第二話:手探りの魔法と、小さな発見
あの衝撃的な「金髪&瞬間移動事件」から数日。月島暦は、いまだに夢と現実の狭間をふわふわと漂っているような気分だった。
(あれは、本当に私がやったこと…なんだよね…?)
授業中、ノートの隅に無意識に描いているのは、キラキラとした金髪の女の子の姿。我に返っては慌てて消しゴムで消す、の繰り返しだ。
あれ以来、暦は自分の部屋で、こっそりと「実験」を繰り返していた。
最初は、髪の色を変えること。鏡の前で、おそるおそる「赤色になあれ」と念じてみる。すると、まるで絵の具を垂らしたように、黒髪がじわじわと鮮やかなルビーレッドに染まっていく。
「わ…」
思わず感嘆の声が漏れる。次は「空色」。そして「若葉の色」。まるで魔法使いになったみたいで、少しだけ楽しくなってきた。最初はぎこちなかった色の変化も、数回繰り返すうちに、イメージした瞬間にパッと変わるようになってきた。長さや髪型も、雑誌のモデルさんの写真を見ながら「こんな感じに」と念じると、驚くほど忠実に再現される。
ただ、問題は「転移」の方だった。
「えっと…庭の、あのパンジーのところに…行きたいな…」
目を閉じて、庭の花壇を強くイメージする。
…シーン。
何も起こらない。
「うーん…どうしてだろう? あの時は、すっごく焦ってたから…?」
あの時の、心臓が飛び出しそうなくらいのパニック状態を思い出そうとしてみるが、なかなかうまくいかない。むしろ、思い出そうとすると、またドキドキしてきてしまう。
「そうだ! あの時みたいに、すごく『行きたい!』って思えばいいのかも!」
暦は、もし宿題を学校に忘れて、明日までに絶対に出さなきゃいけない!という絶体絶命の状況を想像してみた。
(大変! 宿題を学校に忘れた! 今すぐ取りに行かないと、先生に怒られちゃう! どうしよう、どうしよう!)
心の中で必死に焦ってみる。
その瞬間、ふわり、と体が軽くなる感覚。
「きゃっ!」
次の瞬間には、目の前に学校の昇降口が広がっていた。
「……き、来た…!」
成功だ! しかし、喜んだのも束の間。
「…って、あれ? ランドセルは!? 私、何しに来たんだっけ!?」
転移はできたものの、肝心の「何をしに来たか」という目的が、焦りのあまりすっかり頭から抜け落ちていた。しかも、今は放課後で、誰もいないはずの昇降口にポツンと一人。
「…と、とりあえず、帰ろう…」
再び自宅の自分の部屋を強くイメージし、なんとか転移で戻ってくることができた暦は、ベッドにへたり込んだ。
(だ、ダメだ…焦ると、ろくなことにならない…)
それでも、暦は不思議とイライラしたり、投げやりになったりはしなかった。むしろ、「どうすればもっと上手くできるんだろう?」と、まるで難しいパズルを解くように、好奇心がむくむくと湧いてくるのを感じていた。
それは、彼女の根っからの穏やかさなのか、あるいは、この不可思議な力に対する純粋な興味からなのかもしれない。
そんなある日の放課後。
暦は、忘れ物を取りに、誰もいないはずの教室へ向かっていた。その途中、音楽室の前を通りかかると、ピアノの音がかすかに漏れ聞こえてくる。誰かが練習しているのだろうか。
そっとドアの隙間から中を覗くと、ピアノの蓋は開けられたままで、誰もいない。ただ、譜面台には一冊の楽譜が開かれており、床には数枚の楽譜が散らばっていた。風で飛ばされたのだろうか。
暦は、なんとなく音楽室に足を踏み入れた。散らばった楽譜を拾い集め、そっとピアノの椅子に置く。その時、ふと、開かれたままの楽譜に目が留まった。
それは、暦も知っている、卒業式で歌う合唱曲の伴奏譜だった。
(…この曲、好きだな…)
美しいメロディーが頭の中に流れ出す。そして、なぜか、その楽譜に書かれた音符たちが、キラキラと輝いて見えるような気がした。
(…少しだけ、弾いてみたいな…)
ピアノは、幼い頃に少しだけ養母の佐和子に教わったことがある程度。簡単な童謡なら弾けるけれど、こんなに複雑な楽譜は見たこともない。でも、なぜか、今の自分なら弾けるような、不思議な予感がしたのだ。
おそるおそるピアノの前に座り、鍵盤に指を置く。深呼吸を一つ。
そして、楽譜の最初の音を、そっと弾いてみた。
ポロン、と澄んだ音が音楽室に響く。
(…あ、弾ける…かも)
嬉しくなって、次の音、また次の音と、夢中で鍵盤を追いかける。指はまるで誰かに導かれるように、滑らかに、そして正確にメロディーを奏でていく。それは、まるで水が流れるように自然で、淀みのない演奏だった。難しい和音も、複雑なリズムも、暦の指は軽々と、そして楽しそうに踊っている。
自分でも信じられないくらい、ピアノを弾くことが楽しくて、心地よかった。
どれくらい時間が経っただろうか。
夢中で一曲弾き終え、ふう、と満足げに息をついた暦は、ふと背後に人の気配を感じて、はっと振り返った。
そこには、目を丸くしたクラスメイト数人と、音楽の先生が、ぽかんとした表情で立っていたのだ。
「え…あ…あの…」
暦は顔を真っ赤にして、慌ててピアノから立ち上がった。
「ご、ごめんなさい! 勝手にピアノ弾いちゃって…! あの、楽譜が落ちてたから、それで…つい…」
しどろもどろに言い訳する暦に、音楽の先生は感心したように頷いた。
「月島さん、今の演奏、とても素晴らしかったわよ。いつの間に、そんなに練習したの?」
「え…あ、練習…ですか?」
暦は困ったように目を泳がせる。練習なんてしていない。でも、正直に「なぜか弾けちゃったんです」なんて言えるわけがない。
「もしかして、お家でこっそり猛練習してたとか?」
クラスメイトの一人が、尊敬の眼差しで言った。
「月島さん、普段は大人しいけど、実は努力家だったんだね!」
「そ、そんな…たいしたことじゃ…」
暦はますます顔を赤くして俯いた。誤解されているのは分かるけれど、否定するのもなんだか気まずい。
(ど、どうしよう…みんなに変に思われちゃったかな…でも、ピアノ、すごく楽しかった…もっと上手くなりたいな…)
心臓がドキドキと高鳴る。それは、見つかってしまった焦りだけではなく、初めて感じた「表現する喜び」へのときめきでもあった。そして、「もっと練習すれば、もっと素敵な演奏ができるかもしれない」という、新たな目標のようなものも、ぼんやりと見えてきた。
(もしかして、これも…あの力のおかげなのかな…? だとしたら、ちゃんと練習すれば、もっとすごいことができるのかも…)
その夜、暦は自分の部屋で、古いオルゴールをそっと開いた。それは、月島家に来た時からずっと大切にしているもので、蓋を開けると、澄んだ優しいメロディーが流れる。
(私、この力で、何かできることがあるのかな…)
ただパニックになったり、こっそり実験したりするだけじゃなくて。
今日の、音楽の先生やクラスメイトたちの驚いた顔、そしてピアノを弾いた時の高揚感を思い出す。ほんの少しでも、誰かを感動させることができたのかもしれない。それが、暦の心に温かい灯りをともした。
(もし、この力で、もっとたくさんの人を笑顔にできたり、感動させられたりしたら…それは、すごく素敵なことかもしれない)
それは、まだぼんやりとした、小さな小さな発見。
でも、その小さな発見が、やがて暦を思いもよらない未来へと導いていくことになるのかもしれない。
窓の外には、細い三日月が静かに輝いていた。まるで、暦の秘密と、その小さな発見を、優しく見守っているかのように。
はいどーも! 〜かぐや〜です!
第二話、読んでくれてありがとうございまーす!
いやー、暦ちゃん、今度はピアノの才能まで開花させちゃって! しかも、本人は「あれ? なんで弾けるの?」って感じなのに、周りからは「影の努力家」認定(笑)。このすれ違い、なんだかクセになりそうですね!
それにしても、暦ちゃんのあの不思議な力…。髪の色や形が変わったり、瞬間移動したり、そして今度は楽器まで…。まるで、彼女の中に眠る「何か」が、少しずつ顔を覗かせているみたい。その「何か」が一体何なのか、どうして暦ちゃんがそんな力を持っているのか、そして、その力にどんな可能性が秘められているのか…。うーん、今はまだ、輝夜にも全部は分からないんだけど、一つだけ言えるのは、暦ちゃんは、その力を自由に、自分らしく使っていいってこと! 何か特別な使命とか、重たい制約とかは(今のところ)全然ないから、安心してね!
さあ、そんな不思議な力と、たくさんの可能性を秘めた暦ちゃんが、いよいよ中学校に入学!
新しい制服、新しい友達、そして新しい生活!
一体どんな波乱が、そしてどんな素敵なときめきが、暦ちゃんを待っているんでしょうか!?
想像するだけで、輝夜もワクワクが止まらないよー!
みんなも、暦ちゃんの新しい一歩を、温かく見守ってあげてね!
次回も、絶対お楽しみに~! それじゃ、バイバーイ!