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月影の万華鏡 ~魔法のプリズム、輝くシークレットライブ~  作者: 輝夜
第四章:秋色のパレットと、秘密のメロディー

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第四十四話:月曜日の熱狂と、教室の小さな囁き


Aパート:世界を揺るがした「K降臨」


土曜日の衝撃的なシークレットライブから一夜明け、日曜日はKの話題で日本中、いや世界中が文字通り沸騰していた。そして週が明け、月曜日の朝。

月島暦つきしま こよみが、まだ少し眠い目をこすりながらリビングに下りていくと、テレビからはけたたましい効果音と共に、聞き慣れたアナウンサーの声が響いてきた。

「―――昨日の午前中、都内某所の中学校のグラウンドに、突如として謎の歌姫Kが出現! 数千人の観客を前に、圧巻のサプライズライブを披露しました! その模様がこちらです!」

画面には、昨日のライブのダイジェスト映像(もちろん、キララチューブが正式に提供したものだ)が流れ、Kの美しい歌声と、幻想的なステージ演出、そして熱狂する観客の姿が映し出されている。

(うわぁ…本当に、テレビでやってる…)

こよみは、トーストをかじる手も忘れ、思わず画面に見入ってしまった。自分のことなのに、どこか遠い世界の出来事のようだ。

「いやー、Kさん、本当に神出鬼没ですね! まさか中学校のグラウンドとは!」「このパフォーマンス、CGじゃないんですよね!? 信じられないクオリティです!」「Kの正体、ますます謎が深まりましたねー!」

コメンテーターたちが、興奮気味に語り合っている。


インターネットの世界は、さらに凄まじいことになっていた。

SNSでは、「#K降臨」「#中学校ライブの奇跡」「#銀髪の女神再び」といったハッシュタグが、軒並みトレンドワードのトップを独占。タイムラインは、Kへの称賛と感動のコメントで埋め尽くされている。

『昨日のKのライブ、現地にいたけどマジで人生最高の体験だった!』

『Kの歌声、魂が浄化された…』

『あの星屑と蝶の演出、あれ本当に現実だったの? 夢みたいだった…』

もちろん、中には無許可で撮影されたと思われる、画質の悪い動画や写真も散見されたが、それらはキララチューブの専門チームによって、驚くべき速さで発見され、次々と削除されていった。その徹底した情報管理と権利保護の姿勢は、「Kを守るキララチューブ、本気すぎる」と、かえって好意的に受け止められているようだった。

大手ニュースサイトも、こぞってこの「K降臨事件」をトップ記事で扱い、Kの正体に関する新たな憶測や、今後の活動への期待を煽るような記事を掲載していた。

まさに、日本中が、いや世界中が、Kという名の嵐に巻き込まれている。そんな状況だった。


(…なんだか、本当にすごいことになっちゃったんだな…私、大丈夫かな…)

こよみは、テレビのニュースを見ながら、改めて事の大きさを実感し、ほんの少しだけ、胃がキリリと痛むのを感じていた。


Bパート:教室のざわめきと、鋭い視線


そんな世界の熱狂を肌で感じながら、月島暦つきしま こよみは、いつも通り中学校の制服に身を包み、少しだけ重い足取りで校門をくぐった。

案の定、学校中は、昨日のKのライブの話題で持ちきりだった。

昇降口で、廊下で、そして教室で。すれ違う生徒たちの会話は、ほとんどがKのこと。その興奮と熱気は、まるで昨日のライブがまだ続いているかのようだった。

「昨日のKのライブ、マジでヤバかったよな!」「生であんなの見れるなんて、一生の自慢だわ!」「Kちゃん、超可愛かったし、歌、神すぎた!」

そんな言葉が、あちこちから聞こえてくる。


こよみが自分の席に着くと、すぐに早川美咲はやかわ みさきをはじめとする仲の良い友人たちが、興奮した様子で集まってきた。

こよみちゃーん! 昨日、Kのライブ、結局どこで見てたの!? 私たち、ステージの近くにいたんだけど、こよみちゃん見つけられなかったんだよねー」

「あ、う、うん…私、PTAのお手伝いで、ちょっと裏の方にいたから…あんまり、よく見えなかったんだ…」

こよみは、必死で平静を装い、用意していた言い訳を口にする。心臓は、まるで昨日のリレーのアンカーを走った時のように、ドキドキと大きく脈打っている。

「えー、そうなのー!? もったいなーい! でも、音だけでもすごかったでしょ!? あの新曲、なんて言ったっけ? 『瑠璃色の潮騒』? あれ、もう鳥肌止まらなかったんだけど!」

「うん…すごく、綺麗な曲だったよね…」

(私の曲だけどね…!)と、内心でツッコミを入れながら、こよみは曖昧に微笑んだ。


友人たちのK談義は、ますます熱を帯びていく。

「Kのあの銀髪、やっぱり地毛なのかなー? それともウィッグ?」

「衣装もさー、一瞬で変わったように見えたんだけど、あれどうなってたんだろうね? プロジェクションマッピングかな?」

「最後の消え方も、マジで魔法みたいだったよねー!」

そんな中、ふと、美咲が真剣な顔つきで、こよみを見つめて言った。

「ねえ、こよみちゃん…」

不意に、美咲が真剣な顔つきで、こよみの顔をじっと覗き込んできた。その距離の近さに、こよみは思わず身を引く。

「昨日のKのライブ、ステージの近くで見てたんだけどね…なんか、Kが喋ってる時とか、ふとした瞬間の表情が、こよみちゃんに見えて、あれっ?ってなったんだよね…。 もちろん、髪の色とか全然違うし、雰囲気も大人っぽいんだけど…でも、なんか、こう…目の感じとか、口元とかが、うーん…そっくりだったんだよなぁ…」

美咲は、首を傾げながら、なおもこよみの顔をまじまじと見つめている。

「―――っ!!!」

こよみの心臓が、今度こそ本当に喉から飛び出しそうになった。顔からサッと血の気が引き、背中に嫌な汗が滝のように流れるのを感じる。

(に、似てる…!? しかも、そっくりって…! うそでしょ、そんなはずは…! 変身は完璧なはずなのに…!)

「え、そ、そんなことないよ! Kさんは、もっとずっと綺麗で、スタイルも良くて、私なんかとは、ぜーんぜん違うってば! 美咲ちゃん、きっと見間違いだよ!」

必死で否定するが、声は震え、顔は引きつっているのが自分でも分かる。

すると、別の友人が、興味津々といった様子で会話に加わってきた。

「あー! 分かる分かる! 私もね、確かにKの仕草とか見てて、あれ? こよみちゃん?って思った瞬間あったー! なんかこう、説明する時に一生懸命になる感じとか、ちょっと困った時に頬を掻く癖とか?」

「そうそう! あと、歌い終わった後に、はにかんで笑うところとかも!」

友人たちが、次々と思い当たる節を口にし始める。それは、こよみ自身も無意識のうちにやってしまっている、Kと月島暦に共通する、些細な癖や仕草だった。

(ど、どうしよう…! みんな、鋭すぎる…! このままじゃ、本当にバレちゃう…!)

こよみの頭の中は、警報が鳴り響き、思考が完全にパニック状態に陥りかけていた。何か、何か言わないと…!


「―――あ、あのね!」

こよみは、咄嗟に、震える声で口を開いた。

「そ、それって…きっと、Kさんが、私と同じくらいの年の頃の、私の憧れの人に、すごく似てるからじゃないかな…?」

「え? 憧れの人?」

友人たちが、きょとんとした顔でこよみを見る。

「う、うん…私、小さい頃から、すごく憧れてる人がいて…その人が、Kさんみたいな、銀髪で、歌が上手くて、すごくミステリアスな雰囲気の人だったの…。だから、私も無意識のうちに、その人の仕草とか、話し方とかを、真似しちゃってるのかもしれないなって…。Kさんを見てると、その憧れの人を思い出しちゃって、なんだかドキドキするし…だから、もしかしたら、みんなも、私とKさんが似てるように見えちゃったのかも…しれない…なんて…あはは…」

我ながら、苦しすぎる言い訳だ。しかし、今のこよみには、これ以上マシな言い訳は思いつかなかった。顔は真っ赤で、しどろもどろだ。

しかし、意外にも、友人たちの反応は悪くなかった。

「へー! こよみちゃんに、そんな憧れの人がいたんだー!」

「銀髪でミステリアスな人かー、なんかKのイメージとピッタリだね!」

「じゃあ、こよみちゃんがKを見てドキドキするのは、その憧れの人と重ねてるからなんだ! なんか、分かる気がするー!」

友人たちは、こよみの苦しい言い訳を、意外なほど素直に受け入れてくれたようだった。Kの圧倒的なカリスマ性と、こよみの普段の控えめな印象が、二人が同一人物であるという可能性を、彼女たちの頭の中から完全に消し去っているのかもしれない。

(…助かった……のか…な…?)

こよみは、内心で安堵のため息をつきながらも、自分のついた嘘に、ほんの少しだけ胸が痛んだ。

しかし、今はとにかく、この場を乗り切ることが最優先だ。


「そ、そういうわけで! 私とKさんが似てるなんて、絶対にないから! もう、その話はおしまい!」

こよみは、少しだけ強引に話題を変えようと、頬を膨らませてみせた。

友人たちは、顔を見合わせ、クスクスと笑いながらも、それ以上深く追求するのはやめたようだった。

(…本当に、危なかった……。これからは、Kの時と、月島暦の時の、仕草や癖、もっと意識して変えないと…! 油断大敵だわ…!)

秘密を守り続けることの難しさと、そのスリルを、改めて骨身に染みて痛感するこよみだった。


その日の放課後。美術室でキャンバスに向かうこよみの元に、高橋涼介たかはし りょうすけ先輩がやってきた。

「月島さん、昨日のKのライブ、見た? すごかったらしいね。僕は残念ながら行けなかったんだけど…」

「あ、はい…私も、ちょっとだけ…見ました…」

「そうなんだ。…なんだか、Kのパフォーマンスって、月島さんの絵の世界観と、どこか通じるものがあるような気がするんだよね。あの幻想的な雰囲気とか、色使いとか…考えすぎかな?」

高橋先輩のその言葉に、こよみはドキリとしながらも、なぜか少しだけ、嬉しいような、そして切ないような気持ちになった。

(私の絵と…Kの歌が…似てる…?)

それは、彼女の二つの顔が、無意識のうちに共鳴し合っている証なのかもしれない。

「…そう…でしょうか…? もしそうなら…嬉しいです」

こよみは、ほんの少しだけ頬を染めながら、そう答えるのが精一杯だった。

教室でのヒソヒソ話、そして美術室での先輩の言葉。

Kの秘密は、まだ守られている。しかし、その境界線は、思っているよりもずっと曖昧で、そして脆いのかもしれない。

月島暦つきしま こよみの、ハラハラドキドキな二重生活は、まだ始まったばかりだ。

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