらでもないといった表情を浮かべている。

三人は、そんな風に、時には真剣に、時には冗談を言い合いながら、お菓子を片手に、Kの新たなコンテンツに関するアイデアを、まるで宝探しのように次々と掘り起こしていく。それは、プロのクリエイターの会議とは全く違う、自由で、手作り感に溢れた、しかしだからこそ斬新で、ファンの心を掴むようなアイデアが生まれる、魔法のような時間だった。

スタジオでの活動は、あくまでこよみの才能と、彼女が持つ「少し特殊な機材や演出の知識(と友人たちには思われている)」を活かす形で行われた。美咲や相田くんは、こよみが「魔法」を使っているとは夢にも思わず、Kの驚異的なパフォーマンスや、映像編集の速さ、そして時折起こる不可解な(しかし魅力的な)現象を、「K様の才能って本当に規格外だね!」「このスタジオ、なんか特別な機材でもあるのかな?」と、目を輝かせながら感心しているのだった。東雲しののめさんが手配してくれた、口の堅いキララのスタッフ(佐伯さんや田辺さんなど)も、必要な技術サポートは行いつつも、彼らの自由な発想を尊重し、温かく見守っていた。


そんなシークレットスタジオでの活動と並行して、東雲しののめさんは、相田くんの持つアンティークオルゴールと、彼のお祖母様が遺したという手記に関する調査も、密かに、しかし着実に進めていた。

ある日、東雲しののめさんは、三人をサンクチュアリに呼び出し、一枚の古びた羊皮紙の巻物のようなものを取り出した。それは、彼が懇意にしている古文書の専門家に依頼し、相田くんのお祖母様の手記(異世界の文字で書かれていた部分)を、部分的に解読してもらったものだった。

「…この手記には、やはり、我々の世界とは異なる、魔法が存在する異世界のことが詳細に記されている。そして、そこには『アストラル界』と呼ばれる高次元の精神世界や、『星の民』と呼ばれる、星々の運行を読み解き、強大な魔法を操る古代種族の存在、さらには、その世界のバランスを司る『創世の女神』に関する記述まであるようだ…」

東雲しののめさんの言葉に、三人は息を呑む。それは、まるで壮大なファンタジー小説のプロローグのようだった。

「そして、最も興味深いのは、この部分だ。『星の民の末裔であり、数千年に一度生まれるという、宇宙の根源的な魔法力と共鳴する魂を持つ赤子を、その身に迫る危険な状態を憂いた女神が、その特別な力を守り、育むために、別の次元の世界へと送った。その赤子こそが、やがて二つの世界を繋ぎ、そして崩壊の危機に瀕した我々の世界を救う、唯一の希望となるであろう…』と」

その言葉に、美咲と相田くんは、ハッとしたようにこよみの顔を見た。こよみ自身もまた、自分の出生の秘密と、Kとしての運命が、この古文書の記述と、あまりにも多くの点で符合することに、言葉を失っていた。

東雲しののめさんは、静かに続けた。

「断定はできないが、月島暦さんが、その特別な力を持つ存在である可能性は非常に高いだろうと思われる。そして、相田くん、君の持つオルゴールは、おそらく、その『星の民』が使っていた、何らかの魔法的なアイテムか、あるいは、異世界とこちらの世界を繋ぐための、一種の『鍵』のようなものなのかもしれない」

東雲しののめさんの言葉は、重く、そして三人の心に深く響いた。

相田くんは、自分の手の中にあるオルゴールを、改めてじっと見つめる。それは、もはや単なる形見の品ではなく、自分の、そしてこよみの運命を左右するかもしれない、重大な意味を持つ存在へと変わり始めていた。

「…僕のオルゴールが…暦の…運命と…?」

彼の心の中に、女神との約束の重さと、そしてこよみを守り、支えなければならないという、新たな使命感が、強く芽生え始めていた。


そんな壮大な運命の歯車が動き出す一方で、こよみの心の中には、依然として、あの異世界の「恐ろしい記憶」の断片が、時折、鋭い棘のように突き刺さることがあった。

シークレットスタジオで、新しい音楽のアイデアに没頭している時、あるいは、美咲や相田くんと、他愛ないおしゃべりで笑い合っている時でさえも、ふとした瞬間に、あの暗く冷たい場所の感触や、誰かの悲痛な叫び声が、フラッシュバックのように蘇り、彼女を言いようのない恐怖と絶望感で包み込む。

(…まただ…しっかりしなきゃ…でも、息が…苦しい…)

その度に、こよみは、東雲しののめさんから教わった呼吸法を試し、美咲や相田くんに気づかれないように、必死で平静を装う。しかし、その力のコントロールは、まだ完全ではなく、時には、スタジオの照明が一瞬明滅したり、近くにあったコーヒーカップが微かに震えたりといった、小さな「力の漏出」を引き起こしてしまうこともあった。

美咲や相田くんは、そんなこよみの異変に薄々気づいてはいたが、東雲しののめさんから「暦さんは、時折、創作に深く集中しすぎると、少し周りが見えなくなることがあるんだ。でも、心配はいらない。彼女は必ず自分で乗り越えられる強さを持っているから、そっと見守っていてあげてほしい」と、事前に説明を受けていたため、あえて深くは追求せず、ただ優しく彼女に寄り添い、励ますのだった。

こよみちゃん…また、何か辛いことを思い出してるのかな…大丈夫だよ、私たちがそばにいるからね…)

美咲は、そっとこよみの背中をさすり、相田くんは、何も言わずに、温かいハーブティーを淹れてくれる。

その二人の、言葉にならない優しさが、こよみにとって、何よりも大きな心の支えとなっていた。


冬休みも、もうすぐ終わりを告げようとしている。

聖夜の奇跡の余韻と、秘密基地での新たな創造の喜び。そして、少しずつ明らかになる異世界の謎と、自分自身の力の課題。

様々な出来事と感情が交錯する中で、月島暦つきしま こよみは、大切な仲間たちと共に、新たな年への、そしてKとしての新たなステージへの、大きな一歩を踏み出そうとしていた。

その先には、どんな運命が待ち受けているのだろうか。

まだ、誰にも分からない。しかし、彼女たちの心の中には、確かな希望の光が、冬の夜空に輝く星々のように、静かに、しかし力強く灯っていた。


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