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月影の万華鏡 ~魔法のプリズム、輝くシークレットライブ~  作者: 輝夜
第三章:芽吹きのプレリュード

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第三十三話:潮風のメロディーと、古文書の囁き


八月も終わりに近づき、あれほど賑やかだった蝉の声も、心なしか勢いを失い始めた頃。

月島暦つきしま こよみは、夏休みの宿題と、そしてKとしての新たな創作活動に、静かな情熱を燃やしていた。

あの「星降りの島」での濃密な数日間は、彼女の心に鮮烈なイメージと、そして言葉にならないほどの多くの感情を刻み込んでいた。それは、Kとしての新たな音楽を生み出すための、かけがえのない源泉となっていた。


キララチューブ本社内の「サンクチュアリ」。こよみは、Kの姿で、そこに置かれた最新鋭の音楽制作機材の前に座っていた。目の前には、真っ白な五線譜と、鍵盤。

(…あの島の空気、光、そして…あの不思議な感覚…)

目を閉じると、今でも鮮明に思い出すことができる。「星降りの島」で感じた、魂が震えるような感動。そして、時折脳裏をよぎる、あの「三つの月が浮かぶ海辺のリゾート」の、懐かしくて切ない記憶の断片。

それらのイメージが、彼女の中で混ざり合い、やがて一つのメロディーとなって溢れ出してくる。

最初は、おぼろげで掴みどころのない旋律。しかし、鍵盤に指を乗せ、一つ一つ音を確かめるように紡いでいくうちに、それは次第に明確な形を取り、美しいハーモニーを奏で始める。

それは、どこかこの世界の音楽とは違う、不思議な響きを持っていた。優しくて、力強くて、そして聴く者の心の奥深くに直接語りかけてくるような、魂の歌。

歌詞もまた、自然と湧き上がってきた。星々の囁き、潮風の記憶、失われた楽園への憧憬…。それは、こよみ自身も意識しないうちに、彼女の深層心理に眠る「異世界の記憶」が、言葉となって現れたものなのかもしれない。

時折、創作の苦しみに顔を歪め、頭を抱えることもあった。自分の内側から溢れ出るイメージを、どうすれば音楽として完璧に表現できるのか。その壁にぶつかり、何度も試行錯誤を繰り返す。

しかし、そんな時、ふと、あの「星降りの島」で東雲しののめさんと共にした冒険の日々や、そこで感じた圧倒的な自然のエネルギー、そして何よりも、東雲しののめさんの自分への絶対的な信頼を思い出すと、不思議と力が湧いてくるのだった。

(…東雲さんなら、きっとこの曲を理解してくれる…そして、世界中の人に届けてくれるはず…)

数日後、ようやく一つのデモ音源が完成した。こよみは、少しだけ緊張しながら、そのデータを東雲しののめさんに送信した。


そのデモ音源を受け取った東雲翔真しののめ しょうまは、自室の最高級オーディオシステムで、息を詰めてその曲を聴いた。

そして、曲が終わった瞬間、彼はしばらくの間、言葉を失っていた。

(…これは……とんでもない曲だ……)

そのメロディー、ハーモニー、そして歌詞の世界観。そのどれもが、これまでのKの楽曲を遥かに凌駕する独創性と、そして普遍的な感動に満ち溢れていた。まるで、Kというアーティストの魂そのものが、音となって結晶化したかのような、圧倒的な存在感。

「…この曲は…間違いなく、Kの、いや、世界の音楽史に残る代表作の一つになる…!」

東雲しののめは、武者震いを抑えきれなかった。この奇跡のような才能を、自分がプロデュースできるという喜びと、そしてその才能を絶対に損なうことなく世界に届けなければならないという、強烈な使命感に、改めて身が引き締まる思いだった。


一方、月島暦つきしま こよみは、Kとしての創作活動と並行して、夏休みの宿題にも真剣に取り組んでいた。特に力を入れていたのが、自由研究だ。

彼女が選んだテーマは、「世界の珍しい自然現象と、そこに纏わる古代文明の伝説」。

それは、あの「星降りの島」での体験が、少なからず影響していた。あの島で見た、夜空を埋め尽くす星々、青白く光る砂浜、そして謎の古代遺跡…。それらが、彼女の知的好奇心を強く刺激したのだ。

市立図書館の薄暗い書庫で、こよみは黙々と古びた専門書や、海外の学術論文の翻訳版などを読み漁っていた。

オーロラの発生メカニズム、皆既日食の神秘、海底火山の活動、そして、アトランティスやムー大陸といった、失われた超古代文明の伝説…。

そのどれもが、こよみにとっては新鮮で、興味深いものばかりだった。

そんなある日。

こよみは、南太平洋のポリネシア神話に関する、一冊の古びた研究書を手に取った。その中に、「マナ・トゥプナ(祖先の霊力)」と呼ばれる、星々と深く結びついた聖なる島々に関する記述を見つけたのだ。

その記述の中に、こよみは、思わず息を呑むような一節を発見した。

『…その聖なる島の一つには、夜空に三つの月が輝き、海は七色に煌めき、人々は星の運行を読み解き、自然と調和して暮らしていたという。しかし、ある時、強大すぎる「マナ」を持つ赤子が生まれ、その力を恐れた一部の者たちによって、島は大きな災厄に見舞われ、やがてその存在は伝説の中に消えていった…』

(三つの月…七色の海…強大すぎる力を持つ赤子…!?)

こよみの心臓が、ドクンと大きく跳ねた。それは、自分が時折見る、あの鮮明な夢の中の光景と、そして自分の「力」の根源に、あまりにも酷似していたからだ。

(まさか…あの島は、本当に…そして、あの夢は、ただの夢じゃなくて…私の…?)

自分の体験と、古文書の記述が、パズルのピースがはまるように、繋がりそうになる。しかし、それはあまりにも突飛で、信じがたい結論だった。

(ううん、そんなはずない…これは、ただの偶然…そうに決まってる…)

こよみは、必死でその考えを打ち消そうとしたが、一度芽生えた疑念と好奇心は、彼女の心の奥底で、静かに、しかし確実に根を張り始めていた。

この自由研究が、やがて彼女自身の壮大な運命の謎を解き明かす、重要なヒントになるかもしれないということを、今のこよみはまだ知らない。


夏休みも、もう残りわずか。

なんとか全ての宿題を終わらせ、新学期への準備を整えたこよみは、窓の外の夕焼け空を眺めながら、この夏を振り返っていた。

「星降りの島」での冒険、Kとしての新曲制作、そして、自由研究での小さな「発見」。

それは、13歳の少女にとっては、あまりにも濃密で、そして少しだけ、重すぎる夏だったのかもしれない。

(…なんだか、私、少しだけ、変わったのかな…)

そんなことを、ぼんやりと考えながら、こよみは、新しい学期への期待と、そしてまだ言葉にならない大きな「何か」を抱えたまま、静かに夏の終わりを迎えようとしていた。

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