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月影の万華鏡 ~魔法のプリズム、輝くシークレットライブ~  作者: 輝夜
第四章:秋色のパレットと、秘密のメロディー

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第五十六話:サンクチュアリの密談と、共犯者たちの誓い


日曜日の午後。真新しいスニーカーの靴音が、都心にそびえ立つスタイリッシュな高層ビル――キララエンターテイメント本社のエントランスホールに、控えめに、しかしどこか決意を秘めたように響いていた。月島暦つきしま こよみ早川美咲はやかわ みさきは、互いの手のひらにじっとりと汗が滲むのを感じながら、ガラス張りの巨大な自動ドアをくぐった。

未来的なデザインの受付カウンター、壁一面に映し出されるキララチューブの人気動画のダイジェスト映像、そして忙しそうに行き交う、どこか業界人らしい洗練された雰囲気の社員たち。その全てが、普段の中学校生活とはかけ離れた、特別な世界の空気を醸し出しており、二人を圧倒するには十分だった。

「…すごい…ここが、Kが所属してるキララチューブの本社なんだ…なんだか、映画の中みたい…」

美咲が、思わず感嘆の声を漏らす。こよみもまた、Kとして何度か訪れたことはあるものの、親友と二人で、しかも「月島暦」としてこの場所を訪れるのは初めての経験であり、言いようのない緊張感と、そしてほんの少しの誇らしさを感じていた。


受付で東雲翔真しののめ しょうまさんの名前を告げると、すぐに内線で連絡が取られ、ほどなくして、エレベーターホールの方から、いつものように完璧なスーツを着こなし、しかし今日はどこか週末らしい柔らかな表情を浮かべた東雲しののめさんが、穏やかな笑みを湛えて現れた。

「暦さん、そして早川さん、よくいらっしゃいました。お待ちしていましたよ」

その声は、電話で聞いた時と同じように、落ち着いていて、そして二人を安心させるような温かみがあった。

「東雲さん、こんにちは! 今日は、お忙しいところ、本当にありがとうございます!」

こよみと美咲は、同時に深々と頭を下げた。

「いえいえ、こちらこそ。さあ、どうぞこちらへ。少し長話になるかもしれませんから、ゆっくりと落ち着いて話せる場所へご案内します」

東雲しののめさんは、二人を伴って専用エレベーターへと向かう。その間も、彼は美咲に対し、「暦さんのことは、いつも本当に感謝しています。あなたがいてくれるおかげで、暦さんも安心してKとしての活動に集中できているのですよ」と、労いの言葉をかけることを忘れなかった。そのスマートな気遣いに、美咲は顔を赤らめながらも、どこか誇らしげな表情を浮かべていた。


案内されたのは、もちろん、K専用のセーフハウス「サンクチュアリ」だった。

前回、こよみの力の暴走で一部の機材が損傷したものの、東雲しののめさんの指示のもと、すでに完璧に修復され、むしろ以前よりもさらに高度なセキュリティと、居心地の良い空間へとアップグレードされている。壁には、Kが「星降りの島」で撮影した、息をのむほど美しい写真がアート作品のように飾られ、部屋の隅には、こよみがお気に入りのハーブティーのセットがさりげなく用意されていた。

「どうぞ、お掛けください。暦さんはいつものカモミールティーでよろしいですね? 早川さんは、何がお好きですか? コーヒー、紅茶、それとも何か冷たいものがよろしいでしょうか?」

東雲しののめさんの、まるで執事のように完璧なエスコートに、美咲は少し緊張しながらも、「あ、あの、オレンジジュースをお願いします!」と、元気よく答えた。

飲み物が運ばれてくると、サンクチュアリの防音壁に守られた静かな空間で、三人の「密談」が始まった。


まず口火を切ったのは、こよみだった。

「東雲さん…昨夜、美咲ちゃんに…私がKだってこと、全部話しちゃいました…。ごめんなさい、事前に東雲さんに相談もせずに…」

申し訳なさそうに俯くこよみに、東雲しののめさんは優しく微笑みかけた。

「暦さん、謝る必要はありませんよ。早川さんは、あなたのことを心から心配し、そしてKのことも深く理解しようとしてくれている。私には、そう見えます。むしろ、あなたにとっては、普通の生活をしている所で、身近な友人に、信頼できる人が一人でも居るということは、今後のKの活動にとっても、そして月島暦としてのあなたの心の安定にとっても、決して悪いことではないと、私は考えています」

その言葉に、こよみと美咲は、顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべた。

「それで…今日は、もう一人、相田くんのことでもご相談があって…」

こよみは、文化祭でのオルゴールの件、相田くんが見るという不思議な夢の話、そして先日の美術室での石膏像の事件と、その時の相田くんの鋭い指摘について、詳細に、そして少しだけ不安を滲ませながら東雲しののめさんに語った。美咲もまた、隣で時折頷きながら、自分の感じた相田くんの印象や、こよみへの気遣いなどを補足する。


東雲しののめさんは、二人の話を、一度も遮ることなく、真剣な表情で、そして時折鋭い視線を光らせながら、じっと聞き入っていた。特に、オルゴールのメロディーがこよみの異世界の記憶と一致するという点と、相田くんが見る夢の内容、そして石膏像の事件(こよみの力の無意識の暴走)に関しては、彼のプロデューサーとしてのアンテナが、何か尋常ではないものを敏感に感じ取っているようだった。

全ての話しが終わると、東雲しののめさんは、しばらくの間、指を組んで深く考え込むように目を閉じていた。サンクチュアリには、エアコンの静かな作動音だけが響き、こよみと美咲は、固唾を飲んで彼の次の言葉を待っていた。

やがて、東雲しののめさんはゆっくりと目を開き、そして、いつもの冷静沈着なプロデューサーの顔つきに戻って、口を開いた。

「…なるほど。状況は理解できました。暦さん、そして早川さん、詳細な情報をありがとう。…相田くん、ですか。彼が、暦さんの秘密に気づいている可能性は、確かにお二人の話を聞く限り、非常に高いと言わざるを得ませんね」

その言葉に、こよみの顔が再び曇る。

「そして、そのオルゴールのメロディーと、彼が見るという夢…これは、単なる偶然や、思春期の少年少女の感受性の豊かさだけで片付けられる問題ではないかもしれません。正直なところ、私のこれまでの経験や知識だけでは、即座に判断を下すことが難しい、極めて特殊なケースと言えるでしょう」

東雲しののめさんの声には、わずかな困惑と、しかしそれ以上に、未知なるものへの強い興味と探求心が滲んでいた。

「つきましては、暦さん。相田くんにカミングアウトするかどうかという最終的な判断は、もう少しだけ待っていただけませんか? 私の方で、相田翔という人物について、そして彼が持つというオルゴールについて、可能な限りの情報を収集し、慎重に分析する時間をいただきたいのです。Kの秘密は、我々にとって、そして何よりも暦さん自身にとって、最大限の注意を払って守らなければならない、最重要事項です。その上で、彼が本当に暦さんの味方となり得るのか、それとも…万が一にも、リスクとなる可能性はないのかを、プロとして見極める責任が私にはあります」

その言葉は、こよみの気持ちを尊重しつつも、Kのプロデューサーとしての、断固たる意志と責任感を示すものだった。決して感情論ではなく、冷静な分析と判断に基づいて行動しようとする、東雲しののめさんらしい提案だった。

「…はい…分かりました、東雲さん。お任せします」

こよみは、少しだけ残念そうな表情を浮かべたが、東雲しののめさんの真摯な言葉に、素直に頷いた。美咲もまた、隣で心配そうに、しかし東雲しののめさんの判断を尊重するように、黙って頷いている。


「ありがとう、暦さん、そして早川さん。ご理解いただけて感謝します」東雲しののめさんは、そこでふっと表情を和らげると、今度は美咲に向かって、真摯な、しかしどこか期待を込めた眼差しを向けた。「早川さん。暦さんにとって、あなたはかけがえのない親友であり、そしてこれからは、Kの秘密を守るための、重要な『共犯者』の一人でもあります。そこで、お願いがあるのですが…学校生活において、暦さんのことを、今まで以上に気にかけてあげてはいただけませんか? 彼女がKであるという秘密が、万が一にも周囲に漏れることのないよう、そして彼女が月島暦として安心して過ごせるよう、あなたのその明るさと行動力で、さりげなくサポートしていただけると、私も、そして何よりも暦さん自身も、大変心強いのです」

その言葉に、美咲は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに「はいっ!もちろんです!こよみちゃんのことなら、私に任せてください!全力で守ってみせます!」と、胸を張って力強く答えた。その瞳は、親友への深い愛情と、そして新たな役割への使命感でキラキラと輝いている。

東雲しののめさんは、満足げに頷くと、悪戯っぽく微笑んだ。

「そのお礼と言ってはなんですが…今後、Kが何か特別なイベント…例えば、年末の音楽特番や、もしかしたらもっと大きなステージに立つ時などには、早川さんには、『特等席』をご用意できるとお約束しましょう。Kの最も近くで、その輝きを誰よりも先に目にすることができるかもしれませんよ?」

「えええええっ!? 本当ですか!? やったー! 東雲さん、大好きー!」

美咲は、子供のようにはしゃぎ、東雲しののめさんに抱きつかんばかりの勢いだ。そのあまりの喜びように、東雲しののめさんも思わず苦笑いを浮かべる。

しかし、隣にいたこよみは、その言葉を聞いた瞬間、顔をカッと赤らめた。

(と、特等席…!? それって、つまり…美咲ちゃんが、Kとして歌って踊る私を、すぐ目の前で、じっと見ることになるってこと…!? う、うそでしょ…そんなの、恥ずかしすぎる…! 月島暦こよみだって判って見られていると思うと、きっと......!ど...どうしよう…!)

嬉しいはずの親友への計らいが、こよみにとっては新たな悩みの種となり、頭の中で警報が鳴り響いている。喜び勇んでいる美咲の隣で、一人だけ顔を真っ赤にして俯き、指先をいじいじと弄んでいるこよみの姿は、Kの神秘的なオーラとは程遠い、まさに「普通の女の子」そのものだった。


美咲は、そんなこよみの可愛らしい狼狽ぶりにすぐに気づき、ニヤリといたずらっぽい笑みを浮かべた。

「あーら、こよみちゃん、どうしたのー? もしかして、照れてるー? 大丈夫だって! 私がK…じゃなくて、こよみちゃんの最高のパフォーマンス、ちゃーんと目に焼き付けて、隅から隅まで堪能させてもらうから、覚悟しててよねー! いひひひっ!」

「み、美咲ちゃんまで、からかわないでよぉぉぉ…!」

こよみは、ますます顔を赤くして、美咲の腕を軽く叩いた。その様子を見て、東雲しののめさんは、楽しそうに、しかし温かい眼差しで二人を見守っていた。この少女たちの、Kとしてのカリスマ性と、月島暦としての素顔のギャップ、そして何よりも、互いを思いやる深い友情こそが、彼女たちの最大の魅力の一つなのかもしれないと、改めて感じていた。

「さて、その話はまた後日、ということで」東雲しののめさんは、楽しそうに笑いながら話を切り替えた。「今日は、せっかくお二人にお越しいただいたのですから、Kの今後のエキサイティングなプロジェクトについて、少しお話ししてもよろしいでしょうか? もちろん、早川さんにも、暦さんの『共犯者』として、ぜひご意見を伺いたいのです」

東雲しののめさんが取り出したのは、Kの年末音楽特番への出演に関する企画書と、そして、さらにその先に見据えている、Kの新たな海外展開に関する、極秘の構想案だった。それは、二人の少女を、再び興奮と期待の渦へと巻き込むには、十分すぎるほど魅力的な内容だった。


サンクチュアリの密室で、三人の「共犯者」たちによって、新たな誓いと、そして未来への壮大な計画が、静かに、しかし力強く紡がれ始めた。

窓の外には、傾き始めた西日が、高層ビル群を黄金色に染め上げている。それは、彼女たちの未来が、多くの困難を乗り越えた先に、必ずや輝かしいものになることを、予感させるかのような、美しい光景だった。

月島暦つきしま こよみの、そしてKの物語は、新たな仲間と、新たな決意と共に、次のステージへと、確かな一歩を踏み出したのだ。


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