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月影の万華鏡 ~魔法のプリズム、輝くシークレットライブ~  作者: 輝夜
第四章:秋色のパレットと、秘密のメロディー

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第四十五話:美星祭前夜と、動き出す小さな歯車


体育祭の砂埃がようやく落ち着き、グラウンドの隅に積まれた紅白の玉が秋の日差しに乾かされる頃、月島暦つきしま こよみの通う中学校は、新たな熱狂の渦へと足を踏み入れようとしていた。廊下の掲示板には、カラフルなインクで描かれた「美星祭みほしまつりまで、あと◯日!」という手作りのカウントダウンポスターが日に日に数を減らしていく。文化祭。その言葉の響きだけで、生徒たちの心は浮き立ち、校舎のあちこちから、楽器の練習の音や、楽しそうな話し声、そして時には何かの制作に没頭する真剣な息遣いが漏れ聞こえてくる、そんな季節だった。


こよみにとっても、この文化祭は、これまでの学校行事とは少し違う、特別な意味を持ち始めていた。クラス1年A組が取り組むことになったのは、演劇。そして、その舞台背景と衣装デザインという、作品の世界観を視覚的に作り上げる重要な役割を、彼女が担うことになったのだ。

「月島さん、本当にいいのかい? 背景と衣装、どちらもとなると、かなりの作業量になると思うけれど…」

クラス委員で、今回の演劇の脚本と演出という、これまた大役を任された相田翔あいだ しょうくんが、少し遠慮がちに、しかし期待の光を瞳に宿してこよみに尋ねた。彼の白い指先が、持っていた演劇の台本を無意識に弄んでいる。

クラスの出し物が演劇に決まった際、美術部での彼女の卓越した描写力や、キララチューブ主催のコンテストでの華々しい受賞歴(もちろん、東雲さんの巧妙な仕掛けによるものだが、クラスメイトたちは純粋に彼女の才能だと信じている)は、すでに学年を超えて知れ渡っていた。自然と、クラスの視線はこよみに集まったのだ。

「う、うん、大丈夫…だと思う」こよみは、少し頬を染めながらも、真っ直ぐに相田くんの目を見て頷いた。「絵を描いたり、何かをデザインしたりするのは、元々好きだから。それに、みんなで力を合わせて一つのものを作り上げるなんて、想像するだけで、なんだかワクELERワクするし」

その言葉に嘘はなかった。Kとしての秘密の創作活動は、常に孤独との戦いでもあった。だからこそ、クラスメイトたちと喜びや苦労を分かち合いながら、一つの目標に向かって進んでいくという体験は、彼女にとって新鮮で、そして何よりも心惹かれるものだったのだ。

「…そうか。ありがとう、月島さん。君がそう言ってくれると、本当に心強い。僕も、君の創り出す世界観を、最高の形で舞台の上に表現できるよう、全力を尽くすよ。何か困ったことがあったり、アイデアが欲しい時は、遠慮なく僕に言ってくれ。いつでも力になるから」

相田くんは、普段の物静かな彼からは想像もつかないほど、力強く、そして温かい言葉でそう言ってくれた。その真摯な眼差しに、こよみの胸にも、ふわりと温かいものが込み上げてくるのを感じ、「うん、頑張ろうね、相田くん!」と、自然と笑顔がこぼれた。二人の間に、まだ言葉にならない、しかし確かな共感が芽生えた瞬間だった。


それからというもの、こよみの放課後は、文化祭の準備に捧げられることになった。

1年A組の教室は、いつしか小さなアトリエ兼作業場と化していた。床には絵の具のチューブや使い古された筆が転がり、壁にはデザイン案のラフスケッチや、参考資料として集められたファンタジー映画のポスターなどが無数に貼られている。チョークの粉と、絵の具の匂い、そして生徒たちの熱気が混ざり合った、独特の空気がそこにはあった。


クラスで上演する演劇のテーマは、「異世界の魔法使いと、現代から迷い込んだ少女の冒険物語」。それは、相田くんが夏休みの間に書き上げたオリジナル脚本で、その瑞々しい感性と、読者の心を掴む巧みなストーリーテリングは、担任の先生をも唸らせるほどの出来栄えだった。そして、その物語の世界観は、偶然にも、こよみがKの次のMVのコンセプトとして、東雲しののめさんと共に密かに練り上げていた、あの「星降りの島」や「三つの月が浮かぶ海辺のリゾート」のイメージと、不思議なほど共鳴するものがあった。

(…もしかして、私の頭の中にある、あの懐かしい風景は、みんなが共感してくれるような、普遍的な何かを持っているのかな…)

そんなことを考えながら、こよみは、大きな模造紙が広げられた作業机に向かい、クラスメイトたちと意見を交わしながら、舞台背景のデザイン案を次々と具現化していく。

彼女のスケッチブックから生み出されるのは、青白い月の光に照らされた神秘的な森、天空に浮かぶ古代遺跡、そして虹色に輝く水晶の洞窟…。それは、彼女の脳裏に焼き付いている、あの遠い異世界の記憶の断片が、クラスの演劇のテーマというフィルターを通して、新たな色彩と形を与えられて現れたものだった。

「うわぁ、こよみちゃん、この背景デザイン、めちゃくちゃ綺麗! まるで、本当に異世界に迷い込んだみたいだよ!」

早川美咲はやかわ みさきが、感嘆の声を上げる。その隣では、他のクラスメイトたちも、食い入るようにこよみのスケッチを覗き込み、その圧倒的な画力と独創的な世界観に、ただただ息を呑んでいた。

「こ、こんな感じで、大丈夫かな…? ちょっと、イメージが…突飛すぎないかな…?」

こよみは、自分の内側から溢れ出てくるイメージをそのまま描き出したものの、それがクラスメイトたちに受け入れられるか、少しだけ不安だった。

「全然そんなことないって! むしろ、もっとこよみちゃんの世界観、全開でいこうよ! この背景なら、絶対、他のクラスの度肝を抜けるって! 間違いなく、美星祭の伝説になるよ!」

美咲の力強い言葉に、他のクラスメイトたちも「そうだそうだー!」と口々に同意する。その温かい励ましに、こよみの不安は少しずつ自信へと変わっていった。


衣装デザインもまた、こよみの才能が遺憾なく発揮される場となった。彼女は、台本を読み込み、登場人物一人一人の性格や背景、そして物語の中での役割を丁寧にヒアリングした。そして、それぞれのキャラクターの個性を最大限に引き立てるような、それでいて演劇全体の世界観を壊さない、絶妙なバランスのデザインを提案していく。それは、単に美しいだけでなく、動きやすさや舞台映えまで計算された、プロ顔負けのものだった。

「魔法使いのローブは、もっと深みのある紫にして、裾に銀糸で星の刺繍を入れたらどうかな? それで、杖の先端には、この前KのMVで見たみたいな、不思議な光を放つ宝石を…あ、いや、それは無理か…」

時折、Kとしての活動で得た知識やアイデアが、無意識のうちに顔を覗かせそうになり、こよみは慌てて言葉を濁すこともあったが、クラスメイトたちは、そんな彼女の少しおかしな言動も「こよみちゃんらしいね」と、温かく受け止めてくれるのだった。


準備作業は、日を追うごとに熱を帯び、時には最終下校時刻ギリギリまで及ぶこともあった。

放課後の教室は、生徒たちの熱気と、絵の具や布地の匂いで満たされている。大きなベニヤ板に、みんなで協力して背景画を描き写していく。ペンキの飛沫が顔についても気にせず、一心不乱に筆を動かす者。ミシンの音を軽快に響かせながら、古着をリメイクして衣装を縫い上げていく者。小道具の剣や杖を、段ボールとアルミホイルで器用に作り上げていく者。

そこには、テストの点数も、部活動の成績も関係ない。ただ、みんなで一つのものを創り上げるという、純粋な喜びと興奮だけがあった。

こよみは、そんなクラスメイトたちの輪の中で、今まで感じたことのないような一体感と、温かい充実感を覚えていた。Kとしての孤独な創作活動とは全く違う、この手作りの、そして少しだけ不器用な熱狂が、彼女の心を豊かに満たしていくのを感じていた。


特に、脚本と演出を担当する相田くんとは、自然と話す機会が増えた。彼は、こよみが生み出すデザインの意図を、誰よりも深く理解し、それをどうすれば舞台の上で最も効果的に見せられるか、的確なアイデアを提案してくれた。

「月島さんの描く、あの『三つの月が浮かぶ夜空』の背景、本当に素晴らしいね。あのシーンでは、舞台の照明を極限まで落として、月だけがぼんやりと浮かび上がるようにしたら、もっと観客を物語の世界に引き込めると思うんだ。そして、そこに静かな音楽が流れれば…」

「うん、それすごくいいと思う! あと、その月の光が、主人公の少女の涙に反射してキラッと光る、みたいな演出も入れたら、もっと感動的になるかもしれないね…」

そんな風に、二人で目を輝かせながら、熱心に意見を出し合い、一つの作品を少しずつ、少しずつ形にしていく過程は、こよみにとって、何物にも代えがたい喜びであり、相田くんという、口数は少ないけれど感受性豊かな少年の存在もまた、彼女の中で少しずつ、しかし確実に、特別なものへと変わっていった。彼もまた、こよみの持つ、常人離れした才能と、そして時折見せる、Kにも通じるような鋭い芸術的感性に、静かながらも強い興味と、そしてほんの少しの憧れを抱き始めているようだったが、二人はまだ、互いの心の中に芽生え始めた、その淡くて繊細な感情の正体に、気づいてはいなかった。


もちろん、美術部の活動も疎かにはしていない。

高橋涼介たかはし りょうすけ先輩率いる美術部もまた、文化祭で部員全員の力作を展示する一大企画を進めており、こよみはその中でも特に期待される存在だった。彼女は、クラスの準備の合間を縫って美術室に顔を出し、自分の作品――あの「星降りの島」の記憶を昇華させた、壮大な油絵――の制作を進める傍ら、後輩たちのデッサン指導を手伝ったり、高橋先輩が取り組んでいる、魂を削るような大作の風景画に、的確なアドバイスを送ったりしていた。

「月島さんのアドバイスは、いつも僕の凝り固まった視点を打ち破ってくれるんだ。君と話していると、絵を描くことの原点に立ち返れるような気がするよ。ありがとう」

高橋先輩のその誠実な言葉は、こよみにとって、大きな励みとなり、そして美術への情熱をさらに深めるきっかけとなった。


一方、Kとしての活動も、水面下で着々と、しかし確実に進行していた。

東雲しののめさんは、文化祭の演劇のテーマが「異世界ファンタジー」であり、その舞台背景や衣装デザインをこよみが担当していることを知ると、電話の向こうで興奮した声を上げた。

「それは素晴らしい! まさに天啓ですね、暦さん! その文化祭の準備で得たインスピレーションや、あなたが創り出すデザイン案は、ぜひともKの次なるMVにも、ふんだんに取り入れてください! あなたの日常と、Kとしての非日常が、その才能を通じて美しく融合することで、きっと誰も見たことのないような、革新的で、そして世界中の人々の心を掴む作品が生まれるはずです! 私には、その確信があります!」

東雲しののめさんは、こよみから定期的に送られてくる、文化祭の背景画や衣装デザインのスケッチ(それは、もはやプロのコンセプトアーティストが描いたと言っても遜色ないほどの、圧倒的なクオリティと世界観を持っていた)を見て、その発想の豊かさと、それを具現化する卓越した画力に、改めてK(暦)という才能の底知れなさを感じずにはいられなかった。そして、それらのアイデアを、Kの次なるMV――あの「星降りの島」で撮影された映像をベースにした、壮大なファンタジー叙事詩――の世界観に巧みに取り込み、より深く、より幻想的で、そして何よりもK(暦)自身の魂が込められた物語へと昇華させていくための準備を、着々と進めている。

(…彼女の頭の中には、一体どれだけの美しくも切ない世界が、そして誰も知らない物語が広がっているのだろうか…そして、その源泉は、やはりあの、彼女が時折垣間見る「異世界の記憶」と深く関係があるのだろうか…)

東雲しののめは、K(暦)の才能の奥深さに、もはや畏敬の念すら抱きつつも、その全てを最高の形で世に送り出し、彼女を世界の頂点へと導くという、プロデューサーとしての使命感を、かつてないほど熱く燃え上がらせていた。


文化祭「美星祭」の開催まで、あと数日。

1年A組の教室は、完成に近づいた舞台背景――巨大な模造紙に描かれた、三つの月が浮かぶ幻想的な夜空と、神秘的な森――や、色とりどりの布地や装飾で作られた衣装で、まるで異世界の入り口のような、不思議な熱気と期待感に満ち溢れていた。クラスメイトたちの顔には、連日の準備作業による疲労の色も見えたが、それ以上に、自分たちの手で何かを創り上げているという確かな達成感と、間もなく訪れる本番への高揚感で、キラキラと輝いている。

こよみもまた、その熱気の中で、今まで感じたことのないような、言いようのない高揚感と、そしてほんの少しの寂しさを覚えていた。この、かけがえのない時間が、もうすぐ終わってしまうのだという、切ない予感。

(…みんなと一緒なら、きっと、ううん、絶対に、最高の舞台になる…そして、この思い出は、ずっと私の宝物になるんだ…)

それは、Kとしての孤独な戦いとは全く違う、仲間たちと喜びや苦労を分かち合い、共に一つの目標に向かって進むことの素晴らしさ。

美星祭前夜。小さな歯車たちが、確かに、そして力強く噛み合い、大きな、そして忘れられない物語を動かし始めていた。


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