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月影の万華鏡 ~魔法のプリズム、輝くシークレットライブ~  作者: 輝夜
第四章:秋色のパレットと、秘密のメロディー

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第五十八話:図書室の囁きと、女神の残した旋律


放課後の図書室。窓から差し込む西日が、古い書架の影を長く伸ばし、部屋全体をどこかノスタルジックなセピア色に染め上げている。期末テストを間近に控え、いつもより多くの生徒が黙々と勉強に励んでいるが、その静寂を破るように、月島暦つきしま こよみ早川美咲はやかわ みさきのテーブルに、相田翔あいだ しょうくんが静かに歩み寄ってきた。

「月島さん、早川さん。…ちょっと、邪魔してもいいかな?」

その声は、普段の彼と同じように物静かだったが、その瞳の奥には、何か強い意志と、そしてほんの少しの緊張感が浮かんでいるように見えた。こよみと美咲は、顔を見合わせ、ゴクリと唾を飲み込む。東雲しののめさんとの約束で、相田くんへのカミングアウトはまだ保留になっている。しかし、彼のこのタイミングでの訪問は、何か特別な意味があるようにしか思えなかった。

「う、うん…どうぞ、相田くん。どうかしたの?」

こよみが、努めて平静を装って尋ねる。心臓は、まるで警鐘のようにドクドクと鳴り響いていた。隣の美咲もまた、固唾を飲んで相田くんの次の言葉を待っている。


相田くんは、手にしていた一冊の、少し古びたスケッチブックのようなものと、あのアンティーク調の木製オルゴールを、そっとテーブルの上に置いた。

「…僕が10歳の頃…そう、もう3年も前のことになるけれど…家族旅行中に乗っていた遊覧船が、嵐で転覆しかけたんだ。本当に、九死に一生を得るような体験で…その時の、断片的だけど、どうしても忘れられない記憶があるんだ。話すときは不思議な夢を見たと言っているけど...あれは現実だったんだと思っている」

彼は、まるで遠い日の出来事を昨日のことのように思い出すかのように、少しだけ宙を見つめながら話し始め、そしてスケッチブックのページをゆっくりとめくった。そこには、子供の拙いタッチながらも、鮮烈な印象を残す絵が数枚描かれていた。嵐で荒れ狂う黒い海、大きく傾いた船、そして…その中で、温かい光に包まれ、自分を抱きかかえる、美しい女性の姿。

「…嵐の中、船から投げ出されそうになった僕を、どこからともなく現れた、光り輝く女性が助けてくれたんだ。その人は、人間じゃない、神様のような存在だったと思う。そして、それは一瞬だったようなでも、長い時間だったような不思議な体験だけど、月が3つある不思議な世界に少しの間、連れられて...あれは、保護されていたんだと思う。そして、気がついたら、僕は救助ボートの上にいて…このオルゴールを、しっかりと握りしめていた。そして、あの女性は、消える間際に、僕の心に直接語りかけるように、こう言ったんだ。『このオルゴールの音色を、そしてこの旋律の本当の意味を知る少女に、あなたはいつか必ず出会うでしょう。その時が来たら…もしよかったら、その子の力になってあげてほしいな。きっと、あなたにとっても、何か意味のある、大切な出会いになるはずだから』と…」

相田くんの声は、震えていた。それは、彼にとって、決して忘れることのできない、人生を左右するほどの強烈な体験だったのだ。

「僕は、ずっとその言葉の意味を知りたかった。そして、このオルゴールのメロディーに聞き覚えのある人を探してきたんだ。でも、いなかった。…君に出会うまでは」

彼は、そこで言葉を切り、真っ直ぐにこよみの目を見つめた。その瞳は、長年抱き続けてきた謎の答えにようやくたどり着き、そしてその運命の相手を目の前にした者の、揺るぎない確信と、そして何か大きな使命感に満ち溢れていた。

「月島さん。君が文化祭の時に描いていた、あの背景画の世界観。Kの音楽の中に時折現れる、どこか異世界の響き。そして、美術室で君が見せる、あの才能と、雰囲気…。それら全てが、僕の記憶の中にある『光り輝く女性』に保護されたあの世界、そしてこのオルゴールの旋律と、あまりにも一致しすぎているんだ。そして、何よりも…このオルゴールのメロディーを聴いた時の、君の反応…。僕は、確信している。君こそが、あの女性が言っていた、『この旋律の本当の意味を知る、特別な力を持つ少女』であり、そして…君が、Kなんだと!」

その言葉は、静かだったが、図書室の空気を震わせるほどの重みと、そして有無を言わせぬ迫力を持っていた。

こよみは、言葉を失い、ただ震えることしかできなかった。彼の言葉は、もはや推測ではなく、動かしがたい真実として、彼女の心の最も深い部分に突き刺さってくる。美咲もまた、そのあまりにも壮大で、運命的な話に、ただ息をすることも忘れ、二人を見守っている。

(…翔くん…私のこと…Kだって…そして、女神様が言っていた、女の子だって…気づいてるんだ…)


図書室の静寂を破るように、こよみのスマートフォンのバイブレーションが、ポケットの中で短く震えた。こっそりと画面を確認すると、東雲しののめさんからのメッセージだった。

『暦さん、早川さん。先ほど、相田翔くんに関する調査の初期報告が上がってきました。非常に興味深い、そして…少々驚くべき内容です。詳細は、今夜サンクチュアリでお話ししたいのですが、よろしいでしょうか? 彼のこと、そしてあのオルゴールのこと…もしかしたら、我々の想像を超える、大きな何かが動き出しているのかもしれません』

そのメッセージを読んだこよみは、ゴクリと唾を飲み込み、そして意を決したように顔を上げた。

「…翔くん。そして、美咲ちゃんも。…今夜、少し時間、あるかな…? どうしても、二人にお話しなきゃいけないことがあるの。私の…ううん、Kの、大切な秘密について…」

その言葉に、相田くんと美咲は、息を呑み、そして、運命の瞬間が訪れたことを悟ったかのように、静かに、しかし力強く頷いた。


その日の夜。キララチューブ本社「サンクチュアリ」。

いつもより少しだけ張り詰めた空気の中、こよみ、美咲、相田、そして東雲しののめさんの四人が、大きな円卓を囲むようにして向かい合っていた。

東雲しののめさんは、まず、相田くんに深々と頭を下げた。

「相田くん、初めまして。Kのプロデューサーを務めております、東雲翔真と申します。…そして、今日ここにお呼びしたのは、君が抱いているであろう確信について、そして君が10歳の時に体験したという、あの奇跡的な出来事について、我々が知り得た情報と、K…いや、月島暦さんの秘密を、君に共有するためです」

東雲しののめさんは、そこで一旦言葉を切り、そしてこよみに視線を送った。こよみは、小さく頷くと、意を決したように、ゆっくりと相田くんに向き直った。

「翔くん…。あなたの言う通り、私が…私がKなの。そして、多分…あなたが助けられた時に出会った『光り輝く女性』…女神様が言っていた、特別な力を持つ少女…それも、きっと私のことだと思う…」

その言葉は、静かだったが、サンクチュアリの空気を震わせるほどの重みを持っていた。

相田くんは、一瞬、息を呑んだ。彼の大きな瞳が、驚きと、しかしそれ以上に、長年の謎が解けたことへの深い安堵と、そして運命の相手にようやく出会えたことへの、言葉にならないほどの感動の色を浮かべて、こよみをじっと見つめている。

「…月島さん…いや、暦。…やはり、そうだったんだね。君が、僕がずっと探し求めていた、『オルゴールの旋律の本当の意味を知る特別な人』であり、そして…Kだったなんて…。信じられないような話だけど…でも、君なら、あり得るのかもしれないと、ずっと思っていたんだ。…話してくれて、ありがとう」

その声には、驚きよりも、むしろ長年の謎が解けたことへの安堵と、そして運命の相手に出会えたことへの深い感動が込められていた。

「いえ、こちらこそ…翔くん、今まで黙っていて、ごめんなさい…」

こよみが、申し訳なさそうに言うと、相田くんは優しく首を横に振った。

「君が抱えていた秘密の重さを考えれば、当然のことだよ。僕の方こそ、何も言えずにいてすまなかった」

その言葉に、こよみと美咲は、少しだけ目頭が熱くなるのを感じた。


そして、東雲しののめさんは、本題へと入った。

「相田くん。君が10歳の時に遭遇したという事故について、我々も可能な限り調査を進めさせてもらった。その結果、いくつかの非常に興味深い、そして…少々、信じがたい事実が判明してきたんだ」

東雲しののめさんがモニターに映し出したのは、当時の事故に関する新聞記事の縮小コピーや、関係者の証言記録らしきものだった。そこには、遊覧船が嵐で転覆寸前になりながらも、奇跡的に乗員乗客全員が無事救助されたこと、そしてその際、一部の乗客が「海面が眩しく光り、美しい女性のような姿を見た」と証言していたことなどが、記録されていた。

「…君の体験は、決して夢や幻ではない。実際に、君は何らかの超越的な存在によって、命を救われた可能性が非常に高い。そして、その存在が、君にオルゴールを託し、暦さんとの出会いを予言した…。これは、もはや単なる偶然では説明がつかない、運命的な繋がりと言わざるを得ないだろう」

東雲しののめさんの言葉は、冷静でありながらも、その奥には、この不可思議な運命の糸に対する、畏敬の念すら感じられた。

「そして、その『異世界』というのが、もしかしたら、暦さんが時折垣間見る、あの『三つの月が浮かぶ世界』と、深く繋がっているのかもしれない。君の見たという世界、オルゴールのメロディーが、暦さんの記憶の歌と一致するという事実は、その強烈な傍証だ。二人が、あるいは、二つの世界が、何か大きな力によって、引き寄せられようとしている…そう考えるのが、今の私たちにとっては、最も自然な結論ではないだろうか」

サンクチュアリは、しばし重い沈黙に包まれる。誰もが言葉を失っていた。


やがて、相田くんが、静かに、しかし決意を秘めた声で口を開いた。

「…もし、それが本当なら…僕にできることは、何でしょうか? 暦さんが抱える秘密と、そして彼女の運命に、僕も関わることができるのでしょうか…? あの『光り輝く女性』の願いを、僕は…果たさなければならないような気がするんです」

その問いかけに、東雲しののめさんは、真っ直ぐに相田くんの目を見つめ返した。

「相田くん。君のその真摯な想い、そして暦さんを思う気持ちは、痛いほど伝わってくる。だが、これは、君の人生をも大きく左右することになるだろう。それでも、君は、暦さんを助けていくという覚悟があるかね?」

「…はい。暦さんが一人で苦しむのなら、僕もその苦しみを少しでも軽くしてあげたい。そして、もし僕の持つ何かが、彼女の助けになるのなら…喜んで、力を尽くしたいと思います。それが、あの時に僕が助けられた意味なのだろうと、今、そう感じていますから」

その言葉には、揺るぎない誠実さと、そしてこよみへの深い想い、そして女神との約束を果たすという強い使命感が込められていた。

こよみは、そんな相田くんの姿を、涙を堪えながら見つめていた。そして、隣に座る美咲もまた、二人の間に芽生えた特別な絆を、温かく、そして少しだけ羨ましそうに見守っている。


東雲しののめさんは、深く頷いた。

「…分かった。相田翔くん。君もまた、今日から我々の、そしてK(暦)の、大切な『共犯者』だ。ようこそ、この秘密のプロジェクトへ。これから、多くの困難が待ち受けているだろう。だが、君たちが力を合わせれば、きっとどんな運命も切り開いていけると、私は信じている」

その言葉と共に、東雲しののめさんは、三人の若き「共犯者」たちに、力強い笑みを向けた。

図書室の片隅で囁かれた秘密は、今、サンクチュアリという密室で、新たな、そしてより大きな運命の旋律を奏で始めた。それは、Kの音楽のように、切なくも美しく、そしてどこまでも希望に満ちた、未来への序曲だったのかもしれない。


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