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月影の万華鏡 ~魔法のプリズム、輝くシークレットライブ~  作者: 輝夜
第四章:秋色のパレットと、秘密のメロディー

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第五十五話:日曜日のクレープと、共犯者たちの序曲


土曜日の朝。

美咲の部屋に差し込む柔らかな朝日の中で、月島暦つきしま こよみは、久しぶりに心からの安堵感と共に目を覚ました。隣には、まだすやすやと可愛らしい寝息を立てている早川美咲はやかわ みさきの姿。昨夜、Kとしての秘密を打ち明け、そして美咲がそれを温かく受け止めてくれたことで、こよみの心は何年かぶりに、重くのしかかっていた大きな荷物の一つを下ろせたような、そんな晴れやかな気持ちだった。まるで、ずっと曇り空だった心に、ようやく温かい陽の光が差し込んできたかのようだ。

(…美咲ちゃん…本当にありがとう…あなたがいてくれて、本当によかった…)

そっと美咲の寝顔を見つめながら、こよみは改めて親友への感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。秘密を共有できる相手がいるということが、これほどまでに心を軽くしてくれるなんて、今まで想像もしていなかった。


「ん…ふわぁ…あれ、こよみちゃん、おはよー…ってもう起きてたの?」

やがて、美咲も目を覚まし、猫のように大きなあくびを一つすると、こよみに悪戯っぽく微笑みかけた。その笑顔は、昨夜の感動的な出来事を経て、どこか以前にも増して親密で、そしてこよみの全てを受け止めてくれるような、力強いものになっているように感じられた。

「うん、おはよう、美咲ちゃん。昨日は、本当にありがとうね。なんだか、すごくスッキリしたっていうか…心の奥にあった、ずーっと冷たくて重かった氷が、やっと溶けたみたいな感じだよ。美咲ちゃんに話せて、本当によかったって思ってる」

こよみの声は、まだ少しだけ掠れていたが、その表情は、吹っ切れたような明るさに満ちていた。

「もー、こよみちゃんったら、水くさいこと言わないの! 私たち、親友なんだから当たり前でしょ? まぁ、今回の事は...内容が...ねぇ。あんまりにも大きな話だから、仕方ないと思うけど。この秘密は、もし私がそうだったとして考えると、そりゃ言えないわ。でも、これからは、一人で抱え込まないで、私にも相談してよね! 約束だからね!」美咲は、小指を立ててこよみに差し出す。「それよりさ、今日はせっかくの日曜日だし、どっか遊びに行こうよ! 昨日のK…じゃなくて、こよみちゃんお疲れ様会、兼、私たちの新たな門出を祝う会! …ってことで、美味しいもの食べに行こ!」

美咲は、ベッドから勢いよく飛び起きると、カーテンをシャッと開け放ち、太陽の光を部屋いっぱいに招き入れた。その屈託のない明るさと行動力に、こよみも自然と笑顔になる。


二人は、少し遅めの朝食(美咲お手製の、ちょっと焦げたけど愛情たっぷりのホットケーキと、フルーツヨーグルトだ)を済ませると、お互いのお気に入りの私服に着替え、賑やかな駅前のショッピングモールへと繰り出した。

週末のモールは、カラフルな風船を持った子供たちの楽しそうな声や、ウィンドウに飾られた秋の新作ファッションに目を輝かせる若い女性たちの華やかな賑わいで、歩いているだけでも心が浮き立つような雰囲気だった。こよみは、美咲と腕を組み、まるで小鳥がさえずるように途切れることのないおしゃべりを楽しみながら、ウィンドウショッピングに興じたり、話題のキャラクターグッズが並ぶ雑貨屋さんで可愛いキーホルダーを見つけてはしゃいだり、そんな「普通の女の子」としての時間を、心の底から満喫していた。Kとしての自分を意識することなく、ただ親友と笑い合えるこの何気ないひとときが、今の彼女にとってはかけがえのない宝物のように感じられた。

途中、クレープ屋さんの甘い香りに誘われ、長い行列に並んで、二人それぞれお目当てのクレープをゲットする。こよみが選んだのは、カスタードクリームとキャラメルソース、そしてたっぷりのスライスアーモンドがトッピングされた、ちょっと大人っぽい味のクレープ。美咲は、迷うことなく、生クリームとチョコレートソース、そしてバナナとイチゴが贅沢に乗った、見た目も華やかな定番のクレープだ。

「んー! やっぱり、ここの生クリームいちごチョコバナナクレープは最強だよねー! このボリューム感と甘さが、たまらないんだよー!」

美咲が、口の周りに生クリームを豪快につけながら、至福の表情で言う。その幸せそうな顔を見ているだけで、こよみも思わず笑みがこぼれた。

「うん、本当に美味しいね。美咲ちゃんと一緒に食べると、もっと美味しく感じるよ。なんだか、久しぶりにこんなにリラックスできた気がする。心の底から笑ってる自分がいるって、すごく…嬉しい」

こよみも、カスタードの優しい甘さと、キャラメルのほろ苦さ、そしてアーモンドの香ばしさが絶妙に絡み合うクレープを一口頬張りながら、心の底からそう感じていた。秘密を打ち明けた後の解放感と、親友の温かい存在が、彼女の心をこんなにも穏やかにしてくれているのだ。


そんな和やかな雰囲気の中、美咲がふと、クレープを食べる手を止め、真剣な表情で切り出した。

「ねえ、こよみちゃん。昨日の夜、色々話してくれて本当にありがとう。こよみちゃんの秘密、絶対に誰にも言わないし、これからもずっとこよみちゃんの味方だから。それでね、私、思ったんだけど…こよみちゃんがKだってこと、もしかしたら、もう一人、気づいてる人がいるかもしれないんだよね…」

その言葉に、こよみの心臓が、再び甘いクレープの味も忘れるほど、ドクンと大きく、そして嫌な音を立てて跳ねた。顔からサッと血の気が引き、楽しい気分が一瞬にして吹き飛んでしまう。

「えっ…!? も、もう一人…? だ、誰のこと…? まさか…」

声が震えるのを抑えられない。

「うん。…美術部の、相田くんなんだけどね」

「しょ、翔くんが…!?」

美咲の口から出た名前に、こよみは息を呑んだ。確かに、あの文化祭でのオルゴールの件以来、相田くんの自分を見る目が、以前とは少し違うものになっているような気はしていた。それは、単なるクラスメイトへの関心ではなく、もっと深く、何かを探るような、そして時折、痛ましいほどの共感を滲ませるような、複雑な眼差しだった。

「この前の美術室での、あの石膏像が割れた時のこと、覚えてる? あの時の相田くんのこよみちゃんを見る目、ただ事じゃなかったんだよ。まるで、全てを見透かしているかのような…それでいて、すごく心配そうな顔してた。それに、文化祭の時も、Kのライブの後も、相田くん、何かずっとこよみちゃんのこと気にしてるみたいだったし…彼は、すごく鋭いから、もしかしたら、もう確信に近いものを持ってるんじゃないかなって…」

美咲の言葉は、まるでパズルの最後のピースがはまるように、こよみの中の漠然とした不安を、明確な恐怖へと変えていった。あの美術室での出来事。相田くんの、全てを理解しているかのような、静かで深い眼差し。そして、あのオルゴールの、忘れられないメロディー…。

「…どうしよう…もし、翔くんにもバレちゃったら…私…Kとしての活動も、それに、普通の学校生活も…もう、めちゃくちゃになっちゃうかもしれない…」

クレープを持つ手が、微かに震えている。楽しいはずの日曜日の午後が、一瞬にして暗雲に覆われたような気分だった。


「大丈夫だって、こよみちゃん!」美咲は、不安そうなこよみの手を、力強く、そして温かく握った。その手の温もりが、こよみの冷え切った心に、少しだけ勇気をくれる。「相田くんなら、絶対にこよみちゃんのことを変な目で見たりしないって、私、信じてるよ。あの人、口数は少ないけど、すごく優しくて、人の気持ちをちゃんと理解できる人だと思うから。むしろ、彼もこよみちゃんの秘密を一緒に守ってくれる、心強い味方になってくれるかもしれない。だから…思い切って、相田くんにも話してみない? もちろん、こよみちゃんが嫌なら無理強いはしないけど…でも、もし話すなら、私も一緒に行くよ。こよみちゃん一人じゃ不安でしょ? 私が、ちゃんと隣にいて、こよみちゃんを守ってあげるから!」

美咲のその言葉は、太陽のように明るく、そして何よりも頼もしかった。一人で抱えきれないと思っていた秘密を、こうして一緒に背負ってくれようとする親友がいる。その事実が、彼女に、絶望の淵から這い上がるための、大きな勇気を与えてくれた。

「…うん…美咲ちゃんがそう言ってくれるなら…私、翔くんに…話してみようかな…でも、どうやって…? いきなり呼び出して、私がKなんだって言っても…翔くん、困っちゃうよね…?」

こよみの声は、まだ不安で震えていたが、その瞳には、ほんの少しだけ、前に進もうとする意志の光が灯り始めていた。

「よし、決まりね! じゃあ、まずは作戦会議だ!」美咲は、パチンと指を鳴らした。「その前に、ちゃんと東雲さんにも連絡して、相談しなきゃね! Kのプロデューサーなんだから、こういう時こそ頼りになるはずだよ!」


クレープを食べ終えた二人は、ショッピングモールの一角にある、少し落ち着いた雰囲気のカフェに入り、窓際の小さなテーブルを挟んで向かい合った。テーブルの上には、こよみのスマートフォンが置かれている。

「ねえ、こよみちゃん。東雲さんって、今日はお休みかな? いきなり電話しても大丈夫かな?」

美咲が、少し心配そうに尋ねる。

「うーん…東雲さん、いつも忙しそうだから、お休みの日でもお仕事してるかもしれないけど…でも、私のことなら、きっといつでも話を聞いてくれるって言ってたから…大丈夫だと思う」

こよみは、深呼吸を一つすると、意を決して東雲さんの番号を呼び出した。数回のコールの後、電話の向こうから、いつものように落ち着いた、しかしどこか優しい響きを帯びた東雲さんの声が聞こえてきた。

『もしもし、暦さん? どうかしましたか? 今日は確か、お友達と…』

「あ、東雲さん、こんにちは! お忙しいところ、すみません…月島暦です。あの…実は、今、親友の早川美咲ちゃんと一緒にいるんですけど…」

こよみは、少し緊張しながらも、昨夜、美咲にKであることを打ち明けたこと、そして、相田くんにも真実を話すべきか悩んでいることを、正直に、そして簡潔に伝えた。電話の向こうで、東雲さんが息を呑む気配が伝わってくる。

しばらくの沈黙の後、東雲さんは、静かに、しかしプロデューサーとしての慎重さを滲ませた声で言った。

『…そうですか。早川さんに…。暦さん、それは、あなたにとって大きな一歩でしたね。そして早川さん、暦さんのことを受け止めてくださり、感謝します。…相田くんの件ですが、暦さんと早川さんから、彼についてもう少し詳しく聞かせていただいてもよろしいでしょうか。オルゴールのこと、彼が見るという夢のこと、そして美術室での出来事…それらが事実だとすれば、彼は確かに、何か特別なものを持っているのかもしれません。しかし、Kの秘密に関わることです。軽々しく判断はできません。少し、私にも状況を整理し、判断する時間をいただきたいのです』

その言葉は、こよみの気持ちを理解しつつも、Kのプロデューサーとしての責任感を強く感じさせるものだった。

『つきましては、もしよろしければ…今日、これから、キララチューブの本社にいらっしゃいませんか? 早川さんもご一緒に。そこで、改めて、相田くんのこと、そして今後のことをゆっくりと話し合いましょう。私も、お二人に直接お会いして、しっかりと状況を把握したい。そして、暦さんが安心して次のステップに進めるよう、最善の方法を一緒に考えたいのです。…いかがでしょうか?』

東雲さんのその提案は、慎重でありながらも、こよみと美咲を拒絶するものではなく、むしろ真摯に向き合おうという意志が感じられた。

「…はい! 是非、お願いします! 美咲ちゃんも、一緒に行っていいですか?」

『もちろんです。お待ちしていますよ。気をつけていらしてくださいね』

電話を切ると、こよみは、安堵と、そして新たな緊張感で胸がいっぱいになっているのを感じた。隣では、美咲もまた、真剣な表情で、しかし力強く頷いている。

「よし、行こう、こよみちゃん! キララチューブへ! 東雲さんと、ちゃんと話をして、私たちの想いを伝えるんだ!」


こうして、日曜日の午後、月島暦つきしま こよみ早川美咲はやかわ みさきという、二人の「小さな共犯者」は、少しだけ緊張した面持ちで、しかし確かな足取りで、キララチューブ本社ビルへと向かうのだった。

その先で、どんな話し合いが待っているのか、そして相田くんへのカミングアウトは許されるのか、まだ分からない。

しかし、二人一緒なら、そしてそこに東雲さんという心強い大人の「共犯者」が加われば、きっとどんな困難も乗り越えていけると、彼女たちは強く、強く信じていた。

それは、Kの物語の、新たな、そしてよりドラマチックな一章の始まりを告げる、日曜日の、甘くてちょっぴりスリリングな、そして希望に満ちた冒険の序曲だった。


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