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月影の万華鏡 ~魔法のプリズム、輝くシークレットライブ~  作者: 輝夜
第四章:秋色のパレットと、秘密のメロディー

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第六十二話:聖夜に響くレクイエムと、世界が息を呑んだ奇跡


師走の街が、一年で最も華やいだ輝きを放つクリスマスイブの夜。

日本中の家庭のテレビ画面には、国民的な人気を誇る年末音楽特番「グランドミュージックフェスティバル」の、きらびやかなオープニング映像が映し出されていた。超人気アイドルグループのパワフルなダンスナンバー、大御所演歌歌手の魂のこもった熱唱、そして今年大ブレイクした若手バンドの疾走感あふれるロックサウンド。日本を代表するトップアーティストたちが次々と登場し、豪華絢爛なステージを繰り広げる、まさに音楽の祭典だ。

その華やかな会場の舞台裏では、各プロダクションのマネージャーやレコード会社の重役たちが、挨拶回りに忙しく立ち働き、有力なメディア関係者との間で、目に見えない情報戦や駆け引きが繰り広げられていた。そして、その中でも、ひときわ多くの視線と関心を集めていたのが、謎の歌姫「K」のプロデューサーである東雲翔真しののめ しょうまだった。彼のもとには、国内外の様々な業界関係者からの、Kへの接触を試みる、あるいは提携を模索するような、熱烈なアプローチが絶え間なく寄せられていたが、東雲しののめは、その全てを、持ち前の冷静さと巧みな交渉術で、煙に巻くように、あるいは逆に相手の情報を引き出すように、巧みに捌いていた。Kの神秘性は、彼にとって最大の武器の一つであり、それを安易に切り売りするつもりは毛頭なかったのだ。


その頃、都内某所の巨大なテレビ局の、厳重な警備体制が敷かれた特別楽屋。

月島暦つきしま こよみは、Kとして、静かにその出番を待っていた。

部屋には、Kのイメージカラーである白と銀で統一された、シンプルながらも洗練された調度品が置かれ、テーブルの上には、彼女の喉を潤すための特別なハーブティーと、数種類のミネラルウォーターが用意されている。壁には、先日のシークレットスタジオでの「アイデア出し会」で、美咲や相田くんが描いた、Kのパフォーマンスを応援する可愛らしいイラストや、励ましのメッセージが書かれた小さなカードが、そっと飾られていた。それは、東雲翔真しののめ しょうまさんの粋な計らいだった。

(美咲ちゃん、翔くん…ありがとう…みんながいてくれるから、私、頑張れるよ…)

こよみは、その小さな応援メッセージを指でそっと撫でながら、胸の奥が温かくなるのを感じていた。

今日のステージで披露するのは、あの新曲「星詠みの鎮魂歌レクイエム」。それは、彼女自身の魂の叫びであり、異世界の記憶の断片であり、そして、東雲しののめさん、美咲、相田くんという、大切な「共犯者」たちと共に創り上げた、特別な想いの込められた楽曲だった。

衣装は、純白のシルクを幾重にも重ね、まるで夜空に浮かぶ雲のように軽やかで、しかしどこか女神のような荘厳さも感じさせるロングドレス。スカートの裾には、美咲のアイデアから生まれた、オーロラのように七色に輝く特殊な素材が織り込まれ、Kが動くたびに、幻想的な光の軌跡を描き出す。そして、銀色の髪には、相田くんが古文書の中から見つけ出したという、古代の星の運行図をモチーフにした、繊細で美しい髪飾りが、まるで本物の星屑のようにきらめいていた。それは、三人の想いが結晶化したかのような、まさにKのためだけの特別な衣装だった。


「K様、まもなくスタンバイのお時間です」

スタッフの一人が、緊張した面持ちで声をかけてきた。

こよみは、ゆっくりと立ち上がり、深呼吸を一つ。鏡に映る自分の姿――Kの姿――を見つめる。その瞳には、もはや以前のような不安の色はなく、代わりに、これから始まる大舞台への、静かで、しかし燃えるような闘志と、そしてこの歌を世界中に届けたいという、強い意志の光が宿っていた。

隣では、東雲しののめさんが、いつものように冷静沈着な表情を浮かべながらも、その瞳の奥には、K(暦)への絶対的な信頼と、そしてこの歴史的な瞬間を共に迎えることへの、抑えきれないほどの興奮を秘めているのが分かった。

「暦さん。…いや、K。準備はいいかい?」

「…はい。東雲さん。最高のステージにしてきます」

二人の間に、言葉は少なくとも、確かな信頼と絆が通い合っている。


ステージ袖。

司会者の「続いては、今、世界が最も注目するアーティスト、Kさんの登場です! テレビ初出演となる彼女が、今夜、一体どんな奇跡を見せてくれるのでしょうか!?」という、興奮を隠しきれないアナウンスと共に、会場全体から、地鳴りのような、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。その熱気は、ステージ袖にいるこよみの肌をビリビリと震わせるほどだ。

(…すごい…みんな、待っててくれてる…)

そして、ステージが暗転し、静寂が訪れる。


次の瞬間。

ステージ中央、一点のスポットライトが、純白のドレスを纏ったKの姿を、厳かに照らし出した。

その瞬間、会場全体から、ため息とも歓声ともつかない、熱狂的な声が爆発した。

Kは、ゆっくりと目を開き、そして、マイクを握りしめる。

流れ始めたのは、「星詠みの鎮魂歌レクイエム」の、あの心を抉るような、美しくも悲しいピアノのイントロ。それは、こよみ自身の指から紡ぎ出された、魂の旋律。

Kの歌声が、静かに、しかし力強く、会場全体に響き渡る。

それは、喜びと絶望、光と影、希望と諦め…相反する感情が、嵐のようにぶつかり合い、そして昇華されたかのような、圧倒的な表現力を持った歌声だった。聴く者の心の奥底にある、最も柔らかな部分に直接語りかけ、魂を揺さぶり、そして浄化していくような、不思議な力。

歌が進むにつれて、ステージ全体が、Kの歌声と感情に呼応するかのように、その表情を劇的に変えていく。

悲しみを歌う時には、ステージは深い海の底のような、冷たくも美しい藍色に染まり、Kの足元からは、まるで涙の結晶のような、青白い光の粒子が静かに立ち昇る。

怒りや絶望を歌う時には、ステージは燃えるような深紅に染まり、背後の巨大スクリーンには、嵐が吹き荒れる荒野や、崩れ落ちる古代遺跡のような、終末的な映像が映し出される。そして、Kの振り上げる手の先からは、まるで稲妻のような鋭い光がほとばしり、観る者を圧倒する。

そして、祈りや希望を歌う時には、ステージは夜明けの空のような、柔らかな黄金色の光に包まれ、Kの頭上からは、まるで天使の羽のように、無数の白い羽根が、ふわり、ふわりと舞い降りてくる。その羽根一枚一枚が、淡い光を放ちながら、観客席へと優しく降り注いでいく。

それは、もはや単なるテレビの音楽番組のステージではない。Kの「力」と、最新鋭のAR技術、そして最高のスタッフワークが完璧に融合した、現実と幻想の境界線が曖昧になるような、息をのむほど美しく、そして壮大な芸術作品だった。


テレビの前の視聴者たちは、そのあまりにも革新的で、そして魂を揺さぶるパフォーマンスに、完全に心を奪われていた。

SNSのタイムラインは、Kへの称賛と感動のコメントで、リアルタイムに埋め尽くされていく。

『Kの新曲、ヤバすぎる…涙が止まらない…』

『こんなのテレビで見たことない! まさに伝説のステージ!』

『Kは、もはや人間じゃない。歌の女神だ…』

『この曲を聴いてたら、なんだか、ずっと忘れてた大切な何かを思い出したような気がする…』

「星詠みの鎮魂歌レクイエム」は、その圧倒的な力で、国境も、年齢も、性別も超え、世界中の人々の心に、深く、深く刻み込まれていった。


曲のエンディング。

全ての音が消え、ステージが再び静寂に包まれる中、Kは、そっと天を仰ぎ、そして、その瞳から一筋の涙を静かに流した。それは、悲しみの涙ではない。自分の魂の全てを込めて歌い切ったことへの達成感と、この歌が多くの人々の心に届いたことへの感謝、そして、まだ見ぬ未来への、小さな希望の涙だった。

そして、彼女は、テレビカメラの向こう側にいるであろう、数えきれないほど多くの人々に向けて、そして、この瞬間を共にしてくれた全ての人々に向けて、深々と、そして心を込めて、一礼した。

その瞬間、会場からは、この日一番の、割れんばかりの拍手と歓声が、嵐のように巻き起こった。それは、Kという稀代のアーティストへの、心からの称賛と感謝の表明だった。


パフォーマンスを終え、K(暦)は、東雲しののめさんに付き添われ、誰にも気づかれることなくテレビ局を後にした。そして、向かったのは、キララチューブ本社内の、あの「サンクチュアリ」だった。

そこには、東雲しののめさんが手配した、特番の生中継を食い入るように見つめていたであろう、早川美咲はやかわ みさき相田翔あいだ しょうが、興奮と感動で顔を真っ赤にしながら待っていた。彼らは、東雲しののめさんの計らいで、サンクチュアリ内の大型モニターで、Kのパフォーマンスをリアルタイムで鑑賞していたのだ。もちろん、そこはK以外の人間は立ち入り禁止の絶対的な安全空間であり、彼らの存在が外部に漏れる心配は一切ない。

こよみちゃーーーーん!!!! すごかったよぉぉぉぉ!!!! もう、言葉にならないくらい、すごかったぁぁぁぁ!!!! 私、最初から最後まで、鳥肌立ちっぱなしで、涙も止まらなかったよぉぉぉ!!!」

サンクチュアリの扉が開いた瞬間、美咲は、K(暦)の姿を見るなり駆け寄り、子供のようにわんわんと泣きじゃくりながら抱きついた。

「…暦。君の歌は…本当に、すごかった。僕も…言葉では言い表せないほどの感動を覚えた。君は、本当に、世界を変える力を持っているのかもしれないね」

相田くんもまた、普段の彼からは想像もつかないほど、感情を高ぶらせ、その瞳には深い尊敬の念を浮かべて、K(暦)を見つめていた。

大切な二人の「共犯者」からの、心からの称賛の言葉。それは、K(暦)にとって、何よりも嬉しいプレゼントだった。

「…東雲さん…私…ちゃんと、歌えましたか…? みんなに、届きましたか…?」

こよみは、まだ夢見心地のような表情で、しかし確かな達成感に満たされて、東雲しののめさんに尋ねた。

「暦さん。…いや、K。君は、最高の、本当に最高のパフォーマンスを見せてくれた。世界中が、君の歌声に、そして君の魂に、心を揺さぶられたはずだ。間違いなく、これは歴史に残るステージになる。…本当に、ありがとう」

東雲しののめさんの声は、感極まっているのか、少しだけ震えていた。彼の瞳もまた、潤んでいるように見えた。

(…私、一人じゃないんだ…みんながいてくれるから、私はKとして、こんなにも輝けるんだ…)

胸の奥から、温かくて、そして力強い何かが、こみ上げてくるのを感じた。


聖夜に響き渡った、魂のレクイエム。

それは、Kの新たな伝説の始まりを告げるファンファーレであり、同時に、月島暦つきしま こよみという一人の少女が、大切な仲間たちと共に、自らの運命を切り開いていくための、力強い序曲でもあった。

世界が息を呑んだ奇跡の夜は、こうして、多くの人々の心に、永遠に消えないであろう美しい記憶と、そしてKへの限りない愛と期待を残して、静かに幕を閉じたのだった。

そして、その舞台裏では、あのシークレットスタジオでの、新たな創造への小さな炎が、すでに静かに、しかし確実に燃え移り始めていた。


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