表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月影の万華鏡 ~魔法のプリズム、輝くシークレットライブ~  作者: 輝夜
第三章:芽吹きのプレリュード

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/65

第二十八話:答案用紙の向こう側と、星降りの島への密約


七月に入り、梅雨明けを告げる蝉の声が、少しずつ校庭の木々から聞こえ始める頃。

月島暦つきしま こよみの通う中学校では、期末テストという大きな山場が終わり、生徒たちの間には、待ちに待った夏休みへの期待感が充満していた。答案用紙も全て返却され、教室のあちこちで、歓声とため息が入り混じった賑やかな声が響いている。


「やったー! こよみちゃんのおかげで、数学、過去最高点だったよー!」

早川美咲はやかわ みさきが、答案用紙を片手に、満面の笑みでこよみに抱きついてきた。

「私もー! 英語の長文、こよみ先生の解説通りに読んだら、スラスラ意味が分かったの!」

先日の「お菓子だらけの勉強会」に参加した友人たちも、次々と喜びの報告にやってくる。こよみは、その一人一人に「よかったね!」「頑張ったね!」と声をかけながら、自分のことのように嬉しく感じていた。

もちろん、こよみ自身の成績は、今回も素晴らしく、どうやら学年トップだったようだ。しかし、彼女にとってそれ以上に嬉しかったのは、友人たちが自分の助けで少しでも良い結果を出せたこと、そして、みんなで一緒に頑張ったという達成感を共有できたことだった。

(…誰かの役に立てるって、こんなに嬉しいことなんだな…)

Kとして、自分の歌やパフォーマンスで多くの人を魅了することとはまた違う、ささやかだけれど温かい喜びが、こよみの胸を満たしていた。それは、彼女が「月島暦」として、この世界で確かに生きている証のようでもあった。


そんなテスト明けの、少し浮かれた雰囲気の昼休み。

こよみは、美術室で一人、静かに油絵の具の匂いに包まれていた。夏休み前の最後の作品として、先日フラッシュバックで見た、あの「三つの月が浮かぶ海辺のリゾート」の風景を、記憶を頼りに小さなキャンバスに描き留めていたのだ。誰に見せるでもない、彼女だけの秘密のスケッチ。

(…あの場所…本当に、どこなんだろう…そして、あの人たちは…)

筆を動かしながら、ふと、あの鮮烈なデジャヴュの感覚が蘇り、胸の奥がチクリと痛む。それは、懐かしさと切なさが入り混じった、言葉にできない感情だった。

そして、再び――。

目の前のキャンバスが揺らぎ、意識が遠のいていく。

クリスタルの海、七色の砂浜、空に浮かぶ三つの月。そして、優しい笑顔の両親…。

(…お父さん…お母さん…!)

幼い自分が、その美しい風景の中で、無邪気に笑っている。その声、その温もり…。

こよみの瞳が、現実を映さず、遠い過去を見つめているかのように、虚ろになる。その瞳の奥には、またしても、あの鮮やかなコバルトブルーの光が、微かに灯っていた。


「――月島さん? 大丈夫か、月島さん!」

不意に、肩を揺さぶられる感覚と、心配そうな声。

はっと我に返ると、目の前には美術部顧問の田中先生が、眉を寄せてこよみの顔を覗き込んでいた。

「あ…先生…すみません、ちょっと、ぼーっとしてしまって…」

「いや、ぼーっというより、なんだか顔色も悪かったし、声をかけても反応がなかったから、少し心配したんだよ。疲れているのかい?」

「だ、大丈夫です! ちょっと、集中しすぎてたみたいで…」

こよみは、慌てて笑顔を作った。また、あの不思議な感覚に囚われていたらしい。

(…最近、なんだか多いな…あの光景…)

田中先生は、なおも心配そうな顔をしていたが、こよみが無理に明るく振る舞うのを見て、それ以上は深く追求せず、話題を変えた。

「それにしても、その絵…また一段と、君独自の世界観が深まっているね。夏休みには、何か大きな作品に挑戦してみるのもいいかもしれないね。市の美術展も秋にあるし、君ならきっと、素晴らしい作品を生み出せるはずだ」

「はい! 頑張ります! 夏休みは、もっと大きなキャンバスに、思いっきり描いてみたいです!」

こよみは、先ほどの動揺を振り払うように、力強く答えた。Kとしての活動も、美術の創作も、どちらも今の自分にとっては大切なもの。どちらも諦めるつもりはなかった。その瞳には、世紀の芸術家への道を歩み始めた者の、静かな闘志が燃えていた。


その日の放課後。こよみは、東雲翔真しののめ しょうまさんとの定期的な連絡のため、キララチューブ本社内にある「サンクチュアリ」へとテレポートした。

「お待ちしておりました、暦さん。期末テスト、大変お疲れ様でした。素晴らしい結果だったと伺っておりますよ」

いつものように完璧なスーツ姿の東雲しののめさんが、穏やかな笑顔で迎えてくれる。テーブルの上には、冷たいフルーツティーと、こよみの好きそうな焼き菓子が用意されていた。その細やかな気遣いに、こよみは改めて感謝の気持ちを抱いた。


「さて、暦さん」

東雲しののめさんの表情が、ふと真剣なものに変わる。その瞳には、プロデューサーとしての熱い情熱が燃え盛っていた。

「Kの快進撃は、もはや誰にも止められません! あなたの歌声、あなたのパフォーマンス、あなたの創り出す世界観…その全てが、今、世界を熱狂の渦に巻き込んでいるんです! これは、単なる流行じゃない。まさに『現象』です! 我々はその中心にいる。そして、この奇跡を、さらに大きく、さらに美しく咲かせる義務がある!」

彼の言葉の一つ一つから、ほとばしるような熱意と興奮が伝わってくる。それは、決して計算されたものではなく、Kという才能への純粋な感動と、共に未来を創り上げることへの渇望から生まれるものだった。

「…はい! 私も、もっとたくさんの人に、私の音楽を届けたいです!」

こよみもまた、その熱意に応えるように、力強く頷いた。


「つきましては、夏休みを利用して、Kとしての新たなコンテンツ制作を、集中的に行いたいと考えております。セカンドシングルのレコーディング、そしてそのMV撮影です。そして、そのMVですが…暦さん、一つ、ご相談があるのですが…」

東雲しののめさんは、そこで一旦言葉を切り、そして、まるで極秘の作戦を打ち明けるかのように、声を潜めた。

「実は…Kのイメージに合致する、究極とも言えるロケーションの候補地を見つけました。ですが、そこは通常の手段ではまず立ち入り不可能な、地図にも載っていない秘密の島なのです。地元では『星降りの島』と呼ばれているとか…」

彼は、息をのむほど美しい、幻想的な島の写真をこよみに見せた。エメラルドグリーンの海、真っ白な砂浜、そして空にはオーロラのように揺らめく不思議な光。

「…すごい…本当に、こんな場所があるんですか…?」

「ええ。しかし、問題はそこへの『移動』です。もし、暦さんの『力』…その、テレポート能力をお借りできるのであれば、我々は最小限のスタッフと機材で、誰にも知られることなく、この島で前人未到のMV撮影を行うことができるかもしれません。もちろん、安全面は私が全て保証いたしますし、暦さんのご負担も最小限に抑えるよう、万全の準備をいたします。これは、世界中の誰も見たことのない、最高のMVを創り上げるための、ある意味『賭け』とも言える提案です。…暦さん、この挑戦、ご一緒していただけませんか?」

東雲しののめさんの瞳は、挑戦的な輝きと、そしてこよみへの絶対的な信頼に満ちていた。それは、一方的な指示ではなく、共に困難なミッションに挑む「共犯者」への、熱い呼びかけだった。


それは、あまりにも大胆で、そして常識外れな相談だった。

しかし、こよみの胸は、不思議と高鳴っていた。

秘密の力を使って、誰も行けない場所へ行き、誰も見たことのない作品を創り上げる。それは、まるで壮大な冒険の始まりのようだった。

そして、何よりも、東雲しののめさんが、自分の「力」を恐れるのではなく、それを「Kの最強の武器」として最大限に活かそうとしてくれていることが、嬉しかった。

(…この人となら、きっと、もっとすごいことができる…! 私のこの力も、誰かを傷つけるためじゃなくて、たくさんの人を笑顔にするために使えるんだ…!)

こよみは、目の前に広がる「星降りの島」への、秘密の招待状を、しっかりと見つめ返した。

その瞳には、もはや不安の色はなく、代わりに、新たな挑戦への期待と、そして困難を乗り越えていくことへの静かな闘志に満ちた、力強い光が灯っていた。

夏休みは、もうすぐそこまで来ている。

それは、月島暦つきしま こよみにとって、そしてKにとって、忘れられない「特別な夏」の始まりを告げる、秘密の密約が交わされた瞬間だったのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ